〜水沢莉央〜
――少し、揺れすぎている。
結衣の視線の落ち方を見て、私はそう判断した。さっきまでの迷いとは違う、芯のない揺れ方。このままだと、余計な方向に崩れる。
それは、あまり綺麗じゃない。
私は小さく息を整える。
――ここで、戻す。
タイミングは、今。
一歩だけ位置をずらす。結衣の視界の外、ほんの少し背後に回る。
わざとらしくならない程度に、でも確実に“角度”を変える。
そのまま、その声を落とした。
静かに、切るように。
その言葉の中に含ませるのは、“違和感”そのもの。
あり得るかもしれない。でも、よく考えれば不自然。
都合が良すぎる話。
――つまり、作り話。
結衣の肩が、小さく揺れる。
「……え」
戸惑いの声。
理解が追いついていない。でも、完全に飲み込んでもいない。
いい反応。
そのまま結衣に近づき、軽く声をかける。
「そんなの、ちょっと出来すぎじゃない?」
結衣がこちらを見る。
目の奥で、何かがほどけかけている。
「でも...」
私は続ける。
「彼女いるのに、わざわざ別の子にチョコあげる理由って何?」
問いかける形にする。
断定しない。考えさせる。
結衣は言葉に詰まる。
「確かに、万が一浮気ってものをしているのであれば、それもあり得る」
「でもそういうのは大抵バレないように彼女にも渡すものだし、何よりも今はバレンタイン」
肩をすくめる。
「タイミングも変だし、状況も変」
一つずつ、違和感を並べる。
強くは言わない。ただ、置いていく。
結衣の視線が、少しずつ安定してくる。
さっきまでの“疑い”が、形を失っていく。
代わりに、“考える”ほうへ移っている。
――戻ってきた。
「……じゃあ」
結衣が小さく言う。
「さっきの話って……」
私はそこで、遠山が持つそのチョコに視線を向ける。
「それ?」
少しだけ間を置いてから、
「それは、遠山自身が買ったやつだよね?」
あっさり言う。
結衣の目が大きく開く。
「え」
「何馬鹿なこと言ってるの?そんなわけないじゃん!」
ずっと黙っていた遠山が、口を開いた。
「そのチョコ、朝から遠山のカバンに入ってたよね」
「口ではなんとでも言えるでしょ!」
すぐに言い返してくる。だけど、ブーメラン。
「それはそっちもね。だけど、朝誰かにチョコあげるって言ってたよね、遠山?」
「…根拠もないことを長々と」
「あるよ。話していた隣の人に聞きさえすればその発言の根拠はできる。それで、そのチョコが新田に渡すためのものだったのかは本人に聞けばわかるでしょ?特に新田なら今まだ学校にいるから、誰かに何かを言わされることはない。」
私は十分に証拠が揃っているときにしか動かない。
ただ、遠山を納得するためには、まだ証拠が足りない。だから、今の目的は…
「新田があなた達に何かを言うように仕向けているかもしれないじゃない!」
「そうだね。でも私そんなのどうでもいいから」
そう、どうでもいい。どうせ彼女なら何を言っても自分を突き通す。
「結衣の誤解さえ解ければ、それでいい」
――これで十分。
崩れかけたものを、形を変えて戻す。元凶への対策は、まだいらない。
新田が味方である派の結衣になら、このぐらいの証拠があれば納得するには十分足りる。
結衣は、すぐには何も言わなかった。
ただ、遠山と私の間に視線を往復させている。その動きは、さっきまでの不安定な揺れとは違う。確かめるような、比べるような、少しだけ冷静さを取り戻した目。
いい傾向。
私はそれを邪魔しないように、何も足さない。
沈黙は、ときどき一番有効な補強になる。
「……遠山さん」
やがて、結衣が口を開く。
声は小さい。でも、さっきよりも芯がある。
「そのチョコ……ほんとに、誰にあげるの?」
遠山の肩が、わずかに強張る。
一瞬だけ、言葉に詰まる気配。
その“間”は致命的だ。
「……別に、誰でもいいでしょ」
