『Friends』 〜 一年間の黙示録 〜

〜永瀬樹〜


そこの立っていたのは――浅倉琉生だった。
想定外の事態ではあるが、立場的に恐らく浅倉も此方(こちら)側。
念の為この先の行動パターンを更に増やし、様子を見ることにした。
空気の流れが、明らかに変わっている。

遠山は一瞬だけ視線を揺らしたあと、すぐに立て直す。さすがというか、予想通りというか。ああいうタイプは、多少のイレギュラーでは崩れない。
遠山は一歩踏み出す。さっきまで新田に向けていた圧を、そのままスライドさせたような動き。

「関係ないでしょ?引っ込んでてくれる?」
「関係なくはないな」
あっさり否定。
この言い方は、わざとだ。相手の神経を軽く逆撫でして、主導権を取りにいくタイプの入り方。
「今、迷惑そうだったし」
浅倉は視線を少しだけ新田に向ける。
「幼馴染に助け船くらい出してもいいだろ。」
遠山の眉がわずかに動く。
「新田くん、別に迷惑じゃないよね?」
確認するように、新田を見る。
新田は一瞬だけ言葉を詰まらせて、それからはっきり言った。

「迷惑だよ」

間。

その一言は、短いけど十分だった。
遠山の表情が、ほんの少しだけ歪む。
「……へえ」
声の温度が、わずかに下がる。
「第三者の前だと、そういうこと言うんだ」
「関係ないだろ」
「あるよ」
食い気味に返す。
「だってさ」
遠山は浅倉を一瞥する。
「こういうのがいると、カッコつけたくなるじゃん?」
浅倉は小さく笑う。
「買いかぶりすぎだろ」
「じゃあ何?正義の味方気取り?」
「違うな」
即答。
「見てて面倒だから口出しただけ」
軽い。あくまで軽いまま。
けれど、その軽さが逆に芯を隠している。
遠山はそれを感じ取っているのか、少しだけ目を細める。
「邪魔なんだけど」
「そうか」
浅倉は頷く。
「でも続けさせる理由もないな」
空気が、また一段変わる。
押し合いというより、線引きに近い。
遠山が一歩、強めに踏み込む。
「いい加減にして」
さっきまでより明確な苛立ち。
「これは私と新田くんの問題なの」
「そうだな」
浅倉は否定しない。
「でもさ」
少しだけ首を傾ける。

「“答え出てる問題”を延々やるの、意味ある?」

直球。
遠山の動きが、一瞬止まる。
「……は?」
「だから」
浅倉は淡々と続ける。
「断られてるだろ、さっきから」
静かだが、逃げ道を与えない言い方。
「それでも押すのは自由だけどさ」
「だったら口出さないで」
すぐに返す。強い。
「関係ないって言ってるでしょ」
その言葉に対して、浅倉はほんの少しだけ視線を落としてから、また遠山を見る。
「関係あるよ」
今度は、さっきよりもはっきりと。
「見てて不快だから」
遠山の目が、はっきりと鋭くなる。
「……なにそれ」
「そのままの意味」
逃げない。
「相手の気持ち無視して押し続けるの、普通に迷惑だろ」
言葉が、少しずつ積み重なっていく。
遠山の中で、何かが変わり始めているのがわかる。
さっきまでの“自信”一色じゃない。そこに、ほんのわずかだが“引っかかり”が混ざっている。
「……別に無視してないし」
「してるだろ」
即座に被せる。
「“無理だ”って何回言われてる?」

答えない。

――答えられない。

その沈黙を見て、浅倉は一度だけ小さく息を吐く。
「まあいいや」
軽く言う。
「はっきりさせるなら、簡単だろ」
遠山が顔を上げる。
そのタイミングで、浅倉は一歩だけ踏み込んだ。
距離は近すぎない。けれど、逃げられない位置。
「遠山」
名前を呼ぶ。その呼び方が、妙にフラットで。
「もう終わってるよ」
短く言う。
「新田は立花を選んだ」
遠山の瞳が、わずかに揺れる。
「それだけの話だ」

間。

「……それでも、まだわからない?」

静かに、重ねる。
そして、最後に。

「遠山は、立花に負けたんだよ」

その言葉は、強くもなく、大きくもない。
でも、逃げ場を完全に塞ぐには十分だった。
空気が、止まる。
遠山は何も言わない。
さっきまであれだけ止まらなかった言葉が、完全に途切れている。
視線が、一瞬だけ新田に向く。
確認するような、縋るような、そんな一瞬。
けれど、新田は何も言わない。
ただ、逸らさない。
それで、十分だった。
遠山の指先が、わずかに力を失う。
持っていた箱が、少しだけ傾く。

「……は」
かすれた声。笑おうとして、失敗したような音。
「なに、それ」
弱い否定。
でも続かない。

数秒の沈黙。

それから、遠山は視線を落とす。
「……意味わかんない」
小さく呟く。
けれど、その声にはもうさっきまでの勢いはない。
一歩、下がる。
「……ありえない」
もう一歩。
距離が開く。
「わたしのほうが……」
言いかけて、止まる。
続かない。
言葉が、自分の中で崩れている。
そして。
「……知らない」
投げるように言って、くるりと背を向けた。
早足。
振り返らない。
そのまま、視界から消えていく。

残ったのは、静かな空気と、わずかな余韻だけだった。