〜水沢莉央〜
私はずっと誰かを信じるのが怖かった。でも、樹も一緒だった。
“0”と“1”。
何が違うのか、それが今わかった気がした。
樹は誰かに裏切られることよりも、自分が壊れないことを優先させた。
私は誰かに裏切られることが怖くて、まだ自分を守れていない。
n――...大丈夫なの?
m――うん、大丈夫。うまくやってる
不意に目頭が熱くなって、視界がぼやけ、スマホに水滴が落ちた。...大丈夫なんかじゃない。でも私にそう言う勇気はなかった。
私はメールが好き。会わなくても話せる手軽さもそう、でも何よりも、自分の表情を見せずに楽に嘘をつけることが、「裏切られたくない自分」にとって救い――
n――嘘。
...っ
...即答だった。それは真偽を確かめる台詞ではなく、すべて見抜いた鋭く、優しい言葉だった。
m――...なんで?
嘘を見抜いた樹に対してかすかに希望を持った自分が、嬉しくて、馬鹿らしかった。
――自分自身を壊そうとしている自分を助けてくれるかもしれない。
――希望を持ったって無駄、信じるから裏切られる。
私が何を望んでいるのか、もう私にもわからなかった。
n――無理してるときの水沢さん、ちょっとだけ文章が綺麗になるから。
画面が滲んで、うまく読めない。指で拭う。...でもまたすぐに滲む。
息が、詰まる。そんなところまで、見てるの。
m――そんなことないよ。
震える指で打つ。
n――あるよ。
間を置かない。
n――それに「無理してる大丈夫」を言うとき、いつも返信が早い。
心臓が、どくん、と強く鳴る。
私はいつも、先に「大丈夫」を置く。
会話を終わらせるための、便利な言葉。
n――水沢さん、誰にも頼らないの上手だよ。
n――でも、それって上手なだけで、平気って意味じゃない。
涙がまた落ちる。画面に、小さな丸い跡。
どうして。
どうして、こんなに簡単に見抜くの。
m――樹だって。
やっと打てたのは、それだけ。
n――うん。
否定しない。
n――僕も同じ。
少し、呼吸が整う。
n――だからほんの少しはわかる。
その一文に、胸の奥がじわっと熱くなる。
m――わかったって、どうするの?
打ちながら、自分でも意地悪だと思う。助けてほしいのか、突き放したいのか、わからない。
少し、間。
n――どうもしない。
一瞬、胸が冷える。
やっぱり。
期待なんて。
n――勝手に助けるとか、できないから。
続きが届く。
n――でも、嘘ついてるときは、嘘って言う。
視界が、また歪む。
n――僕もそれくらいならできる。
それは、救いなのか。
それとも、ただの距離なのか。
少し考えて、理解した。
これは“救い”だ。
私がそれをどう受け取るかによって、救いにもなるし距離にもなる。私自身が私の意思で選べるなら、それは私にとっての救い。
でも。
裏切られる可能性を少し作ってまで私自身を守るべきなのか
今のまま、無理をしてでも裏切られる可能性をなくすべきなのか
それが私にもわからないから。
m――辛い
指が勝手に動いた。取り消す、という選択肢が頭をよぎる前に、既読がついた。
心臓が煩い。
たった二文字。
でも、たぶんこれは、私にとっての“1”に一番近い言葉。
逃げ道も、言い訳も、飾りもない。
画面を握る指が白くなる。
数秒。
長い。
怖い。
やっぱり言わなきゃよかった、と遅れて後悔が押し寄せる。
――重いって思われるかもしれない。
――面倒って思われるかもしれない。
――距離を置かれるかもしれない。
信じるから、裏切られる。
頭の中で、その言葉が何度も反響する。
通知。
n――うん。
短い。
でも、否定じゃない。
n――そうだよね。
樹は私とほとんど同じだ。
違うのは、彼は“1”を選んでいること。
n――期待したぶんだけ崩れるから、最初から期待しないのは一緒。
n――でもさ。
間。
その「でも」が、怖い。
n――それで、楽になったかって言われたら、なってない。
息が止まる。
n――ずっと緊張してる。
n――ちゃんとしてないと、崩れる気がする。
n――誰かに弱いとこ見せたら、終わる気がする。
涙が、また落ちる。私だけじゃなかった。強そうに見えて、静かで、崩れない人だと思ってた。
でも、同じ場所に立ってる。
m――じゃあ、なんで1にしてるの。
震える指で打つ。既読。
少し長い沈黙。
n――0のままだと、本当に終わりそうだから。
心臓が、強く打つ。
n――僕自身は「“0”にできないから」、って思ってる。
n――でも本当は、無意識に自分が壊れるのを恐れてるだけだと思うから
n――だから、ひとりだけ。
ひとりだけ。
それは救いなのか、依存なのか、もうわからない。
m――それ、怖くないの?
