後宮花恋物語   〜気弱な官女は冷酷帝の花となる〜




 茶器にお湯を注ぐ彼女の様子がおかしい。
 遠目で芙月を見ながら帝は思った。
 芙月は初めて出会った時から不思議な人だった。
 自分の感情を殺して何食わぬ顔で過ごしているのに、彼女には心の内が読まれているようで、驚かされる。
 驚愕したことは一度や二度ではない。

 思い返せば、これまでの人生、人を信用しないで生きてきた。
 人はすぐ嘘を吐き、誤魔化す。だから嫌いだった。だから、なるべく人と関わりを持たないように冷たい自分を偽った。
 そんな自分が唯一素を出せていたのは、花の前だけだ。
 自分が幼い時に亡くなった母は花が好きな人で、母の部屋から見える庭はいつも四季折々の花が華やぎ、賑やかだった。

――蓮之介、花は人の心を癒すものなのよ。だからあなたの名前には蓮の漢字を使ったの。花言葉は清らかな心。誰かを助け癒せる人になってね。

 母の影響もあり、幼いながらに花は身近な存在、それから素晴らしいものだと思っていた。
 花は見ていて癒される。その色彩や香り、形までもが人を癒す。それに、人間のように嘘を付かない。

(この娘は、花のようだな)

 芙月は花と似ていると思う。
 おどおどはしているが、妙に観察力があり、偽らない。逆境でも一生懸命仕事をこなし、気遣いをする姿は健気で、頑張って咲こうとする花のようだ。
 それに時折見せる微かな笑みには癒される。
 ……癒される?

(なんだ、これは)

 芙月の淹れる茶も、言葉は少ないが穏やかな会話も、心地良い。
 いつの間にか、今まで感じたことのない気持ちが帝の心をざわつかせていた。

「……はぁ」

 帝がため息をついたと同時に、少し離れた芙月の口からもため息が漏れた。
 彼女がため息をつくとは珍しい。それに、浮かない顔をしていることも気になった。

(聞いてみる……か? いや、聞いたところで教えてくれるのだろうか?)

 聞きたいが、なぜか聞けない。
 女々しくうじうじする自分に嫌気がさしつつも、どうして良いか分からなかった。

「……お待たせ致しました。お茶でございます」

「……あ、あぁ」

 ことり、と置かれた茶器から強い香りの湯気が立ち上った。

(……ん?)

 茶器の中を覗き込めば、普段よりだいぶ濃い茶色のお湯が入っている。

(……これはなにかあったな?)

「芙月」

「はい?」

「何があった」

 唐突に尋ねてみれば、芙月はぴくりと肩を震わせた。
 帝はそれを見逃さなかった。

「何かあったんだろう? 申してみよ」

 ぐっと距離を縮めれば、あからさまに目が泳ぎ出した。芙月は隠し事が苦手らしい。

「なんだ? 私に言えないことか?」

「い、いえ……! 本当に何もありません。……少々疲れてしまいましたので、今日はこれで失礼致します」

 早口で捲し立てると、バタバタと部屋を後にした。
 一人部屋に残される。

(なんだ? あの明らか違う態度は…… 私が何かしたというのか? 一体何を……)

 帝は文机に肘をつき、頭を抱えた。
 考えても特に何かをしたつもりはないが、芙月のそっけない態度は初めてで、気になった。
 人に関心などなかった帝の心を掻き乱していく芙月。帝の中で、芙月の存在が日を増すごとに大きくなっていることに、気付き始めた瞬間だった。