2025年5月25日 投稿
丸子湖に行ってきます。
理由はうまく説明できません。行かなければならない気がしています。最初にあの湖を見たときから、ずっと引っ張られていたような気がします。あの紅葉の水鏡を見た瞬間から。あの水面に映った自分の顔が、一瞬遅れて動いたあの瞬間から。
これが最後の更新になるかもしれません。なんとなくそう思います。根拠はありません。
着きました。五月の丸子湖は緑でした。これまで秋と冬にしか来ていなかったので、湖の周囲がこんなに濃い緑になるとは思いませんでした。木々が茂って、遊歩道に木漏れ日が落ちている。湖面は深い緑色で、山と空を映しています。虫の声がする。生きている音がする。でも、なぜか前に来たときより静かに感じます。
きれいです。何度来てもきれいです。きれいなのに、胸が苦しい。
駐車場には私の車だけ。いつものことです。この湖はいつも私を一人で迎えます。
遊歩道を歩きました。東屋で足を止めました。第1回で初めてこの湖を見た場所です。あのとき三十分が消えた場所。
湖面を見下ろしました。
今日も水鏡は完全でした。風がないわけではない。木の葉が揺れている。でも水面だけが完全に静止している。対岸の山と空が、寸分の歪みもなく映っている。写真で見る反射ではなく、もう一つの世界がそこにあるように見える。水面の向こう側に、もう一つの丸子湖がある。
水際まで降りてみました。遊歩道から外れて、石と泥の岸辺に立つ。足元まで水が来ている。水は透明で、底の石が見える。その石の上に、私の影が落ちている。
影ではなく、反射でした。水面に私の顔が映っている。
ここで、おかしなことが起きました。
私が頭を動かしました。右に傾けました。水面の顔も右に傾くはずです。
傾きました。でも、ほんの少しだけ遅れました。コンマ何秒。気のせいだと言えるくらいの遅れ。でも確かに遅れた。私が動いて、水面の顔が追いかけるように動いた。鏡なら同時のはずです。反射は光の速度で起きる。遅れるはずがない。
もう一度やってみました。左に首を傾ける。水面の顔は——同時に動きました。今度は遅れなかった。
気のせいです。水面が揺れていたのかもしれない。微細な波があって、反射の角度が一瞬ずれただけ。そういうことはある。
でも水面に波はありませんでした。完全に静止していました。
もう一度、水面を覗き込みました。自分の顔が映っている。目、鼻、口。見慣れた顔のはずです。でも何かが違う。何が違うのかわからない。輪郭は合っている。目の位置も合っている。でも、見ているうちに、その顔が自分ではないような感覚が湧いてくる。知っている顔なのに、知らない顔。自分の顔なのに、他人の顔。
水面の顔が、微笑んだように見えました。
私は微笑んでいません。
目を離しました。立ち上がって、遊歩道に戻りました。心臓が速くなっています。手が冷たい。五月なのに、指先の感覚がない。
今のは何だったのか。目の錯覚。疲労。睡眠不足。そうだと思います。そうだと思いたい。でも水面の顔が微笑んだ。私は微笑んでいなかった。
s山在住さんのお祖母さんの言葉が頭をよぎりました。「あの湖は映す。映したものを取る」。
南側に回りました。虫の死骸が足元に散らばっているのは相変わらずでした。ホテルが見えてきます。五月の緑に覆われた廃墟は、冬に見たときとは違う印象でした。蔦が窓を塞ぎ、雑草が壁際まで伸びている。建物が緑に飲み込まれようとしている。あと何年かすれば、完全に見えなくなるかもしれない。
ホテルに入りました。正面入口。ロビー。花柄の壁紙。フロントカウンター。いつものように薄暗くて、じゃりじゃりと足音が響く。甘い腐敗の匂いがかすかにする。二階、三階。天井から垂れ下がる黒い繊維。
食堂の前を通りました。四人分の食器はまだ並んでいました。埃が前より厚くなっている。折れた箸がそのまま皿の上に載っている。
三階の突き当たりの部屋に入りました。ベッドの枠。事務用の机。平成二十五年のカレンダー。段ボール箱。ノート。爪の跡が刻まれたベッドの枠。砕けた鏡の破片が洗面台に溜まったままの隣の客室。ベッドの枠の中に毛布が一枚、たたんで置いてありました。前に来たときは布団もマットレスもなかったはずですが、あまり深く考えませんでした。机の上にペットボトルの水がありました。半分ほど残っています。
椅子に座りました。スマホを片手に、この記事を打ち始めました。
窓から湖が見えます。