n――怖いよ。
即答。
n――その1がいなくなったら、たぶん崩れる。
正直すぎる。
n――でも、0で崩れるよりは、ましだと思う。
私は、目を閉じる。
0でも、1でも、どっちも崩れる可能性はある。
じゃあ何が違うの。
n――水沢さん。
m――なに。
n――さっきの「辛い」さ。
胸がきゅっとなる。
n――あれ言えた時点で、もう0じゃないと思う。
息が止まる。
m――違う。
反射的に打つ。
m――あれは、ただの弱音。
n――うん。
n――弱音を言える相手を選んだってこと。
頭の奥が、じん、とする。
私は、選んだの?
無意識に?
n――僕もさ。
少し間。
n――今、けっこう辛いから。
その一文に、体が固まる。
n――ずっと平気なふりしてるけど。
n――ほんとは、いつ崩れてもおかしくない。
視界がまた滲む。
m――なんで言うの。
n――水沢さんが言ったから。
単純な理由。でも、重い。
n――ひとりで抱えてると、本当に壊れそうだから。
その言葉は、私の心臓の奥にまっすぐ落ちる。
同じだ。私たちは、同じ前提で立ってる。
周りは厳しい。
崩れたら終わる。
信じたら負け。
その世界の中で、ぎりぎり立ってる。
m――じゃあさ。
指が震える。
m――どうするの。
長い沈黙。
n――わからない。
正直。
n――たぶん、正解はない。
n――でも、少なくとも今は。
n――ひとりで崩れるより、誰かと崩れかけてるほうが、少しまし。
その言葉に、胸の奥が強く締めつけられる。
まし。救いじゃない。解決でもない。
でも、まし。
私は布団をぎゅっと握る。
0か1かじゃない。
勝ちか負けかでもない。
ただ、今この瞬間、完全にひとりじゃない。
...もう私は“0”ではないのかもしれない。
――誰かと崩れかけてるほうが、少しまし。
...樹。
m――ねえ、樹。
n――なに?
私も、一緒に崩れかける誰かが欲しい。
m――修了式の日、放課後、一緒に死なない?
私はずっと誰かを信じるのが怖かった。でも、樹も一緒だった。
“0”と“1”。
何が違うのか、それが今わかった気がした。
樹は誰かに裏切られることよりも、自分が壊れないことを優先させた。
私は誰かに裏切られることが怖くて、まだ自分を守れていない。
n――...大丈夫なの?
m――うん、大丈夫。うまくやってる
不意に目頭が熱くなって、視界がぼやけ、スマホに水滴が落ちた。...大丈夫なんかじゃない。でも私にそう言う勇気はなかった。
私はメールが好き。会わなくても話せる手軽さもそう、でも何よりも、自分の表情を見せずに楽に嘘をつけることが、「裏切られたくない自分」にとって救い――
n――嘘。
...っ
...即答だった。それは真偽を確かめる台詞ではなく、すべて見抜いた鋭く、優しい言葉だった。
m――...なんで?
嘘を見抜いた樹に対してかすかに希望を持った自分が、嬉しくて、馬鹿らしかった。
――自分自身を壊そうとしている自分を助けてくれるかもしれない。
――希望を持ったって無駄、信じるから裏切られる。
私が何を望んでいるのか、もう私にもわからなかった。
n――無理してるときの水沢さん、ちょっとだけ文章が綺麗になるから。
画面が滲んで、うまく読めない。指で拭う。...でもまたすぐに滲む。
息が、詰まる。そんなところまで、見てるの。
m――そんなことないよ。
震える指で打つ。
n――あるよ。
間を置かない。
n――それに「無理してる大丈夫」を言うとき、いつも返信が早い。
心臓が、どくん、と強く鳴る。
私はいつも、先に「大丈夫」を置く。
会話を終わらせるための、便利な言葉。
n――水沢さん、誰にも頼らないの上手だよ。
n――でも、それって上手なだけで、平気って意味じゃない。
涙がまた落ちる。画面に、小さな丸い跡。
どうして。
どうして、こんなに簡単に見抜くの。
m――樹だって。
やっと打てたのは、それだけ。
n――うん。
否定しない。
n――僕も同じ。
少し、呼吸が整う。
n――だからほんの少しはわかる。
その一文に、胸の奥がじわっと熱くなる。
m――わかったって、どうするの?
