『Friends』 〜 一年間の黙示録 〜

〜新田陽翔〜


窓の外が赤く染まり始めたころ、ようやく最後の本を棚に戻し終えた。
「悪いな、新田。手伝ってくれて助かった」
司書の先生が穏やかに言う。
「いえ、全然」
本当は“全然”でもない。冬休み前の整理は思ったより量があったし、他の図書委員は先に帰っている。けど、頼まれて断る理由もない。カウンターを整えて、電気を一部落とす。図書室の静けさは、夕方になると少しだけ寂しい。鞄を肩にかけ、扉を閉めた。

廊下は思ったより暗い。赤い光が窓から斜めに差し込んで、床に長い影を落としている。足音が、やけに響く。
やっと終わったな、と思いながら歩く。

下駄箱に向かうために廊下の角を曲がった、その瞬間。足が止まった。

廊下の先に、人影。
見間違いじゃない。

結衣。

窓際に立って、こっちを見ている。
「……え?」
思わず声が漏れる。
「まだ帰ってなかったのか?」
普通なら、もうとっくにいない時間だ。結衣は小さく息を吸ってから、歩み寄ってきた。
「新田くん、図書委員で遅くなるって聞いて」
誰から、とは聞かない。今聞く必要なない、と思った。
「待ってたの?」
「うん」
即答だった。胸が、強く打つ。
夕日が彼女の横顔を赤く染めている。影が長く伸びて、廊下の空気がやけに静かだ。
「どうした?」
自分の声が、少しだけ低い。結衣は、両手をぎゅっと握っている。いつもより、少しだけ呼吸が速い。
「話したいことがあって」
鼓動が、嫌にうるさい。

一歩、距離が縮まる。
誰もいない廊下。遠くで運動部の声がかすかに聞こえるだけ。
「私ね」
声が、少し震えている。
「ずっと、言おうと思ってた」
頭の中が真っ白になる。

まさか。

でも。

「新田くんと話すの、すごく好き」
息が止まる。
「落ち着くし、楽しいし……」
彼女は目を逸らさない。
「もっと一緒にいたいって、思ってる」
その言葉は、まっすぐだった。遠回しじゃない。飾っていない。

「...私は、新田くんのことが好き。」
一瞬、視線が揺れる。でも、すぐに戻る。
「だから」

「私と、付き合ってください」

世界が、静かになる。
赤い光が、ゆっくりと廊下を満たしている。
俺は、何も言えない。
――嬉しい。
ただ、それが一番最初に来る感情だった。
図書室で名前を言ったときより、はっきりしてる。結衣が好きだって、自分でちゃんとわかる。

「……ずるいな」

思わず口から出た。
「え?」
「俺が言おうとしてたのに」
本当は、もう少し時間かけて、タイミング探して。そう思ってた。
でも、先に来られた。
それでもいい。
「俺も」
息を吸う。

「結衣のこと、好き」

はっきり言う。彼女の目が、揺れる。赤い光のせいだけじゃない。
「...前図書室でさ、友達に好きな人いんのかって聞かれて」
苦笑する。
「そんときも結衣の名前、出してた」

「…知ってる」
「え?」

一瞬固まる。
「浅倉くんが、教えてくれた」
あいつやってんな笑

……でも、今はそれより。

「だから、今日言おうって思った」
勇気を振り絞った顔。胸が、締めつけられる。
「ありがとう」
自然と、そう言っていた。

「俺でよければ、お願いします」

結衣の目に、涙がうっすら浮かぶ。でも、泣かない。ちゃんと笑ってくれた。
「……うん」
小さく、でも確かに頷く。その瞬間、何かが静かに決まった。

遠山のことが頭をよぎる。

明日、きっと何か言われる。


…でも、迷いはない。

ちゃんと、自分で選んだんだ。

遠山のことも、明日のことも、全部わかったうえで。それでも、目の前の結衣を選んだ。
結衣はまだ少しだけ不安そうにこっちを見ている。
「……後悔しない?」
小さく聞かれる。
たぶん、冗談じゃない。俺は少しだけ眉を上げる。
「なんで後悔すんだよ」
夕焼けの赤が、瞳に映る。
「結衣に言ってもらえて、俺、ちゃんと嬉しいから」
余計な飾りはつけない。ただ、それだけ。
数秒、見つめ合うみたいになる。さすがに照れて、先に目を逸らす。
「……帰るか」
ぶっきらぼうに言うと、立花が小さく笑う。
「うん」
並んで歩き出す。肩が触れそうで触れない距離。

でも、さっきまでとは空気が違う。

言葉にしなくても、同じ気持ちだってわかる感じ。歩きながら、ふと横を見る。
立花が、少しだけこっちに近づいてくる。

ほんの数センチ。

それだけなのに、胸が変に落ち着かない。俺は前を向いたまま、静かに思う。

ちゃんと、自分で選んだ。
そして今、隣にいる。

それだけで、十分だ。