m県s山市の悪政を告発します


2025年2月9日 投稿

 前回の予告どおり、桐生誠氏の現在の所在を調べてみました。
 
 まず、不動産登記です。丸子湖ホテルの土地と建物の登記情報は、法務局で誰でも取得できます。最寄りの法務局の出張所に行って、登記事項証明書を請求しました。窓口で申請書に所在地を書いて出すだけです。手数料は一通六百円。十分ほど待って、二通の証明書を受け取りました。
 
 カウンターの脇で封筒から出して、すぐに読みました。

"土地 所在:s山市丸子南████番 地目:宅地 地積:████㎡ 所有者:桐生誠 住所:s山市丸子南████番地
建物 所在:s山市丸子南████番地 種類:旅館 構造:鉄筋コンクリート造三階建 所有者:桐生誠 住所:同上"
 
 所有者は桐生誠。住所は丸子湖ホテルと同じ「丸子南」。最後の抗議文で「土地と建物は手放さない」と書いていたとおり、所有権は現在も桐生氏にあります。
 
 注目したのは住所です。桐生氏の登記上の住所がホテルの所在地と同一ということは、桐生氏はホテルに住んでいた。自宅とホテルが同じ場所だった。s山在住さんが「桐生さん一人で全部やっているように見えた」と書いていたのは、文字通りそこに住み込んで一人で経営していたということです。
 
 ロビーに立って客を出迎え、山菜の天ぷらを運び、掃除をして、夜はそのまま自分の部屋で眠る。客がいない日は、あの湖畔で一人きり。三十年間、そういう暮らしだったのだろうと思います。
 
 では廃業後はどこにいるのか。ホテルは廃墟になっている。窓ガラスが割れ、庇が崩れ落ちたあの建物に今も住んでいるとは考えにくい。しかし登記上の住所変更がなされていないということは、住民票も移していない可能性があります。
 
 もう一つ確認したことがあります。法務局で登記情報を取る際に、念のため桐生氏以外の名前でも検索してみました。山際洋子、野口健一、藤川美咲。この三名が「丸子南」の周辺で不動産を所有しているかどうか。

 結果は、該当なしでした。三人とも、丸子湖周辺に不動産を持っていない。これは必ずしも不自然ではありません。賃貸住宅に住んでいれば不動産登記には出てきません。ただ、あの辺りに賃貸物件があるのかどうか。第5回で歩いたとき、ホテル以外に建物らしきものは見当たりませんでした。コンクリートの基礎の跡のようなものはありましたが。
 
 それから、もう一つ試みたことがあります。s山市の中心部に戻ってから、市立図書館で電話帳を調べてみました。最近は電話帳を使う人も少ないですが、図書館にはハローページが保管されています。カウンターで頼むと、書庫から過去の版も出してもらえました。埃っぽい黄ばんだ冊子を何冊もテーブルに積んで、一冊ずつ索引を引いていく。地味な作業ですが、こういう調べ方しかない情報もあります。古い電話帳は紙が茶色く変色していて、ページをめくるたびに乾いた紙の匂いがしました。昭和の終わりの電話帳。平成初期の電話帳。同じ地域の同じ電話帳が、年を追うごとに少しずつ薄くなっていく。人口が減っているのでしょう。
 
 桐生誠の名前はありました。住所は「丸子南」、電話番号は丸子湖ホテルのものと思われます。平成元年版から掲載が始まり、平成二十四年版まで続いている。平成二十五年版以降は載っていません。廃業に合わせて掲載をやめた、あるいは電話を解約したのでしょう。三十年以上にわたって、同じ名前が同じ住所で載り続けていた。それが突然消えている。ページをめくる手が少し止まりました。平成二十四年版の「桐生誠」の文字を指でなぞってみました。活字なのに、この名前だけが生々しく見える。次の版を開くと、その位置には別の名前が詰めて並んでいる。桐生誠がいた場所が、何事もなかったように埋まっている。
 
 山際洋子、野口健一、藤川美咲の三名は、確認できた全ての版で掲載がありませんでした。昭和の終わりから直近の版まで遡りましたが、一度も出てきません。電話帳の索引を何度もめくりました。「や」の行に山際はない。「の」の行に野口はない。「ふ」の行に藤川はない。最初はなかった、ではなく、どの時代にもなかった。この三人は電話帳の世界には一度も存在していなかった。
 
 電話帳に載せない人はたくさんいるので、これだけでは何も言えません。固定電話を持っていない人もいる。携帯電話だけで暮らしている人も多い。ただ、事実として記録しておきます。
 
 帰り道で、ぼんやり考えていました。桐生氏は廃業後、どこに行ったのか。登記上の住所はホテルのまま。電話帳からは消えている。第5回の散歩の女性は「あの人は、ちょっと。いろいろ大変だったみたいだから」と言っていた。何か知っていて、言えないことがあるような口ぶりだった。
 
 行方がわからない、というのは大げさかもしれません。単に引っ越して、新しい生活を始めているだけかもしれない。登記の住所変更を怠っている人は珍しくない。ただ、「土地と建物は手放さない」と書いた人が、その場所を離れるだろうか。あの看板を立てた人が、看板を残して去るだろうか。三十年間の全てを注いだ場所から、何も言わずにいなくなるだろうか。
 
