『Friends』 〜 一年間の黙示録 〜

〜浅倉琉生〜

校外学習の説明が終わったあとの教室は、いつもより少しだけ騒がしかった。理由は単純で、自由時間でも班行動でもなく――「部屋割り」という、やけに現実味のあるイベントが控えているからだ。
黒板には簡単なルールが書かれている。

二人一部屋。
基本は自由に決めていい。

それだけ。
それだけなのに、教室の空気は妙にざわついていた。
僕は椅子に座ったまま、その様子をぼんやり眺める。こういう場面で積極的に動くタイプじゃない自覚はあるし、別に困ることもない。
――誰かと組めばいい。
それくらいの温度。

「浅倉、どうする?」
横から声。永瀬がこちらを見ていた。
「まだ決めてない」
「だろうな」
即答。少しだけ笑う。
永瀬は一度周囲を見渡してから、軽く肩をすくめた。
「さっさと決めたほうが楽だよ。後になるほど面倒になる」
「経験談?」
「見てればわかる」
視線の先では、すでに何人かがペアを組んでいる。逆に、決めきれずに声を掛け合っているグループもあった。
その中でも一番目立つのは――

「ちょっと待って、あと一人足りないんだけど!?」

遠山だった。いつも通りというか、いつも以上に声が通る。
「誰か空いてる人いない?ほんとに!」
周囲をぐるっと見回して、手当たり次第に声をかけている。
「ねえ、そっちもう決まった?え、三人?ダメじゃんそれ!」
「いやだから二人って言われてるでしょ!」
「じゃあ誰か抜けてよ!」

――無茶だな。
思わず小さく息を吐く。
でも、ああいう動き方ができるのは正直すごいと思う。良くも悪くも、止まらない。
「……大変そうだな」
僕が呟くと、永瀬も同じ方向を見ながら言う。
「放っとけ。そのうちなんとかなるよ多分」
その言い方は妙に確信があった。
実際、遠山はそのまま数人に声をかけ続けて、最終的には――

「じゃあさ、私そっち行くから!いい?決まりね!」

半ば強引に、でも結果的にはちゃんと二人組を成立させていた。
――ほんとに決めた。

あっさりと。
少しだけ感心する。
「ほら」
永瀬が言う。
「なんとかするタイプだろ」
「否定はしない」
僕は頷く。
ああいうのは、あれで一つの才能だと思う。

さて。
「で、どうする?」
永瀬が改めてこちらを見る。
僕は少しだけ考える。とはいえ、選択肢はそこまで多くない。
「永瀬は?」
「まだ」
「じゃあ」
間を置かずに言う。
「一緒の部屋でいいんじゃない」
永瀬は一瞬だけ目を細めて、それから小さく笑った。
「雑だな」
「合理的だし」
「まあな」
それで終わり。
深く考える必要もないし、気を遣う必要もない相手のほうが楽だ。
「じゃあ決まりでいいか」
「いいよ」
それで、僕と永瀬はあっさり決まった。
周囲のざわめきが少しずつ収まっていく中で、残っているのは数組だけ。
その一角で、少しだけ静かなやり取りがあった。

「……結衣、どうする?」
立花に声をかけているのは水沢。
「えっと……まだ……」
相変わらず控えめな返事。
少しだけ視線を向ける。
立花は周囲を見ながらも、どこか決めきれずにいる様子だった。
――まあ、そうなるか。
こういうのは、積極的なやつが早く決めて、そうじゃないやつが後に残る。
単純な構図。
水沢は少しだけ考えるように間を置いてから、軽く言った。
「じゃあさ」
その声は、あくまで自然で。
「私と組む?」
立花が顔を上げる。
「……いいの?」
「むしろそのつもりだったけど」
さらっと言う。
余計な気遣いを感じさせない言い方。
立花は一瞬だけ迷って、それから小さく頷いた。
「……うん、じゃあ」
「決まりね」
あっさり成立。
その様子を見ながら、僕は少しだけ納得する。
――あっちはあっちで、ちゃんと収まる。

教室の前で先生が確認を始めた。
「はい、決まったところから言っていけー」
順番に名前が呼ばれていく。
僕と永瀬の名前も、その中に混ざる。
そして、
「立花、水沢」
その組み合わせも、問題なく読み上げられた。
遠山の名前も、別のクラスメイトと一緒に呼ばれている。
さっきまでの騒ぎが嘘みたいに、全部が整理されていく。
――結局、こういうのは収まるところに収まる。
僕は背もたれに軽く体を預けた。
「終わったな」
「まだ始まってもないけどね」
永瀬が返す。
「部屋決めなんて前座だろ」
「まあな」
確かに、その通りだと思う。
けれど。
こういう小さな決定の積み重ねが、その先の空気を決めるのも事実だ。
誰と同じ部屋になるか。
それだけで、夜の過ごし方も、会話も、全部変わる。
――少なくとも、退屈はしなさそうだ。

教室の外では、少しだけ強くなった春の光が差し込んでいた。
その明るさを横目に見ながら、僕は何も問題が起こらないことを静かに思うのだった。