m県s山市の悪政を告発します

2024年11月24日 投稿
 
 先週末、s山市に行ってきました。前回は紅葉を見に行っただけでしたが、今回は少し目的が違います。市立図書館で郷土資料を確認したかったのと、現地の空気を自分の足で確かめたかった。
 
 土曜日の朝、車で出発しました。
 
 まず市立図書館に向かいました。小さな図書館で、郷土資料のコーナーは棚二つ分。丸子湖に関する記述がないか、片端から見ていきました。市史、郷土誌、観光パンフレット、公民館の記念誌。丸子湖について書かれたものはいくつかありましたが、大半は紅葉の名所としての紹介で、ホテルや開発計画に触れたものはありませんでした。
 
 一冊だけ、気になるものがありました。

 「s山市郷土誌 増補改訂版」(平成八年刊)。市の歴史や地理をまとめた本で、かなり分厚い。索引で「丸子湖」を引くと、三箇所に記載がありました。二箇所は地理と生態系の説明で、残りの一箇所がこれです。

丸子湖は古くより「鏡湖」の通称で呼ばれてきた。湖面が周囲の山々を映す様を鏡に見立てたものとされるが、かつてはこの湖のほとりに一人で長く留まることを戒める言い伝えがあったという。ただし、この伝承の詳細は伝わっていない。

 「一人で長く留まることを戒める」。なぜ戒めるのかは書いてありません。郷土誌の著者も「詳細は伝わっていない」と断っています。

 ただ、郷土誌の別の箇所に、気になる記述がもう一つありました。丸子湖の水質に関する節です。

"丸子湖は透明度が高く、最深部は推定十八メートル。流入河川はあるが流出河川を持たない閉鎖性湖沼であり、水の滞留時間は推定四十年以上とされる。湖水の循環が極めて遅く、深層水は長期間にわたって外部と交換されない。"
 
 流出河川を持たない。水が出ていかない。入ってくるだけで、出ていかない。滞留時間四十年以上。つまりあの湖の底にある水は、四十年以上前からそこにある。何もかもが入ってきて、何も出ていかない。沈んだものは沈んだまま、そこに留まり続ける。

 さらにもう一箇所。明治期の記録として引用されていた一節です。

"明治三十六年頃、丸子湖畔に炭焼きの小屋を構えていた男が、ある冬の朝、ひとり湖岸で倒れているところを発見された。男は衰弱しており、発見者に対して「湖の中に自分がもう一人いる」と繰り返し述べたという。男はその後、回復することなく████(※原文判読不能)。この小屋の跡は現在確認されていない。"

 「湖の中に自分がもう一人いる」。
 この記述を読んだとき、背中がざわりとしました。百二十年前の炭焼きの男。一人で湖畔に住んでいた。そして「自分がもう一人いる」と言った。
 
 山の湖にまつわる禁忌としてはどこにでもありそうな話ではあります。精神的に不安定になった人間が湖に自分の姿を映して錯乱した、という合理的な説明もつく。ただ、「一人で長く留まることを戒める」という伝承と、この炭焼きの男の話と、桐生氏の三十年間。偶然の一致なのだとしても、気になったのでノートに書き写しておきました。
 
 図書館を出た後、市の中心部を歩いてみました。駅前の商店街はシャッターが目立ちます。人口が減っているのでしょう。飲食店が何軒かあったので、昼食がてら一番賑わっていそうな定食屋に入りました。

 カウンター席に座ると、店主がこちらを見ました。六十代くらいの男性です。「いらっしゃい」。少し間があった気がしましたが、すぐに「何にします」と言ってくれました。注文を済ませて、丸子湖のことを聞いてみました。

 「ああ、湖ね。紅葉の時期はうちにも観光客がたまに来る」
 
 丸子湖ホテルのことを聞くと、少し表情が変わりました。
 「あのホテルね。うーん」
 
 言葉を濁す感じでした。少し間があってから、こう言いました。
 「あんまりいい噂聞かなかったね。別に支配人のこと知ってるわけじゃないんだけど。市とずっと揉めてたのは確かだけど、市だけが悪いっていう話でもないと思うよ」
 
 どういうことですか、と聞きました。
 「確か勝手にホテル改築したり、耐震基準も満たしてなかったみたいよ。そりゃあ、市も新しい旅館を誘致したくなるよね、大事な観光地なんだから。」

 結局、新しい旅館はできたんですか、と聞くと、店主はうなずきました。
 「できたよ。例のホテルのすぐ隣に。でもすぐに前からあったホテルが廃業しただろ。廃墟にホームレスだのヤンキーだのがたむろしたらしくって。薄気味悪いって噂が立って、新しい旅館もそのうち閉まっちゃった。結局誰も幸せにならなかったな。まあそもそも、泊まってまで行くような湖じゃないよなあ。」 

 この話を聞いて、少し考え込みました。ここまでの資料を読む限り、桐生氏は行政の犠牲者に見えます。二十年かけて育てた場所を、行政の都合で潰されかけた人。けれども、実際に近くにいた人から見ると、違う面もあったのかもしれない。もう少し聞き込みをしたかったのですが、店主は忙しいらしく、別のテーブルの注文を取りに行ってしまいました。

 昼食後、車で丸子湖に向かいました。十一月下旬で、紅葉はもうほとんど終わっていました。木々は葉を落として枝ばかりになり、前回とは全く違う景色です。骨のような白い枝が空に向かって伸びている。湖の色も違いました。前回は紅葉を映して華やかでしたが、今回は灰色がかった青で、静かというより寒々しい。湖面に映っているのは曇り空と裸の枝だけで、水鏡というよりも、何も映すものがなくて困っているように見えました。遊歩道の落ち葉は茶色く枯れて、踏むと湿った音がしました。駐車場には私の車だけでした。自動販売機は前回と同じく電源が入っていません。

