『Friends』 〜 一年間の黙示録 〜

〜水沢莉央〜


「...うん、わかった。ありがと。」
何となく予想はしていたが、恐らくもう確定だ。遠山楓理は、まだ新田陽翔を狙っている。
休み時間の彼女の視線、昨日の彼女のリュックから見えた小さな箱。そして今、彼女の隣の席の子から発言をもらって、言い切る根拠は十分に集まった。
いくらなんでも理不尽、というのもあるが、私は結衣側だから多少は手を出す準備はしておこう。

――「...で、なんでその案件で僕のところに来たわけ?」
「樹以外にこういうの頼めるの誰かいると思う?」
以前より少し寒さが薄れた空気が吹き込む、いつもの静かな教室で、樹は机に肘をついたまま、露骨に面倒そうな顔をしていた。
「いや、いるでしょ。他にも」
「いないね」
即答しておく。ここで迷うと、話が長くなる。
樹は一瞬だけ目を細めて、こちらを見る。
「断るって選択肢は?」
「あるよ」
私は頷く。
「でもしないでしょ?」
「……その根拠は?」

ちょっとだけ間があく。この間は、たぶん思考じゃなくて“諦め”に近い。

「樹ってさ」
私は軽く机に寄りかかる。
「こういう“面倒だけど放置するともっと面倒になるやつ”、ちゃんと処理するタイプじゃん」

沈黙。
当たってるときの沈黙だ。

「……で、具体的には?」
ため息まじりに聞いてくるあたり、もう半分引き受けてる。
私は軽くスマホを指で回しながら続ける。
「別に大したことじゃないよ」
「その前置きで大したことなかった試しがない」
「ひど」
小さく笑う。
「遠山、たぶん明日動く」
「動くって?」
「新田にチョコ渡す」
「……あーね」

理解が早い。助かる。
「で、多分そのまま勢いで押し切る気かな、と」
「可能性は高いな」
「でしょ?」
私は軽く肩をすくめる。
「だからさ、ちょっと見ててほしいわけ」
「見てて、って」
「そのまんま。近くにいて、変な流れになりそうだったら止めるとか、空気切るとか」
樹は少しだけ視線を外して、窓の外を見る。
すぐには答えないあたり、ちゃんと状況を想像してる。
「……それ、僕じゃなくてもいいよね」
「いや、樹じゃないとダメ」
「理由は」
「一番自然に“空気壊せる”から」

樹は小さく笑う。
「褒めてるのか、それ」
「褒めてるよ。かなり。ていうか得意分野でしょ?」
「どうだか」
「結衣は?」
「たぶん普通に渡すかどうかで悩んでる段階」
「じゃあ余計、変な横槍入ったら面倒だな」
「そういうこと」
樹は指先で机を軽く叩く。
リズムが一定で、考えがまとまってきてるときの癖。
「……一応聞くけど」
「うん」
「それ押し付けて、水沢さんは何するの?」

来た。
私はにっこり笑う。

「応援」
「は?」

「精神的なやつ」
「何もしてないのと同義だろ」
「ちゃんと裏で支えてるから大丈夫」
樹が明らかに呆れた顔になる。
「いや、そっちが動きなよ」
「やだよ面倒くさい」
即答。
「こういうのはね、適材適所」
「適材適所の使い方間違ってるだろ」
「合ってるって。私は“動かないポジション”が一番効くの」

軽く言ってみせる。
実際、半分くらいは本音だ。
下手に表に出るより、状況を整える側の方が楽だし、見えるものも多い。
「で、やるの?」
私は首を少し傾ける。

樹はしばらく黙って、それから小さく息を吐いた。
「……最低限な」
「さっすがー」
「期待はするなよ」
「してるしてる」

軽く手を振る。
「じゃ、よろしく」
「ちょ待て...」
呼び止められる前に、一歩引く。
「逃げるな」
「逃げてないよ、役割分担」
そのまま背を向けて歩き出す。

「水沢さん」
「なに」
振り返らずに返すと、少し間があく。

「……あとで状況は共有しろ」
「気が向いたらね〜」

わざと軽く流す。
教室のドアを抜けて、廊下に出る。さっきよりも少しだけ騒がしくなっている空気が、ちょうどいい。
――まあ、これでいいでしょ。

全部自分で抱える必要はない。
適当に振って、適当に回す。それでうまくいくなら、その方が楽だ。
スマホを取り出して、軽く画面を眺める。
明日が、少しだけ面白くなりそうだな、と思った。