芙月の頬の傷は、すぐに医官に診てもらい、跡も残らず綺麗に治った。
芙月が怪我をしたことが余程気に触ったのか、あれから帝は芙月をそばに置くことが増えた。
気遣いに申し訳なく思いつつも、そばにいられることは素直に嬉しい。
今も執務室で判子を押していく帝を眺めながら、芙月は花瓶の手入れをしていた。
「芙月」
「はい」
「一つ頼みがあるんだが」
「なんでしょう?」
芙月が側によれば、咳払いをして真剣な顔で芙月を見る。
「次の宴の装飾を作ってくれないか?」
「装飾、ですか?」
後宮では三ヶ月に一回、中庭で宴が開かれる。
帝と妃が集まって行われる宴では、舞の見物や美味な食事を楽しむ。
その中で、毎回凝った装飾を飾ることが宴の醍醐味だった。
前回の宴では、大きな花瓶に豪華絢爛な花が生けられていたし、その前は洒落た香炉から会場全体に香りの良い香が焚かれていた。
その人の才能や腕を見込み、帝が直々に指名されるこの役割は、選ばれれば名誉あることだった。
その役割が自分に回ってくるとは……
「そ、そんな、私には恐れ多いです……!」
芙月は勢いよく首を左右に振った。これまで装飾の担当をしてきたのは、古参の官女や背後にお偉い方がいる位の高い官女ばかりだった。それなのに下っ端の自分がやるなんて身の丈に合わなすぎる。
帝は必死に拒否する芙月の顎を掴んで、自分の方に向かせた。自然と距離が縮まる。
帝の瑠璃色の瞳の中に、自分が映った。
あまりの近さに、芙月の頬が赤らんでいく。
「そなたはいつまで勘違いしているんだ?」
「……は、い?」
「そなたは燈花宮の、私専属の官女だ。もう下っ端ではない」
「……っですが」
「私がそなたならできると見越して選んだんだ。あまり自分を卑下するな。そなたが自分を卑下することは、そなたを認めた私自身を下げていると思え」
「……っ」
「そなたならできる」
帝は目は力強かった。芙月を信じてくれようとしているのが、ひしひしと伝わる。
芙月は大きく一つ頷いた。
「私、主上さまに喜んでもらえる装飾を使ってみます」
瑠璃色の瞳に真っ直ぐに言葉を返す。
不安が全くないわけではない。
でも、帝のために、このお方のためになら頑張ろうと思えた。
こんな自分を信じてくれる大切な方のために。

