2024年11月10日 投稿
情報公開請求の結果が届きました。
請求からちょうど十四日目です。s山市役所から封筒が届いていて、少し緊張しました。結果は開示。翌日コピーを受け取りに行き、手数料は千二百円でした。窓口の担当者が受付票の名前を確認したとき、一瞬手が止まったように見えましたが、何も言わずに書類を渡してくれました。A4用紙にして百枚ほどの束です。一部に黒塗り(非開示部分)がありますが、おおむね読めます。
テーブルの上に全部広げました。量が多いので、まず全体をざっと見て、関連のありそうなものを拾っていく形で読みました。コピー用紙の束を一枚ずつめくっていくと、同じ書式の文書が続いた後に、突然手書きの書面が挟まっていたりする。行政文書というのは独特の読みごたえがあります。味気ないんだけど、その味気なさの中に、ときどき生々しいものが顔を出す。手書きの文字が出てくると、急にそこだけ温度が変わる。紙の向こうに人間がいると感じる。百枚の束を広げたテーブルの上は、知らない人間たちの痕跡で埋め尽くされました。読み進めるうちに、部屋の空気が少しずつ重くなっていくような気がしました。窓を開けたかったのですが、なぜかそうしませんでした。
開示文書の中から、桐生氏以外の人物からの意見書が一通出てきました。差出人は「山際洋子」。後ほど紹介しますが、まず開示文書の全体像を書きます。
まず丸子湖ホテルについて。s山市観光課が平成十四年(二〇〇二年)に作成した「丸子湖周辺観光資源調査報告書」に記載がありました。
丸子湖ホテル 所在地:s山市丸子南████番地 構造:鉄筋コンクリート造三階建 客室数:24室 開業:昭和58年(1983年) 経営者:桐生誠(個人経営) 備考:丸子湖畔唯一の宿泊施設。紅葉シーズンを中心に県内外から宿泊客あり。近年は稼働率低下の傾向。
「経営者:桐生誠(個人経営)」。あの看板を書いた人です。
前回の記事にコメントをくださった「s山在住」さんから、メールで追加の情報をいただきました。ご本人の許可を得て掲載します。
子供の頃に家族で泊まったのは、たぶん平成10年か11年だったと思います。父が「湖が見える宿があるらしい」と言って、紅葉のシーズンに予約を取ってくれました。
ホテルというよりは大きな民宿みたいな感じで、ロビーに桐生さんが立っていて、「ようこそ」と言って出迎えてくれたのを覚えています。背の高い、痩せた人でした。愛想がいいというタイプではなかったけど、子供の私にも丁寧に話してくれました。夕食の時間になると食堂に降りていって、桐生さんが自分で料理を運んできました。山菜の天ぷらと、鯉の甘煮が出ました。
朝、窓を開けると湖に霧がかかっていて、それがだんだん晴れていく。その景色がすごくきれいで、父が「毎年来よう」と言っていたんですが、結局その一回きりでした。
桐生さん一人で全部やっているように見えました。フロントも、食事も、掃除も。従業員がいたのかもしれないけど、私が見た範囲では桐生さんしかいませんでした。帰る日の朝、ロビーで会計をしていたら、桐生さんが「また来てください。紅葉の時期が一番きれいだから」と言いました。愛想のいい人ではなかったけど、あの一言だけは覚えています。
このメールを読んで、しばらくぼんやりしていました。
あの廃墟のロビーに立っていた人がいる。山菜の天ぷらを運んでいた人がいる。「また来てください」と言っていた人がいる。
次に、s山市の観光開発計画について。開示文書の中に「s山市観光振興基本計画」(平成十六年策定)がありました。丸子湖を中心にした観光開発の計画です。引っかかったのは以下の箇所です。
丸子湖周辺における宿泊施設の充実を図るため、民間事業者の参入を促進する。既存施設との調整を図りつつ、湖畔南側エリアにおける新規宿泊施設の誘致を検討する。新規施設の想定は客室数五十室、温泉の掘削調査込み。
丸子湖ホテルは二十四室で温泉なし。「既存施設との調整を図りつつ」。その「既存施設」で山菜の天ぷらを一人で運んでいた人がいるわけです。
