『Friends』 〜 一年間の黙示録 〜

〜水沢莉央〜



昼休み。“あの時”から、ちょうど一年が経った。
窓から差す光。黒板で削れるチョークの音。裏で色々起こっていても、表向きの学校の姿は前と何等(なんら)変わりはない。
私はそんな世界で、あと二ヶ月もないこの世でなにか変わるべきだろうか。


――信じるせいで、自分が傷つくから。


――...都合の良いことで自分を安心させたくない。


――でも本当は、無意識に自分が壊れるのを恐れてるだけだと思うから


――ひとりで崩れるより、誰かと崩れかけてるほうが、少しまし。



あの時の彼の台詞が頭に浮かぶ。
あの台詞が“台詞(えんぎ)”だったのか、“言葉(ほんね)”だったのかは、私には今でもわからない。

でも。
たとえどっちだったとしても。
それだけで彼を信じて、自分の弱みを見せるなんてあってはいけないことだったはずなのに。

それをして、本当の私が安心していることが、意味がわからなくて、そして、憎い。
許さない。

「...っ」

コンパスの針をどけた左手には、一つ小さな赤い点。
大丈夫。利き手じゃない方に刺したんだから、まだ理性は残っている。落ち着け、馬鹿。
赤いそれを適当に払って、窓の外のグラウンドに目を向けた。

「莉央、何黄昏れてるの?」

突然名前を呼ばれて、驚いて振り向く。そんなふりをした。

「た、黄昏れてないよ、グラウンド眺めてただけ」
「ほんとに?」
「まず「黄昏れる」って夕方しか使えないし」
夕方どころか今は真っ昼間。“誰そ彼”って思う人は眼科に行ったほうがいい時間帯だ。
「確かに......ってちょっ...大丈夫!?」
珍しく少し大きな声を出した結衣の目線の先にあるのは、私の左手。深く刺しすぎたかもしれない。
「さっきの数学でついコンパスを...ぶすっと?」
「えぇ...絆創膏ぐらい貼らないとだよ」
大丈夫大丈夫と笑ったときには、もう結衣が自分のバッグから絆創膏を取り出していた。
「はい、拒否権なしね」
「大丈夫だって言ってるのに...ありがと」
...これだから結衣は。人が良すぎる。
新田って男子は幸せ者だな、とぼんやり思いながら、貼られたばかりの絆創膏を見下ろした。

「ほんと、気をつけなよ? コンパスって普通そんな刺さり方しないからね」
「いや、ちょっと手元狂っただけだって」
軽く返すと、結衣は納得したような、してないような顔で首をかしげる。
「莉央ってさ、変なとこで雑だよね。ノートとかすごい綺麗なのに」
「それはそれ、これはこれ」
「なにそれ」
くすっと笑う声。つられて、少しだけ口元が緩む。

教室にはほとんど他に人はおらず、誰もこっちなんて気にしていない。窓の外では、さっきと同じようにボールが転がっている。
「次、体育だね」
結衣が窓の外を見ながら言う。
「うん。外だっけ」
「たしか、そうだったと思う。……今日は、ちょっと寒そう」
カーテンが揺れて、冷たい冷気が吹き込む。
「見学したくなるやつだね」
「……うん、ちょっとだけ思った」
結衣が小さく笑う。その笑い方は、いつも通りで、どこか安心する。
「でも、出るよ。たぶん」
「“たぶん”なんだ」
「……なるべく、出る」
言い直して、また少しだけ笑う。
そのやりとりが、なんでもないのに、少しだけ心地いい。

――今年の1/31は、ただそれだけの、何気ない一日。