『Friends』 〜 一年間の黙示録 〜

休日の午前。ガラス張りのエントランスから差し込む光が、床に淡い模様を描いている。結衣と並んで歩きながら、私は人の流れを静かに観察していた。
「久しぶりだね、ここ」
結衣が少し弾んだ声で言う。
「うん。変わってないね」
私は笑う。...鏡のように整えられた、ちょうどいい笑い方で。
周りのことは信じない。それは最近始まったことじゃない。ずっと前から、どこかで線を引いている。笑いながらも、心の奥の扉は閉めたまま。

ただ、前にここへ来たときは、そのことを言葉にしていなかっただけ。

ショッピングモールの空気はいつも軽い。明るい音楽、甘い匂い、にぎやかな足音。楽しげな空間ほど、人は本音を隠すのが下手になる。私は、本音が少しも漏れないように普段以上に警戒を強めた。
エスカレーターに乗ると、下から人の波がゆっくりと押し寄せてくる。誰が誰を見ているのか、誰が何を考えているのか、そんなことを一瞬で想像して、すぐに手放す。
考えすぎない。
でも、見落とさない。
「新しいお店、二階だよね?」
「そうそう、奥のほう」
結衣の歩幅に合わせる。速すぎず、遅すぎず。隣にいることが自然に見える距離。店内は淡い色で統一されていた。柔らかな布地、控えめな香水の匂い。結衣がブラウスを手に取る。
「これ、どう思う?」
「似合うと思うよ。結衣の雰囲気に合ってる」
言葉を選ぶ。過不足なく、ほんの少しだけ温度をのせて。結衣は嬉しそうに笑う。その無防備な笑顔を見ながら、私はふと考える。
信じるって、どこまでを言うんだろう。
試着室のカーテンが閉まる。私は壁際に立ち、店の奥と入口をなんとなく視界に入れる。
無意識。たぶん、ずっと前からの癖。
「どうかな?」
カーテンが開く。
「うん、いいね。さっきより大人っぽい」
本心だ。ただ、それ以上は踏み込まない。店を出ると、中央の吹き抜けから子どもたちの笑い声が落ちてくる。高く、軽い音。ああいう声を、私はまぶしいと思う。でも羨ましいとは思わない。
「お腹すいたね」
「行こっか」
フードコートの窓際に座る。背後に壁がある席を選ぶのは、たぶん無意識じゃない。結衣がストローを回しながら、小さく言った。
「この前ね、新田くんと話したの」
「うん」
「なんか、ちょっとドキドキして」
私はゆっくり頷く。
「いいことだと思うよ」
「そうかな」
「うん。ちゃんと自分の気持ち、感じてるってことだから」
結衣は安心したように笑う。その表情を見ながら、私は心の中で静かに距離を測る。
誰かを好きになる気持ちは、きっときれいだ。でも、それがどう転ぶかは誰にもわからない。

私は未来を信用しない。
だから、今の言葉だけを扱う。
「莉央は? 好きな人とかいないの?」
少し首をかしげる。
「どうだろうね」
曖昧に笑う。本当のことは言わない。言わなくても、困らない。
人は変わる。関係も変わる。だから私は、最初から全部を預けない。
それでも、隣にいる結衣を大切にしないわけじゃない。守ることと、預けることは違うから。

モールを出るころ、空は薄い夕色に染まっていた。ガラスに映る私たちの姿は、どこから見ても仲のいい友達だ。
「今日はありがとう」
「こちらこそ」
笑って手を振る。バスの窓に映る自分の顔は、いつも通り明るい。きっと誰も気づかない。

――気づかれないほうが、都合がいい。

ずっと同じ温度で笑い続けることは、意外と難しくない。慣れているから。
それでも、隣に座る結衣の眠そうな横顔を見て、ほんの一瞬だけ思う。
この距離なら、悪くない。

近づきすぎず、離れすぎず。
触れないまま、そばにいる。

それが今の私にとって、一番静かで安全なかたちだった。