この計画の説明会が平成十七年三月に開催されています。桐生氏の発言を引きます。
桐生氏:私はここで二十年以上やってきました。最初は誰も来なかった。遊歩道も私が市に何度も頼んでやっと作ってもらった。それを今になって、よそから大きな旅館を連れてきて横に建てるというのは、私のやってきたことは何だったんですか。
桐生氏:私だって最初の十年は赤字でした。それでもやめなかったのは、あの湖が好きだからです。あの場所を知ってほしかったからです。市がやっていることは、私を殺すのと同じです。
開示文書には、桐生氏からs山市に宛てた書面が他にも入っていました。意見書、要望書、抗議文。平成十七年から平成二十五年まで八年間。追って順番に紹介していきます。
では、山際洋子氏の意見書に移ります。
この意見書は、s山市企画政策課宛てに提出されたもので、日付は平成十九年(二〇〇七年)六月十二日。表題は「丸子湖周辺観光開発計画に対する意見書」。A4用紙三枚の手書きで、私の手元にあるのはそのコピーです。筆圧の強い、角ばった字でした。インクの濃淡がところどころ変わっていて、書いている途中でペンを置いた跡がある。丁寧に書こうとしているのは伝わるのですが、ところどころ筆が乱れている箇所があって、書きながら感情が追いついていない感じがします。三枚目の末尾に近づくにつれて、字が小さくなっていく。書きたいことが紙に収まりきらなくなっている。最後の数行は行間が詰まって、文字同士がほとんどくっついていました。
コピーをじっと見ていると、妙な感覚がありました。この字を書いた人の手の動きが見えるような気がする。ペンを握って、紙に向かって、一字一字書いている。その人の呼吸まで伝わってくるような。行政文書のコピー用紙越しに、人間の体温を感じるというのは奇妙な経験です。
差出人の住所はs山市丸子南████番地。番地は黒塗りです。
住所について補足しておきます。情報公開で個人の住所がここまで出てくるのは珍しいと思います。通常、意見書の差出人住所は全部黒塗りにされることが多い。今回「丸子南」まで開示されたのは、おそらくこの住所が地域を広く指す地名であり、個人の特定には至らないと判断されたためでしょう。実際、「丸子南」は丸子湖の南岸一帯を指す字名で、面積としてはかなり広い。番地が黒塗りになっているのは、番地まで出すと個人が特定されるからです。以後の文書でも同じルールで、字名までは開示、番地は黒塗りという運用で統一されています。
全文を転記します。長いですが、そのまま載せます。
丸子湖周辺観光開発計画に対する意見書
s山市企画政策課 御中
私は丸子湖のそばに暮らしてきた者として、現在市が進めている丸子湖周辺観光開発計画について意見を述べます。
まず、本計画の目的である観光振興そのものに反対するつもりはありません。丸子湖は美しい湖です。より多くの方にその魅力を知っていただきたいという気持ちは、私も同じです。
しかし、現在の計画には重大な問題があると考えます。
第一に、新規宿泊施設の誘致について。湖畔南側エリアに客室数五十室規模の旅館を誘致するとのことですが、丸子湖は周囲四キロの小さな湖です。その湖畔に大規模な施設を建設すれば、景観は大きく損なわれます。丸子湖の魅力はその静けさと自然の美しさにあります。それを壊してまで観光客を増やすことが、本当に振興と言えるのでしょうか。
第二に、既存施設への影響について。湖畔には現在、丸子湖ホテルが営業しています。個人の力であの場所を長年守ってきた方がいます。新規施設の誘致は、事実上、既存施設の経営を圧迫するものです。市は「共存を前提とする」と説明していますが、客室数が倍以上、しかも温泉付きの施設と、どうやって共存するのでしょうか。具体的な方策が示されていません。
第三に、計画の策定過程について。本計画の策定にあたり、湖畔周辺の住民や関係者への事前の聞き取りはほとんど行われていません。平成十七年の説明会で初めて計画の全容が明かされましたが、その時点ですでに計画は固まっていたように見えます。意見を聞くためではなく、決定事項を伝えるための説明会だったのではないでしょうか。