吐き出すような返答。
視線を逸らしている。
結衣はそれを見逃さない。
「新田くんじゃ、ないの?」
踏み込む。
さっきまでの彼女なら、ここまでは来なかった。
遠山は何も言わない。
否定しない。…いや、できない。
空気が静かに固まる。
私は、ほんの少しだけ視線を下げる。
――十分。
これ以上は、過剰になる。
遠山は小さく舌打ちをして、持っていた紙袋を握り直す。
「……くだらない」
低く言い捨てる。
「そんなことでいちいち騒いで」
強がり。
でも、その言葉に重さはない。
視線が合わない時点で、もう崩れている。
「もういい」
短く切って、踵を返す。
足音が、少し速い。
逃げるように。
その背中は、振り返らない。
私は追わない。追う理由がない。
結衣も、呼び止めずに、ただ、その場に立ち尽くしている。
数秒。
風が通り抜けた。
「……はあ」
結衣が、小さく息を吐く。
力が抜けたみたいに、肩が落ちる。
「なんか……疲れた」
正直な言葉。私は少しだけ笑う。
「だろうね」
軽く返す。結衣はそのまま、少しだけ俯く。
「さっきの……」
言いかけて、止まる。
私は続きを待たない。
「ごめん」
先に言う。短く。
「ちょっとやりすぎたね」
結衣は顔を上げる。
少しだけ困ったような表情。
「ほんとだよ……」
でも、その声には棘はない。ただ、少し呆れているだけ。
それでいい。
「でも」
結衣が続ける。
「……ありがと」
小さく。
私は一瞬だけ目を細める。
「何が?」
「わかってるでしょ」
結衣は少しだけ笑う。
その笑い方は、さっきまでよりもずっと自然だった。
――戻った。完全じゃないけど、十分。
「行こっか。」
「うん、もう夕方だし、早く帰ろう。」
まったく、本人が惚けているのか忘れているのかわからないが、まだ大事なことをやっていない。
ここは、助言しないと気がすまないよね、協力者?
「そうじゃなくて、バレンタインはここからでしょ?」
――少し、揺れすぎている。
結衣の視線の落ち方を見て、私はそう判断した。さっきまでの迷いとは違う、芯のない揺れ方。このままだと、余計な方向に崩れる。
それは、あまり綺麗じゃない。
私は小さく息を整える。
――ここで、戻す。
タイミングは、今。
一歩だけ位置をずらす。結衣の視界の外、ほんの少し背後に回る。
わざとらしくならない程度に、でも確実に“角度”を変える。
そのまま、その声を落とした。
静かに、切るように。
その言葉の中に含ませるのは、“違和感”そのもの。
あり得るかもしれない。でも、よく考えれば不自然。
都合が良すぎる話。
――つまり、作り話。
結衣の肩が、小さく揺れる。
「……え」
戸惑いの声。
理解が追いついていない。でも、完全に飲み込んでもいない。
いい反応。
そのまま結衣に近づき、軽く声をかける。
「そんなの、ちょっと出来すぎじゃない?」
結衣がこちらを見る。
目の奥で、何かがほどけかけている。
「でも...」
私は続ける。
「彼女いるのに、わざわざ別の子にチョコあげる理由って何?」
問いかける形にする。
断定しない。考えさせる。
結衣は言葉に詰まる。
「確かに、万が一浮気ってものをしているのであれば、それもあり得る」
「でもそういうのは大抵バレないように彼女にも渡すものだし、何よりも今はバレンタイン」
肩をすくめる。
「タイミングも変だし、状況も変」
一つずつ、違和感を並べる。
強くは言わない。ただ、置いていく。
結衣の視線が、少しずつ安定してくる。
さっきまでの“疑い”が、形を失っていく。
代わりに、“考える”ほうへ移っている。
――戻ってきた。
「……じゃあ」
結衣が小さく言う。
「さっきの話って……」
私はそこで、遠山が持つそのチョコに視線を向ける。
「それ?」
少しだけ間を置いてから、
「それは、遠山自身が買ったやつだよね?」
あっさり言う。
結衣の目が大きく開く。