 もっとも、あの廃墟に住み続けられるとも思えません。窓は割れ、水道も止まっているはずです。どこか市内で暮らしながら、あの場所に通っているのかもしれない。

 もう一度、丸子湖に行こうと思います。ホテルの建物の中に、何か手がかりがあるかもしれない。廃墟に立ち入るのは本来よくないことだとわかっています。けれども、桐生氏は土地と建物の所有者であり、第三者が管理しているわけでもなさそうです。門や柵で封鎖されているわけでもなかった。

 所有者に許可を取りたくても、所有者の所在がわからない。
 
 少し考えます。
 
 それにしても、ここ最近ずっとこの件のことを考えています。朝起きてからも、食事中も、寝る前にも。資料を読み返して、ノートを見返して、検索をかけて。何を探しているのか、自分でもだんだんわからなくなってきました。最初は看板の文字が気になっただけだったのに。
 
 気がつくと、桐生氏の意見書の文面を暗記していました。「お願いですから、それを奪わないでください」。この一文が、何をしているときでも頭の中に浮かんできます。「旅行雑誌や観光案内所への働きかけを続けてきた結果です」。「二十二年かけて、一人でやってきました」。全部覚えている。いつ覚えたのか記憶にない。読んでいるうちに染み込んだのだと思います。
 
 桐生氏の字まで目に焼きついています。太くて直線的な、力のこもった字。コピー用紙の白い紙面に並ぶ文字の列。目を閉じると浮かんでくる。自分の字よりも、桐生氏の字のほうがはっきりと思い出せる。これは異常なことかもしれません。
 
 夜、眠れなかったので、もう一度三人の検索をやり直しました。「山際洋子 s山市」。検索結果なし。「山際洋子 丸子湖」。なし。「山際洋子 m県」。同姓同名の別人と思われる結果がいくつか出るだけです。SNSのアカウントもない。ブログもない。新聞の記事にも出てこない。
 
 「野口健一 s山市 元職員」。なし。s山市の職員名簿はネット上に公開されていません。退職者であればなおさらです。「野口健一 観光課」で検索しても、関係のない結果ばかりでした。市役所の退職者が何かしらの会合や同窓会の記録に名前を残していることはよくありますが、この人にはそれもない。
 
 「藤川美咲 s山市」。なし。子供がいる若い女性なら、SNSの一つくらいあってもおかしくない。ママ友のブログに名前が出てくるとか、地域の子育てサークルの記録に名前があるとか。何もない。
 
 三人とも、ネット上に痕跡が全くない。電話帳にもない。不動産登記にもない。ネットにもない。存在を証明するものが、行政に提出された意見書しかない。意見書と、市議会の議事録に読み上げられた名前。それだけ。存在を証明するものがほとんどない人間。でも、そういう人は実際にいます。高齢者でネットを使わない人。固定電話を持たない人。賃貸暮らしで不動産を持たない人。条件が重なれば、検索に引っかからない人はいくらでもいる。三人がたまたまそうだっただけかもしれない。

 そう思おうとしました。でも、三人全員が同じ条件を満たしているのは偶然だろうか。三人とも同じ「丸子南」に住所がある。三人ともネットに痕跡がない。三人とも電話帳に載っていない。三人とも不動産を持っていない。三人とも、誰にも知られていない。三人とも、意見書を書いた後、何の痕跡も残していない。

 画面を見つめたまま、指が止まっていました。検索窓にカーソルが点滅している。
 
 ふと、自分の名前を検索してみようかと思いました。
 
 自分の名前。自分の名前は——
 
 キーボードの上で指が固まりました。何を打とうとしたのか、わからない。自分の名前が出てこない。
 
 数秒間、本当に自分の名前が思い出せませんでした。すぐに思い出しました。もちろん思い出しました。自分の名前を忘れるわけがない。疲れていたんだと思います。夜中の二時に、暗い部屋でスマホの画面だけが光っている状態で、三人の名前ばかり検索し続けていたせいです。頭の中が三人の名前で埋まっていて、自分の名前が一瞬押し出されただけです。
 
 そういうことは、ある。

 スマホを閉じて、布団に入りました。目を閉じると、検索窓の白い光が瞼の裏に残っていました。カーソルが点滅している。何かを打とうとしている。自分の名前を。自分の名前は。
 
 眠れませんでした。暗い天井を見上げていました。この部屋の天井はどんな色だったか。考えようとして、わからなくなりました。暗いから見えないだけです。でも、昼間のこの部屋のことも思い出せない。壁の色。窓の位置。玄関からこの部屋までの廊下の長さ。

 毎日帰ってきている場所なのに、具体的なことが何一つ浮かばない。
 
 疲れすぎていて、頭が回っていないのだと思います。
 
 とにかく、次回はもう一度現地に行きます。

コメント欄
名無しの旅人 2025/02/09 21:50 登記上の住所が変わっていないのは気になりますね。廃業して十年以上そのままというのは。

地方行政ウォッチャー 2025/02/10 08:12 登記の住所変更は義務化されたばかりですし、以前は放置している人が多かったです。それだけでは何とも言えないかと。ただ、電話帳にも三人の名前がないというのは、少し気になりますね。

sss 2025/02/10 19:28 桐生さんの行方、気になります。廃墟に入るのはちょっと心配ですけど……。

通りすがり 2025/02/10 23:14 あれ、自己紹介って結局まだですよね? 別にいいんですけど、ちょっと気になって。

管理人 2025/02/11 08:30 通りすがりさん、すみません、次こそ。桐生氏の件を追うのに手一杯で。