打ちながら、自分でも意地悪だと思う。助けてほしいのか、突き放したいのか、わからない。
少し、間。
n――どうもしない。
一瞬、胸が冷える。
やっぱり。
期待なんて。
n――勝手に助けるとか、できないから。
続きが届く。
n――でも、嘘ついてるときは、嘘って言う。
視界が、また歪む。
n――僕もそれくらいならできる。
それは、救いなのか。
それとも、ただの距離なのか。
少し考えて、理解した。
これは“救い”だ。
私がそれをどう受け取るかによって、救いにもなるし距離にもなる。私自身が私の意思で選べるなら、それは私にとっての救い。
でも。
裏切られる可能性を少し作ってまで私自身を守るべきなのか
今のまま、無理をしてでも裏切られる可能性をなくすべきなのか
それが私にもわからないから。
m――辛い
指が勝手に動いた。取り消す、という選択肢が頭をよぎる前に、既読がついた。
心臓が煩い。
たった二文字。
でも、たぶんこれは、私にとっての“1”に一番近い言葉。
逃げ道も、言い訳も、飾りもない。
画面を握る指が白くなる。
数秒。
長い。
怖い。
やっぱり言わなきゃよかった、と遅れて後悔が押し寄せる。
――重いって思われるかもしれない。
――面倒って思われるかもしれない。
――距離を置かれるかもしれない。
信じるから、裏切られる。
頭の中で、その言葉が何度も反響する。
通知。
n――うん。
短い。
でも、否定じゃない。
n――そうだよね。
樹は私とほとんど同じだ。
違うのは、彼は“1”を選んでいること。
n――期待したぶんだけ崩れるから、最初から期待しないのは一緒。
n――でもさ。
間。
その「でも」が、怖い。
n――それで、楽になったかって言われたら、なってない。
息が止まる。
n――ずっと緊張してる。
n――ちゃんとしてないと、崩れる気がする。
n――誰かに弱いとこ見せたら、終わる気がする。
涙が、また落ちる。私だけじゃなかった。強そうに見えて、静かで、崩れない人だと思ってた。
でも、同じ場所に立ってる。
m――じゃあ、なんで1にしてるの。
震える指で打つ。既読。
少し長い沈黙。
n――0のままだと、本当に終わりそうだから。
心臓が、強く打つ。
n――僕自身は「“0”にできないから」、って思ってる。
n――でも本当は、無意識に自分が壊れるのを恐れてるだけだと思うから
n――だから、ひとりだけ。
ひとりだけ。
それは救いなのか、依存なのか、もうわからない。
m――それ、怖くないの?
n――怖いよ。
即答。
n――その1がいなくなったら、たぶん崩れる。
正直すぎる。
n――でも、0で崩れるよりは、ましだと思う。
私は、目を閉じる。
0でも、1でも、どっちも崩れる可能性はある。
じゃあ何が違うの。
n――水沢さん。
m――なに。
n――さっきの「辛い」さ。
胸がきゅっとなる。
n――あれ言えた時点で、もう0じゃないと思う。
息が止まる。
m――違う。
反射的に打つ。
m――あれは、ただの弱音。
n――うん。
n――弱音を言える相手を選んだってこと。
頭の奥が、じん、とする。
私は、選んだの?
無意識に?
n――僕もさ。
少し間。
n――今、けっこう辛いから。
その一文に、体が固まる。
n――ずっと平気なふりしてるけど。
n――ほんとは、いつ崩れてもおかしくない。
視界がまた滲む。
m――なんで言うの。
n――水沢さんが言ったから。
単純な理由。でも、重い。
n――ひとりで抱えてると、本当に壊れそうだから。
その言葉は、私の心臓の奥にまっすぐ落ちる。
同じだ。私たちは、同じ前提で立ってる。
周りは厳しい。
崩れたら終わる。
信じたら負け。
その世界の中で、ぎりぎり立ってる。
m――じゃあさ。
指が震える。
m――どうするの。
長い沈黙。
n――わからない。
正直。
n――たぶん、正解はない。
n――でも、少なくとも今は。
n――ひとりで崩れるより、誰かと崩れかけてるほうが、少しまし。
その言葉に、胸の奥が強く締めつけられる。
まし。救いじゃない。解決でもない。
でも、まし。
私は布団をぎゅっと握る。
0か1かじゃない。
勝ちか負けかでもない。
ただ、今この瞬間、完全にひとりじゃない。
...もう私は“0”ではないのかもしれない。
――誰かと崩れかけてるほうが、少しまし。
...樹。
m――ねえ、樹。
n――なに?
私も、一緒に崩れかける誰かが欲しい。
m――修了式の日、放課後、一緒に死なない?