第四に、補助金の使途について。本計画は国の地方創生関連交付金と県の観光振興補助金を財源としていますが、その使途が適切かどうか、疑問があります。新規施設を誘致するための道路整備や用地造成に公的資金を投入するということは、特定の民間事業者に対する利益供与にあたるのではないでしょうか。
以上の理由から、本計画の見直しを強く求めます。
丸子湖は静かな場所です。あの湖を見ていると、自分が何者であるかなど忘れてしまいそうになる。それほどの美しさがある場所です。この計画が実行されれば、その静かな環境は永久に失われます。あの湖のそばに暮らしてきた者として、黙って見ていることはできません。私のやってきたことは何だったのか、と思わずにはいられません。
平成19年6月12日 山際洋子
以上です。
何度か読み返しました。正直に言うと、この意見書を読んで少し驚きました。もっと感情的な、勢いに任せたような文章を想像していたのですが、違いました。論点が四つに整理されていて、それぞれにちゃんと根拠がある。三回読み返してから気づいたのですが、この人はこういった意見書を出し慣れている。文章のうまい素人、というのとも違う。こういう文書の作法を知っている人の書き方です。
手書きだということが、逆に印象に残りました。これだけ整った内容なら、パソコンで作成してもおかしくない。けれどもこの人はペンで書いている。三枚にわたって、一字も修正液で消した跡がない。下書きをしてから清書したのか、あるいは頭の中で完全に組み立ててから一気に書いたのか。どちらにしても、かなりの集中力です。
山際洋子という人物について、私はまだ何も知りません。住所が「丸子南」であること、行政文書の書き方に慣れていること、丸子湖に強い思い入れがあること。手がかりはそれくらいです。意見書のコピーを何度も読み返しました。筆圧の強い、角ばった字。署名の「山際洋子」は、本文よりもさらに丁寧に書かれている。自分の名前を書くときだけ、いっそう気を遣っている。この人は、自分の名前をこの文書に刻むことに覚悟を持っていた。
ただ、不思議なことがありました。この筆跡を目で追っていると、右手の指が微かに震えるのです。寒いのかと思いましたが、部屋は暖かい。字を読むのをやめると震えは止まる。また読み始めると、指先がわずかに動く。
ネットでも検索してみましたが、同姓同名の人物はいくつか出てくるものの、s山市に関連する情報は見つかりませんでした。SNSもブログもない。地方紙のアーカイブも検索しましたが、丸子湖に関連する「山際」の名前は出てこない。これだけしっかりした意見書を書ける人が、どこにも痕跡を残していない。不思議ではあります。
来週、s山市を再訪する予定です。前回は紅葉を見に行っただけでしたが、今回は少し違う目的があります。市立図書館に郷土資料があるかどうか確認したいのと、湖畔周辺を改めて歩いてみたい。山際氏の住所が「丸子南」なら、あのあたりに住居の痕跡があるかもしれません。
次回は、桐生氏本人がs山市に宛てた抗議文を紹介します。開示文書の中に五通ありました。最初の一通は平成十七年、説明会の直後のものです。
コメント欄
名無しの旅人 2024/11/10 20:45 s山在住さんのメールを読むと、桐生さんの気持ちがわかる気がします。山際さんの意見書の最後の段落、ちょっと雰囲気変わりますね。
地方行政ウォッチャー 2024/11/11 07:12 補助金で競合施設を誘致するのはやり方としてかなりきつい。山際氏の補助金使途に関する指摘も重要です。
sss 2024/11/11 23:30 桐生さんが説明会で怒ってたのは地元でも聞いたことあります。山際さんって人は知らないです。丸子南の住所ってほんとにホテルの周辺しかないはずなんですよね。
管理人 2024/11/12 08:15 sssさん、山際洋子という名前に心当たりはないですか。丸子南の件、現地に行く予定があるので確認してみます。
sss 2024/11/12 22:40 ないです。ほんとに聞いたことない名前ですね。