 前回は「穴場だ」と思った静けさが、今回は違う意味を帯びていました。人がいない。声がない。鳥の声も、前回ほど聞こえない。聞こえるのは自分の足音と、風が枯れ枝を鳴らす音と、湖の水が岸を打つ音だけです。水の音が妙に規則的で、何かが呼吸しているように聞こえました。

 遊歩道を南側に向かって歩きました。葉が落ちたぶん見通しが良くなっていて、前回は木立に隠れていた廃墟ホテルの全景が遠くから見えました。枝の向こうにコンクリートの灰色が見える。前回よりもずっと大きく、ずっと寂しく見えます。

 近づくと、正面入口の庇の裏に鳥の巣がいくつかあるのが見えました。前回は紅葉の葉に隠れて気づかなかったのかもしれません。巣の下のコンクリートに、雛の死骸が落ちていました。二羽。孵化した形跡はあるのですが、巣から落ちたのか、育たなかったのか。小さな体が乾いて、ほとんど骨と羽毛だけになっている。もう一羽は巣の縁から半分はみ出した状態で固まっていました。
 
 看板も同じ位置にありました。「全責任はs山市の悪政にある 土地所有者 桐生誠」。十一月の曇り空の下で見ると、あの文字が前回とは違うふうに目に入ってきました。前回は「何があったんだろう」と思った。今回は、あの意見書を読んだ後なので、この看板を立てた人の顔が浮かびます。背の高い、痩せた人。山菜の天ぷらを運んでいた人。

 ホテルの周辺を少し歩いてみました。目的は山際洋子氏の住所の手がかりです。「丸子南」はホテルの周辺を指す字名のはずですが、ホテル以外に住居らしい建物は見当たりません。少し奥に入ってみると、雑草に覆われた空き地がありました。コンクリートの基礎のようなものが地面から突き出ていて、かつて何かの建物があった痕跡に見えます。けれども、それが住居だったのか、物置だったのか、あるいは全く別のものだったのかは判断がつきませんでした。
 
 空き地の脇の地面に、霜が降りていました。その霜の上に、足跡がありました。遊歩道の方向から来て、空き地を横切り、湖のほうに向かっている。たどってみると、湖畔の手前で足跡は消えていました。ぬかるんで霜が溶けた場所があったので、そこで見えなくなっただけだと思います。

 湖畔に出て、しばらく水面を眺めていました。風がありました。前回のような水鏡にはなっていません。灰色の水面が小さく波立っている。

 少し先の岸辺で、動物の死骸を見ました。鹿のようでした。半分水に浸かっていて、水面にその体が映っている。死骸と、水面に映った死骸が、向かい合うように見えました。腹が膨れていて、毛が抜け落ちている箇所がある。目は開いたままで、白く濁っていました。水に浸かっている側の体表に、白い糸のようなものがまとわりついている。水中の微生物か何かが繁殖しているのでしょう。甘い腐敗臭が漂っている。

 死骸の周囲の水は薄茶色に濁っていました。その濁りの中にも、対岸の山と空がぼんやりと映っている。美しい水鏡の中に、鹿の死骸がある。この鹿もやがて水に溶けて、湖の一部になるのだろうと思いました。あの水鏡の一部になる。何もかもを映す水の一部になる。目を逸らして通り過ぎました。

 帰りがけに、駐車場で地元の人らしい年配の女性に会いました。犬の散歩で来ているようでした。丸子湖ホテルのことを聞いてみると、「ああ」と言って、少し困ったような顔をしました。困ったというより、戸惑ったという方が近い。私の顔をじっと見て、それから目を逸らしました。
 「……桐生さんのところね」

 桐生氏のことを覚えていますかと聞くと、女性はまた私の顔を見上げ、頷きます。それから小さな声で、独り言のように付け加えました。
 「……あの人は、ちょっと。いろいろ大変だったみたいだから」
 
 ホテルの周辺に他の住人はいましたかと聞くと、女性は首を振りました。
 「あそこは桐生さんだけ。ほかに家なんかないよ」
 
 山際洋子さん、という名前に心当たりはありますかと聞いてみました。
 「……知らない。知らないけど、あの……」
 
 何かを言いかけて、やめました。犬がくぅんと鳴きました。
 「気をつけてね」

 女性はそれだけ言って、足早に去っていきました。振り返らなかった。

  帰りの車の中で、ずっと考えていました。「気をつけてね」という女性の別れの言葉。この人は何か知っているのだろうか。あるいは、何か言いたくないことがあるのだろうか。

 家に帰ってから、開示文書の束をもう一度広げました。桐生氏の五通と、山際洋子氏の一通。六通の書面を並べて、端から読み直しました。

 今の段階では何も断定できません。ただ、この話は自分が思っていたよりも単純ではないのかもしれない、と感じ始めています。

コメント欄
名無しの旅人 2024/11/24 21:38 現地取材お疲れ様です。定食屋の店主の話が気になります。資料だけだと桐生さん寄りの見方になりがちですけど、現地の人の声はまた違うんですね。

地方行政ウォッチャー 2024/11/25 08:50 市側が話し合いを提案したのに桐生氏が断った、というのが本当なら、だいぶ印象が変わりますね。ただ、当事者がいない場での証言なので、鵜呑みにもできない。

sss 2024/11/25 14:20 桐生さん、あの場所で一人きりって相当きついと思います。

管理人 2024/11/25 20:03 あの湖畔で一人というのは、想像するだけでもかなり孤独ですよね。