『Friends』 〜 一年間の黙示録 〜

〜遠山楓理〜


校舎の角を曲がって、人目が完全に切れたところで、私はようやく足を止めた。
……で。

数秒の沈黙のあと、ふっと息を吐いて――

「……ふふ」

思わず、笑いが漏れる。
いや、ほんと。
何あれ。

「……やっぱり、単純すぎ」

口元に手を当てながら、小さく笑う。
さっきまでの空気とか、あの緊張とか、全部どうでもよくなるくらい、今は面白い。
だってさ。
あんなに綺麗に、思った通りに動く?

「浅倉まで来るとか……ほんと助かるんだけど」

くすっと笑う。

偶然?
そんなわけないでしょ。

あの人、ああいう場面で“たまたま通りかかる”タイプじゃない。
ちゃんと種は撒いてる。

昨日のうちに、軽くそれっぽい話を流しておいた。
「明日、ちょっと面白いことするかも」って。
直接言ったわけじゃないけど、あの人なら拾う。

で、来る。
しかも、あのタイミングで。
「ほんと、使いやすい」
小さく呟く。

それに――

「樹と水沢も、見てたでしょ」

視線を少しだけ上げる。
直接見たわけじゃない。
でも、あの二人が動いてないわけない。

あの空気。
あの入り方。

“用意されてる感じ”は、こっちだけじゃなかった。

でもね。
「それでいいんだよ」
むしろ、そのほうが都合いい。

だって、あの場に集まったってことは。
「結衣、今ひとりでしょ?」
にやっと、口角が上がる。
あの場に視線も意識も全部引っ張られてる。

つまり。
「完全に、がら空き」

くすくす笑いながら、歩き出す。
廊下はもうほとんど人がいない。
放課後の静けさが、少しずつ広がってる。

でも、ひとつだけ。

残ってる場所がある。

生活委員。

「今日、当番だったよね」

ちゃんと覚えてる。
今回だけは、こういうところ、外さない。

階段を降りて、廊下を抜けて、少し奥。
人気の少ない教室の前で、足を止める。
中から、かすかな物音。
「……いる」
ドアを軽くノックする。
「はーい」
少し遅れて、返事。
ドアが開く。
「……あ」

立花結衣。

一瞬、驚いた顔。
そりゃそうか。

「遠山さん……?」
こんな時間に、こんな場所で。
「ちょっといい?」
にこっと笑う。警戒は、してる。
でも、断るほどじゃない、その微妙な距離感。
「……うん」
素直。
ほんと、こういうところ。

「少しだけ、話」

廊下に出てもらう。
ドアが閉まる音。静かな空気。
数秒、何も言わずにそのまま見る。
「……なに?」
結衣が、少しだけ戸惑った声を出す。
「ねえ」
ゆっくり口を開く。
「新田くんのことなんだけど」
ぴくっと、反応。本当に単純で、わかりやすい。
「……なに?」
声が少しだけ固くなる。
いいね。ちゃんと大事にしてる。…だからこそ。
「…知らないほうがいいかもだけど」
少しだけ視線を外す。

“言いにくそうにする”。
これ、大事。

「でも、一応伝えとこうかなって思って」
結衣の表情が、ほんの少しだけ曇る。
「……なに?」
同じ言葉。
でもさっきより重い。
私は少しだけ間を置いてから、言う。
「今日さ」
軽く息を吐く。
「放課後、呼び出されたの」
「……え?」
「なんか、チョコ、渡された」

嘘。

はっきりした、嘘。

結衣の目が、一瞬止まる。

「……それ」
「でさ」
被せる。
間を与えない。
「迷ってそうな感じ、ほとんどなかった」
もう一段、踏み込む。
完全な捏造。
でも、“ありそう”なライン。

「……え」

小さな声。いい感じ。
「まあ、私もびっくりしたけど」
肩をすくめる。
「彼女いるのに、ああいうことするんだなって」
最後に、軽く落とす。

沈黙。

結衣が、何も言わない。
視線が少しだけ揺れてる。
「……ほんと?」
小さく聞いてくる。

「こんなところで嘘言わないよ。ほら」
私が買ってきたチョコを見せつける。…まるで彼からもらったもののように。

結衣は少しだけ俯く。
考えてる。
想像してる。

さっきまでの時間と、今の言葉を繋げてる。

「……」

いいよ。

そのまま。

崩れてくれればいい。

「まあ」
「どう受け取るかは、結衣次第だけど」

逃げ道を置く。

これで、“押し付け”じゃなくなる。
「でもさ」
少しだけ近づく。
「ちゃんと見たほうがいいよ」
小さく。
「そういう人かどうか」
空気が、少しだけ重くなる。
――よし。

十分。
あとは勝手に崩れる。



「――デートにも行った彼氏が、ホワイトデーでもないのにチョコを買ってきて、それを彼女じゃない別の女にだけあげる…なんて、誰かからしたら虫のいい話だよね」


背後から誰かの声。すごく冷徹で、恐怖を植え付けるようなその声のせいで、気づいたときには背筋が凍っていた。