情報公開請求の結果が届きました。
請求からちょうど十四日目です。s山市役所から封筒が届いていて、少し緊張しました。結果は開示。翌日コピーを受け取りに行き、手数料は千二百円でした。窓口の担当者が受付票の名前を確認したとき、一瞬手が止まったように見えましたが、何も言わずに書類を渡してくれました。A4用紙にして百枚ほどの束です。一部に黒塗り(非開示部分)がありますが、おおむね読めます。
テーブルの上に全部広げました。量が多いので、まず全体をざっと見て、関連のありそうなものを拾っていく形で読みました。コピー用紙の束を一枚ずつめくっていくと、同じ書式の文書が続いた後に、突然手書きの書面が挟まっていたりする。行政文書というのは独特の読みごたえがあります。味気ないんだけど、その味気なさの中に、ときどき生々しいものが顔を出す。手書きの文字が出てくると、急にそこだけ温度が変わる。紙の向こうに人間がいると感じる。百枚の束を広げたテーブルの上は、知らない人間たちの痕跡で埋め尽くされました。読み進めるうちに、部屋の空気が少しずつ重くなっていくような気がしました。窓を開けたかったのですが、なぜかそうしませんでした。
開示文書の中から、桐生氏以外の人物からの意見書が一通出てきました。差出人は「山際洋子」。後ほど紹介しますが、まず開示文書の全体像を書きます。
まず丸子湖ホテルについて。s山市観光課が平成十四年(二〇〇二年)に作成した「丸子湖周辺観光資源調査報告書」に記載がありました。
丸子湖ホテル 所在地:s山市丸子南████番地 構造:鉄筋コンクリート造三階建 客室数:24室 開業:昭和58年(1983年) 経営者:桐生誠(個人経営) 備考:丸子湖畔唯一の宿泊施設。紅葉シーズンを中心に県内外から宿泊客あり。近年は稼働率低下の傾向。
「経営者:桐生誠(個人経営)」。あの看板を書いた人です。
前回の記事にコメントをくださった「s山在住」さんから、メールで追加の情報をいただきました。ご本人の許可を得て掲載します。
子供の頃に家族で泊まったのは、たぶん平成10年か11年だったと思います。父が「湖が見える宿があるらしい」と言って、紅葉のシーズンに予約を取ってくれました。
ホテルというよりは大きな民宿みたいな感じで、ロビーに桐生さんが立っていて、「ようこそ」と言って出迎えてくれたのを覚えています。背の高い、痩せた人でした。愛想がいいというタイプではなかったけど、子供の私にも丁寧に話してくれました。夕食の時間になると食堂に降りていって、桐生さんが自分で料理を運んできました。山菜の天ぷらと、鯉の甘煮が出ました。
朝、窓を開けると湖に霧がかかっていて、それがだんだん晴れていく。その景色がすごくきれいで、父が「毎年来よう」と言っていたんですが、結局その一回きりでした。
桐生さん一人で全部やっているように見えました。フロントも、食事も、掃除も。従業員がいたのかもしれないけど、私が見た範囲では桐生さんしかいませんでした。帰る日の朝、ロビーで会計をしていたら、桐生さんが「また来てください。紅葉の時期が一番きれいだから」と言いました。愛想のいい人ではなかったけど、あの一言だけは覚えています。
このメールを読んで、しばらくぼんやりしていました。
あの廃墟のロビーに立っていた人がいる。山菜の天ぷらを運んでいた人がいる。「また来てください」と言っていた人がいる。
次に、s山市の観光開発計画について。開示文書の中に「s山市観光振興基本計画」(平成十六年策定)がありました。丸子湖を中心にした観光開発の計画です。引っかかったのは以下の箇所です。
丸子湖周辺における宿泊施設の充実を図るため、民間事業者の参入を促進する。既存施設との調整を図りつつ、湖畔南側エリアにおける新規宿泊施設の誘致を検討する。新規施設の想定は客室数五十室、温泉の掘削調査込み。
丸子湖ホテルは二十四室で温泉なし。「既存施設との調整を図りつつ」。その「既存施設」で山菜の天ぷらを一人で運んでいた人がいるわけです。
この計画の説明会が平成十七年三月に開催されています。桐生氏の発言を引きます。
