m県s山市の悪政を告発します

2025年4月20日 投稿

  この前廃墟ホテルに入ったとき、三階の桐生氏の部屋に段ボール箱がありました。あのときはノートに気を取られて、箱の中身をほとんど確認していませんでした。気になっていたので、先日もう一度ホテルに行き、箱を持ち帰りました。

 箱の中身は雑多で、古い領収書の束、ホテルのパンフレットの試し刷り、旅行雑誌の切り抜き、そして封筒に入った手紙が数通。手紙は桐生氏が書いたもので、宛名はありますが宛先の住所が書かれていないものが多く、投函されなかった手紙のようです。日付は平成十年頃から平成二十四年頃まで。

 手紙の多くはホテルの近況報告や季節の挨拶で、宛名から察するに以前の宿泊客や知人に向けて書かれたもののようです。投函されなかった理由はわかりません。ただ、後半——平成十八年以降の手紙は、開発計画への不満が中心になっていきます。抗議文の内容と重なる部分が多いのですが、私信なので、公文書にはない率直な感情が出ています。

 いくつか抜粋します。
 
"最近は、一人でいることが苦にならなくなった。山際さんが来てくれることもあるし、野口さんが市のことを教えてくれるし、藤川さんのところの子供が湖で遊んでいるのを見ると気持ちが和む。こういう人たちがいてくれるなら、まだやれると思う。(平成二十年頃の手紙)"

"昨日、四人で食堂にいた。窓の外に湖が見えた。誰も何も言わなかった。でも、いてくれるだけで十分だった。(日付不明)"
 
 この手紙を読んで、以前見た食堂の四人分の食器を思い出しました。テーブルの四辺に一人分ずつ、向かい合うように置いてあった食器。桐生氏はあの食器を使って、四人で食事をしていたのだ。
 
 ただ、気になることがあります。
 
 桐生氏は三人のことをそれぞれ具体的に書いています。山際氏については「来てくれる」、野口氏については「市のことを教えてくれる」、藤川氏については「子供が湖で遊んでいる」。それぞれの人物像がある。
 
 でも、読み返してみても、三人と会った場面の具体的な描写が一箇所もありません。「来てくれた」とはあるけれど、いつどこで会ったのかは書かれていない。「教えてくれる」とあるけれど、いつどこで話したのかがない。「四人で食堂にいた」とあるけれど、何を食べたのか、何を話したのか、全く書かれていない。
 
 いるのに、いない。姿が見えない。
 
 もう一通、気になる手紙がありました。平成二十三年頃のものです。

"最近、おかしなことがある。朝起きると、夜の間に自分が何をしていたのか覚えていないことがある。食堂に行くと食器が洗ってある。自分が洗ったのだと思うけど、覚えていない。机の上に書きかけの手紙がある。自分の字だけど、書いた覚えがない。内容も、自分が書くようなことじゃない。"
 
 「自分の字だけど、書いた覚えがない。内容も、自分が書くようなことじゃない」。ノートに記された「覚えのない行動」、████病院の担当者が口ごもったこと。全てが繋がってきます。桐生氏は、自分が何をしているのか、自分でわからなくなっていた。
 
 この手紙の後に、さらに一通。平成二十四年のもので、これが最後の手紙です。

"もう手紙を書けなくなるかもしれない。自分が誰なのかわからなくなる時間が増えた。名前を書こうとして、手が止まる。桐生誠。その名前が自分のものだという確信が、ときどき薄くなる。"

 でも湖はいつもそこにある。湖だけは変わらない。桐生氏もいない。あの湖畔には今、誰もいない。最近、湖の夢を見る頻度が増えています。水面に自分の顔が映っている夢。ただし映っている顔が自分の顔かどうか、はっきりしない。顔の輪郭がぼやけていて、目鼻の位置がずれている。自分の顔を見ているはずなのに、知らない人の顔を見ているような感覚。目が覚めると、体の感覚がしばらく戻らない。手足が自分のものではないような感覚が数分続く。指を動かそうとすると、動くまでに一瞬の遅れがある。水面に映った自分が一瞬遅れてついてきたのと同じように。

 今日、この記事を書いている間にも、二度手が止まりました。スマホの画面をなぞろうとしても指が動かなくなる。何を書こうとしていたのか忘れる。画面を見つめていると、自分が何のためにここに座っているのかわからなくなる。数秒後に戻ってくる。戻ってくるのですが、その数秒間、自分が誰だったのか、本当にわからなくなる。

 次回に続きます。

コメント欄
名無しの旅人 2025/04/20 22:30 桐生氏の手紙、読んでいてつらくなります。「自分が誰なのかわからなくなる」って。

地方行政ウォッチャー 2025/04/21 08:10 「自分の字だけど書いた覚えがない」というのは、医学的に見てかなり深刻な症状だと思います。通院していた病院でどのような診断を受けていたのか、気になります。

sss 2025/04/21 18:40 管理人さん、前回の件、返事もらえてなかったのでもう一度書きます。管理人さんも三人と同じ文を書いてます。しかも管理人さんも、あの湖を見に行ったのがきっかけでこのブログを始めてますよね。

管理人 2025/04/21 23:55 sssさん、すみません、前回は見落としていました。私が同じ表現を使っていたのは偶然です。あの湖を見れば誰でもそう感じるのだと思います。私のことはあまり気にしないでください。正直に言うと、初回を書いたときのことをよく覚えていません。あの湖を見て感じたことをそのまま書いたはずですが、いつ書いたのか、どういう気持ちで書いたのか、記憶が曖昧です。ただ、あの場所に立てば誰でも同じことを感じるのだと思います。それだけの場所です。

通りすがり 2025/04/22 01:30 管理人さん、本当に大丈夫ですか?