「え」
「何馬鹿なこと言ってるの?そんなわけないじゃん!」
ずっと黙っていた遠山が、口を開いた。
「そのチョコ、朝から遠山のカバンに入ってたよね」
「口ではなんとでも言えるでしょ!」
すぐに言い返してくる。だけど、ブーメラン。
「それはそっちもね。だけど、朝誰かにチョコあげるって言ってたよね、遠山?」
「…根拠もないことを長々と」
「あるよ。話していた隣の人に聞きさえすればその発言の根拠はできる。それで、そのチョコが新田に渡すためのものだったのかは本人に聞けばわかるでしょ?特に新田なら今まだ学校にいるから、誰かに何かを言わされることはない。」
私は十分に証拠が揃っているときにしか動かない。
ただ、遠山を納得するためには、まだ証拠が足りない。だから、今の目的は…
「新田があなた達に何かを言うように仕向けているかもしれないじゃない!」
「そうだね。でも私そんなのどうでもいいから」
そう、どうでもいい。どうせ彼女なら何を言っても自分を突き通す。
「結衣の誤解さえ解ければ、それでいい」
――これで十分。
崩れかけたものを、形を変えて戻す。元凶への対策は、まだいらない。
新田が味方である派の結衣になら、このぐらいの証拠があれば納得するには十分足りる。
結衣は、すぐには何も言わなかった。
ただ、遠山と私の間に視線を往復させている。その動きは、さっきまでの不安定な揺れとは違う。確かめるような、比べるような、少しだけ冷静さを取り戻した目。
いい傾向。
私はそれを邪魔しないように、何も足さない。
沈黙は、ときどき一番有効な補強になる。
「……遠山さん」
やがて、結衣が口を開く。
声は小さい。でも、さっきよりも芯がある。
「そのチョコ……ほんとに、誰にあげるの?」
遠山の肩が、わずかに強張る。
一瞬だけ、言葉に詰まる気配。
その“間”は致命的だ。
「……別に、誰でもいいでしょ」
吐き出すような返答。
視線を逸らしている。
結衣はそれを見逃さない。
「新田くんじゃ、ないの?」
踏み込む。
さっきまでの彼女なら、ここまでは来なかった。
遠山は何も言わない。
否定しない。…いや、できない。
空気が静かに固まる。
私は、ほんの少しだけ視線を下げる。
――十分。
これ以上は、過剰になる。
遠山は小さく舌打ちをして、持っていた紙袋を握り直す。
「……くだらない」
低く言い捨てる。
「そんなことでいちいち騒いで」
強がり。
でも、その言葉に重さはない。
視線が合わない時点で、もう崩れている。
「もういい」
短く切って、踵を返す。
足音が、少し速い。
逃げるように。
その背中は、振り返らない。
私は追わない。追う理由がない。
結衣も、呼び止めずに、ただ、その場に立ち尽くしている。
数秒。
風が通り抜けた。
「……はあ」
結衣が、小さく息を吐く。
力が抜けたみたいに、肩が落ちる。
「なんか……疲れた」
正直な言葉。私は少しだけ笑う。
「だろうね」
軽く返す。結衣はそのまま、少しだけ俯く。
「さっきの……」
言いかけて、止まる。
私は続きを待たない。
「ごめん」
先に言う。短く。
「ちょっとやりすぎたね」
結衣は顔を上げる。
少しだけ困ったような表情。
「ほんとだよ……」
でも、その声には棘はない。ただ、少し呆れているだけ。
それでいい。
「でも」
結衣が続ける。
「……ありがと」
小さく。
私は一瞬だけ目を細める。
「何が?」
「わかってるでしょ」
結衣は少しだけ笑う。
その笑い方は、さっきまでよりもずっと自然だった。
――戻った。完全じゃないけど、十分。
「行こっか。」
「うん、もう夕方だし、早く帰ろう。」
まったく、本人が惚けているのか忘れているのかわからないが、まだ大事なことをやっていない。
ここは、助言しないと気がすまないよね、協力者?
「そうじゃなくて、バレンタインはここからでしょ?」
