『Friends』 〜 一年間の黙示録 〜

〜遠山楓理〜

ドアを閉めた瞬間、外の音が全部消えた。
静か。
さっきまでの廊下のざわつきも、笑い声も、全部嘘みたいに遠い。
カバンを床に落とす。中身がぶつかる鈍い音。気にしない。
そのままベッドに座って、何も考えないふりをする。
――無理。

「……はあ」

息が、やけに重い。
天井を見る。白い。つまらないくらい普通。
なのに頭の中は全然普通じゃない。
ぐるぐるしてる。
同じ場面が、何回も何回も再生される。

新田の顔。
あのときの声。

――「いらねーって!」

思い出した瞬間、喉の奥がきゅっと締まる。

「……なにそれ」

小さく呟く。
ありえない。
ほんとに、ありえない。
だってさ。
普通、ああなる?
あんなふうに、あっさり、完全に、切る?

「……意味わかんない」

――「もう終わってるよ」
――「遠山は、立花に負けたんだよ」

「は…?」

思わず手を強く握る。
爪が食い込む。
痛い。
でも、そのほうがいい。
そうしないと、あの言葉が頭の中で膨らみ続ける。
「負けた……?」
ゆっくり、言葉にする。
噛みしめるみたいに。
「……誰に?」
わかってる。

立花結衣。

あの、地味で、静かで、何もしてないみたいな顔してるやつ。

――あれに?

「……は」
笑いが漏れる。
乾いた、軽い音。
「ありえないでしょ」
即答できる。
どう考えてもおかしい。
だって全部、私のほうが上じゃん。
話せるし、盛り上げられるし、距離の詰め方もわかってる。
ああいうの、全部。

なのに。

「……なんで」

言葉が落ちる。
答えが出ない。
いや、出てる。
でも認めたくないだけ。

――選ばれなかった。

それだけ。

「……ふざけんなよ」

低く、吐き出す。
胸の奥がじわっと熱くなる。
苛立ちと、悔しさと、ぐちゃぐちゃな感情。

新田。

あの顔。

あの、迷いのない言い方。

――「結衣がいいって」

「……何がいいの?」
ほんとにわからない。
静かで、受け身で、何もしてこないあいつの、どこが。

「……つまんないじゃん」

何回も思ってたこと。
今も変わらない。
むしろ、今のほうがはっきりしてる。
あれと一緒にいて、何が楽しいの?

会話、続くの?

盛り上がるの?

「……絶対、飽きる」

断言できる。
時間の問題。
今はいいかもしれない。
でもそのうち、絶対思う。

――物足りない。

そのとき。
「……そのとき、どうするの?」

ぽつり。
自分に問いかける。
答えは、すぐ出る。

「取りに行くに決まってるでしょ」

当然。
むしろ、そこからが本番。

でも。

その前に、もう一つ。
永瀬。
あいつのことも、頭から離れない。
告白したときの顔。
冷たく、はっきりと引いた距離。

――「気持ち悪い」

「……あれも、何?」
思い出すたびに、じわっとくる。
あっさりしすぎ。
深くも何もない。
まるで最初から“対象外”だったみたいな扱い。
「……はあ?」
思わず声が出る。
意味がわからない。
なんで。
なんで、あんなふうに切れるの。
私を。

「……普通、迷うでしょ」

少しくらい。

揺れるでしょ。

考えるでしょ。

それが一切ない。
最初から線引かれてたみたいに。

「……なにそれ」

気持ち悪い。
その“迷わなさ”が。
そのくせ、あいつはちゃんと周り見てる顔する。
全部わかってるみたいな顔で。

「……嫌い」

ぽつり。
自然に出た言葉。
新田とは違う。
あっちはまだ、感情で動いてる。
でも永瀬は違う。
全部整理して、切り分けて、必要ないものを捨てる。
その中に、私が入ってただけ。

「……ムカつく」

静かに言う。
怒鳴るほどじゃない。
でも、確実に底に沈むタイプのやつ。

そして。
浅倉。
あいつの顔も浮かぶ。
あのときの、冷たい言い方。
事実だけ並べて、逃げ道塞ぐ感じ。
「……正論で殴るタイプ」
嫌い。
すごく嫌い。

でも。

今はいい。
優先順位はそこじゃない。

「……結局さ」

ベッドに倒れ込む。
天井がまた視界に入る。
さっきと同じはずなのに、全然違って見える。

「三人とも、同じじゃん」

小さく笑う。

新田。

永瀬。

立花。

全員、私を選ばなかった。
それだけ。

「……だったら」
ゆっくり、目を細める。
胸の奥で、何かが静かに形を変える。
さっきまでのぐちゃぐちゃが、少しずつまとまっていく。
方向だけ、はっきりしていく。

「別にいいよ」

軽く言う。
誰にでもなく。

「今じゃなくても」

時間はある。
校外学習もある。

同じ空間で、同じ時間を過ごす。

チャンスなんて、いくらでも作れる。

「……崩せばいいだけ」

ぽつり。
自然に出た言葉。

いや、崩す、じゃない。

壊す。

私にあんなことしたんだから、壊れて当然。

「完璧な関係なんて、ないでしょ」
特に、できたばっかのやつなんて。

軽い。

浅い。

だから。
「……ちょっと押せば、崩れる」
くすっと笑う。
だけど、ちょっとじゃ済ませない。
今度はさっきよりも、少しだけ温度がある。
でもその温度は、前とは違う。
柔らかさじゃない。
もっと、粘つく感じ。

「楽しみだな」

小さく呟く。
誰にも聞かれない部屋で。
誰にも見られない顔で。
天井を見上げながら、ゆっくりと目を閉じる。

――次は、ちゃんとやる。

同じ失敗はしない。
そのために、どう動くか。
考える時間は、いくらでもある。

「私を敵に回したことを、心底後悔させてやる」

許してはいけない。
私に歯向かう奴らは全員馬鹿なのよ。

静かな部屋の中で。
その思考だけが、やけに鮮明に回り続けていた。