桐生氏:私はここで二十年以上やってきました。最初は誰も来なかった。遊歩道も私が市に何度も頼んでやっと作ってもらった。それを今になって、よそから大きな旅館を連れてきて横に建てるというのは、私のやってきたことは何だったんですか。
桐生氏:私だって最初の十年は赤字でした。それでもやめなかったのは、あの湖が好きだからです。あの場所を知ってほしかったからです。市がやっていることは、私を殺すのと同じです。
開示文書には、桐生氏からs山市に宛てた書面が他にも入っていました。意見書、要望書、抗議文。平成十七年から平成二十五年まで八年間。追って順番に紹介していきます。
では、山際洋子氏の意見書に移ります。
この意見書は、s山市企画政策課宛てに提出されたもので、日付は平成十九年(二〇〇七年)六月十二日。表題は「丸子湖周辺観光開発計画に対する意見書」。A4用紙三枚の手書きで、私の手元にあるのはそのコピーです。筆圧の強い、角ばった字でした。インクの濃淡がところどころ変わっていて、書いている途中でペンを置いた跡がある。丁寧に書こうとしているのは伝わるのですが、ところどころ筆が乱れている箇所があって、書きながら感情が追いついていない感じがします。三枚目の末尾に近づくにつれて、字が小さくなっていく。書きたいことが紙に収まりきらなくなっている。最後の数行は行間が詰まって、文字同士がほとんどくっついていました。
コピーをじっと見ていると、妙な感覚がありました。この字を書いた人の手の動きが見えるような気がする。ペンを握って、紙に向かって、一字一字書いている。その人の呼吸まで伝わってくるような。行政文書のコピー用紙越しに、人間の体温を感じるというのは奇妙な経験です。
差出人の住所はs山市丸子南████番地。番地は黒塗りです。
住所について補足しておきます。情報公開で個人の住所がここまで出てくるのは珍しいと思います。通常、意見書の差出人住所は全部黒塗りにされることが多い。今回「丸子南」まで開示されたのは、おそらくこの住所が地域を広く指す地名であり、個人の特定には至らないと判断されたためでしょう。実際、「丸子南」は丸子湖の南岸一帯を指す字名で、面積としてはかなり広い。番地が黒塗りになっているのは、番地まで出すと個人が特定されるからです。以後の文書でも同じルールで、字名までは開示、番地は黒塗りという運用で統一されています。
全文を転記します。長いですが、そのまま載せます。
丸子湖周辺観光開発計画に対する意見書
s山市企画政策課 御中
私は丸子湖のそばに暮らしてきた者として、現在市が進めている丸子湖周辺観光開発計画について意見を述べます。
まず、本計画の目的である観光振興そのものに反対するつもりはありません。丸子湖は美しい湖です。より多くの方にその魅力を知っていただきたいという気持ちは、私も同じです。
しかし、現在の計画には重大な問題があると考えます。
第一に、新規宿泊施設の誘致について。湖畔南側エリアに客室数五十室規模の旅館を誘致するとのことですが、丸子湖は周囲四キロの小さな湖です。その湖畔に大規模な施設を建設すれば、景観は大きく損なわれます。丸子湖の魅力はその静けさと自然の美しさにあります。それを壊してまで観光客を増やすことが、本当に振興と言えるのでしょうか。
第二に、既存施設への影響について。湖畔には現在、丸子湖ホテルが営業しています。個人の力であの場所を長年守ってきた方がいます。新規施設の誘致は、事実上、既存施設の経営を圧迫するものです。市は「共存を前提とする」と説明していますが、客室数が倍以上、しかも温泉付きの施設と、どうやって共存するのでしょうか。具体的な方策が示されていません。
第三に、計画の策定過程について。本計画の策定にあたり、湖畔周辺の住民や関係者への事前の聞き取りはほとんど行われていません。平成十七年の説明会で初めて計画の全容が明かされましたが、その時点ですでに計画は固まっていたように見えます。意見を聞くためではなく、決定事項を伝えるための説明会だったのではないでしょうか。