ここに来るのは何度目だろう。五度目。でも、そうではない気もします。もっと来ている。この椅子に、もっと座っている。この窓から、もっと湖を見ている。この机の上で、もっと書いている。
おかしなことを書いています。机の上にノートを開いています。桐生氏のノートの隣に、自分のノートを開いて、ペンを持って書いています。気がついたらペンを握っていた。ブログの記事を下書きするつもりで書き始めたのですが、ペンを持つと不思議と手が動きます。この部屋で書くと、言葉が出てくる。ペンの感触が手に馴染む。このペンを持ったことがある。この机で書いたことがある。
窓の外の湖が緑色に光っている。水面に何もかもが映っている。木々が映っている。空が映っている。この建物も映っている。三階の窓も映っている。窓のこちら側に座っている人間も映っているはずですが、ここからでは小さすぎて見えません。
この部屋は静かです。ここにいると落ち着く。ずっとここにいた気がする。
ペンが止まりません。書き続けています。何を書いているのか自分でもよくわからなくなってきました。手が勝手に動いている。この手は私の手だろうか。この字は私の字だろうか。わからない。わからないけれど、書くことはできる。書くことだけはできる。
あの湖を見ていると、自分が何者であるかなど忘れてしまいそうになる。
忘れてしまいそうになる、ではない。忘れている。もうずっと前から忘れている。自分が誰なのか。いつからここにいるのか。ここはどこなのか。ここは自分の部屋だ。ここは三階の部屋だ。ここは
いま、ノートに書いたことをそのまま打ち込んでいます。投稿しておかないと。これを読んでくれている人がいるから。誰かに読んでほしいから。ここにいることを誰かに知っていてほしいから。
湖が映している。湖が映している。水面に何もかもが映っている。
みなさんの声は、
コメント欄
sss 2025/05/26 09:50 管理人さん?
名無しの旅人 2025/05/27 21:30 更新が途中で切れてるように見えるんですが。管理人さん、大丈夫ですか。
通りすがり 2025/05/28 14:05 管理人さん、返事してください。
sss 2025/06/01 18:20 一週間返事がないです。管理人さん。
丸子湖に行ってきます。
理由はうまく説明できません。行かなければならない気がしています。最初にあの湖を見たときから、ずっと引っ張られていたような気がします。あの紅葉の水鏡を見た瞬間から。あの水面に映った自分の顔が、一瞬遅れて動いたあの瞬間から。
これが最後の更新になるかもしれません。なんとなくそう思います。根拠はありません。
着きました。五月の丸子湖は緑でした。これまで秋と冬にしか来ていなかったので、湖の周囲がこんなに濃い緑になるとは思いませんでした。木々が茂って、遊歩道に木漏れ日が落ちている。湖面は深い緑色で、山と空を映しています。虫の声がする。生きている音がする。でも、なぜか前に来たときより静かに感じます。
きれいです。何度来てもきれいです。きれいなのに、胸が苦しい。
駐車場には私の車だけ。いつものことです。この湖はいつも私を一人で迎えます。
遊歩道を歩きました。東屋で足を止めました。第1回で初めてこの湖を見た場所です。あのとき三十分が消えた場所。
湖面を見下ろしました。
今日も水鏡は完全でした。風がないわけではない。木の葉が揺れている。でも水面だけが完全に静止している。対岸の山と空が、寸分の歪みもなく映っている。写真で見る反射ではなく、もう一つの世界がそこにあるように見える。水面の向こう側に、もう一つの丸子湖がある。
水際まで降りてみました。遊歩道から外れて、石と泥の岸辺に立つ。足元まで水が来ている。水は透明で、底の石が見える。その石の上に、私の影が落ちている。
影ではなく、反射でした。水面に私の顔が映っている。
ここで、おかしなことが起きました。
私が頭を動かしました。右に傾けました。水面の顔も右に傾くはずです。
傾きました。でも、ほんの少しだけ遅れました。コンマ何秒。気のせいだと言えるくらいの遅れ。でも確かに遅れた。私が動いて、水面の顔が追いかけるように動いた。鏡なら同時のはずです。反射は光の速度で起きる。遅れるはずがない。
もう一度やってみました。左に首を傾ける。水面の顔は——同時に動きました。今度は遅れなかった。
気のせいです。水面が揺れていたのかもしれない。微細な波があって、反射の角度が一瞬ずれただけ。そういうことはある。