第四に、補助金の使途について。本計画は国の地方創生関連交付金と県の観光振興補助金を財源としていますが、その使途が適切かどうか、疑問があります。新規施設を誘致するための道路整備や用地造成に公的資金を投入するということは、特定の民間事業者に対する利益供与にあたるのではないでしょうか。
以上の理由から、本計画の見直しを強く求めます。
丸子湖は静かな場所です。あの湖を見ていると、自分が何者であるかなど忘れてしまいそうになる。それほどの美しさがある場所です。この計画が実行されれば、その静かな環境は永久に失われます。あの湖のそばに暮らしてきた者として、黙って見ていることはできません。私のやってきたことは何だったのか、と思わずにはいられません。
平成19年6月12日 山際洋子
以上です。
何度か読み返しました。正直に言うと、この意見書を読んで少し驚きました。もっと感情的な、勢いに任せたような文章を想像していたのですが、違いました。論点が四つに整理されていて、それぞれにちゃんと根拠がある。三回読み返してから気づいたのですが、この人はこういった意見書を出し慣れている。文章のうまい素人、というのとも違う。こういう文書の作法を知っている人の書き方です。
手書きだということが、逆に印象に残りました。これだけ整った内容なら、パソコンで作成してもおかしくない。けれどもこの人はペンで書いている。三枚にわたって、一字も修正液で消した跡がない。下書きをしてから清書したのか、あるいは頭の中で完全に組み立ててから一気に書いたのか。どちらにしても、かなりの集中力です。
山際洋子という人物について、私はまだ何も知りません。住所が「丸子南」であること、行政文書の書き方に慣れていること、丸子湖に強い思い入れがあること。手がかりはそれくらいです。意見書のコピーを何度も読み返しました。筆圧の強い、角ばった字。署名の「山際洋子」は、本文よりもさらに丁寧に書かれている。自分の名前を書くときだけ、いっそう気を遣っている。この人は、自分の名前をこの文書に刻むことに覚悟を持っていた。
ただ、不思議なことがありました。この筆跡を目で追っていると、右手の指が微かに震えるのです。寒いのかと思いましたが、部屋は暖かい。字を読むのをやめると震えは止まる。また読み始めると、指先がわずかに動く。
ネットでも検索してみましたが、同姓同名の人物はいくつか出てくるものの、s山市に関連する情報は見つかりませんでした。SNSもブログもない。地方紙のアーカイブも検索しましたが、丸子湖に関連する「山際」の名前は出てこない。これだけしっかりした意見書を書ける人が、どこにも痕跡を残していない。不思議ではあります。
来週、s山市を再訪する予定です。前回は紅葉を見に行っただけでしたが、今回は少し違う目的があります。市立図書館に郷土資料があるかどうか確認したいのと、湖畔周辺を改めて歩いてみたい。山際氏の住所が「丸子南」なら、あのあたりに住居の痕跡があるかもしれません。
次回は、桐生氏本人がs山市に宛てた抗議文を紹介します。開示文書の中に五通ありました。最初の一通は平成十七年、説明会の直後のものです。
コメント欄
名無しの旅人 2024/11/10 20:45 s山在住さんのメールを読むと、桐生さんの気持ちがわかる気がします。山際さんの意見書の最後の段落、ちょっと雰囲気変わりますね。
地方行政ウォッチャー 2024/11/11 07:12 補助金で競合施設を誘致するのはやり方としてかなりきつい。山際氏の補助金使途に関する指摘も重要です。
sss 2024/11/11 23:30 桐生さんが説明会で怒ってたのは地元でも聞いたことあります。山際さんって人は知らないです。丸子南の住所ってほんとにホテルの周辺しかないはずなんですよね。
管理人 2024/11/12 08:15 sssさん、山際洋子という名前に心当たりはないですか。丸子南の件、現地に行く予定があるので確認してみます。
sss 2024/11/12 22:40 ないです。ほんとに聞いたことない名前ですね。