でも水面に波はありませんでした。完全に静止していました。
もう一度、水面を覗き込みました。自分の顔が映っている。目、鼻、口。見慣れた顔のはずです。でも何かが違う。何が違うのかわからない。輪郭は合っている。目の位置も合っている。でも、見ているうちに、その顔が自分ではないような感覚が湧いてくる。知っている顔なのに、知らない顔。自分の顔なのに、他人の顔。
水面の顔が、微笑んだように見えました。
私は微笑んでいません。
目を離しました。立ち上がって、遊歩道に戻りました。心臓が速くなっています。手が冷たい。五月なのに、指先の感覚がない。
今のは何だったのか。目の錯覚。疲労。睡眠不足。そうだと思います。そうだと思いたい。でも水面の顔が微笑んだ。私は微笑んでいなかった。
s山在住さんのお祖母さんの言葉が頭をよぎりました。「あの湖は映す。映したものを取る」。
南側に回りました。虫の死骸が足元に散らばっているのは相変わらずでした。ホテルが見えてきます。五月の緑に覆われた廃墟は、冬に見たときとは違う印象でした。蔦が窓を塞ぎ、雑草が壁際まで伸びている。建物が緑に飲み込まれようとしている。あと何年かすれば、完全に見えなくなるかもしれない。
ホテルに入りました。正面入口。ロビー。花柄の壁紙。フロントカウンター。いつものように薄暗くて、じゃりじゃりと足音が響く。甘い腐敗の匂いがかすかにする。二階、三階。天井から垂れ下がる黒い繊維。
食堂の前を通りました。四人分の食器はまだ並んでいました。埃が前より厚くなっている。折れた箸がそのまま皿の上に載っている。
三階の突き当たりの部屋に入りました。ベッドの枠。事務用の机。平成二十五年のカレンダー。段ボール箱。ノート。爪の跡が刻まれたベッドの枠。砕けた鏡の破片が洗面台に溜まったままの隣の客室。ベッドの枠の中に毛布が一枚、たたんで置いてありました。前に来たときは布団もマットレスもなかったはずですが、あまり深く考えませんでした。机の上にペットボトルの水がありました。半分ほど残っています。
椅子に座りました。スマホを片手に、この記事を打ち始めました。
窓から湖が見えます。
ここに来るのは何度目だろう。五度目。でも、そうではない気もします。もっと来ている。この椅子に、もっと座っている。この窓から、もっと湖を見ている。この机の上で、もっと書いている。
おかしなことを書いています。机の上にノートを開いています。桐生氏のノートの隣に、自分のノートを開いて、ペンを持って書いています。気がついたらペンを握っていた。ブログの記事を下書きするつもりで書き始めたのですが、ペンを持つと不思議と手が動きます。この部屋で書くと、言葉が出てくる。ペンの感触が手に馴染む。このペンを持ったことがある。この机で書いたことがある。
窓の外の湖が緑色に光っている。水面に何もかもが映っている。木々が映っている。空が映っている。この建物も映っている。三階の窓も映っている。窓のこちら側に座っている人間も映っているはずですが、ここからでは小さすぎて見えません。
この部屋は静かです。ここにいると落ち着く。ずっとここにいた気がする。
ペンが止まりません。書き続けています。何を書いているのか自分でもよくわからなくなってきました。手が勝手に動いている。この手は私の手だろうか。この字は私の字だろうか。わからない。わからないけれど、書くことはできる。書くことだけはできる。
あの湖を見ていると、自分が何者であるかなど忘れてしまいそうになる。
忘れてしまいそうになる、ではない。忘れている。もうずっと前から忘れている。自分が誰なのか。いつからここにいるのか。ここはどこなのか。ここは自分の部屋だ。ここは三階の部屋だ。ここは
いま、ノートに書いたことをそのまま打ち込んでいます。投稿しておかないと。これを読んでくれている人がいるから。誰かに読んでほしいから。ここにいることを誰かに知っていてほしいから。
湖が映している。湖が映している。水面に何もかもが映っている。
みなさんの声は、
コメント欄
sss 2025/05/26 09:50 管理人さん?
名無しの旅人 2025/05/27 21:30 更新が途中で切れてるように見えるんですが。管理人さん、大丈夫ですか。
通りすがり 2025/05/28 14:05 管理人さん、返事してください。
sss 2025/06/01 18:20 一週間返事がないです。管理人さん。
