〜永瀬樹〜
信用している人は少ない。...正確に言えば一人。
「信用できる人」が一人しかいないんじゃない、「信用する人」が二人以上必要ないからだ。
誰かを信じる――それをするからわざわざ裏切られたときに失望する。優しく接してくれた担任。仲良くしてくれた生徒。でもそんな表面上の容姿は裏切らない根拠には全くならない。実際裏切られたんだから。そんなくだらないことで勝手に、自分の欲のままに、好きなだけ信用するから周りに踊らされる。
...なら誰も信じなければ良い、最初は僕もそう思った。でもそこまでニンゲンは優秀じゃなかった。ニンゲンはその“強さ”を持っていない。誰かを頼らないと勝手に崩れる精神を持つニンゲンに、「誰も信じない」なんてことは無理矢理にでもすることは初めからできなかった―――
m――0。
その一瞬、僕は呼吸することを忘れる。
...でも、なんとなくそんな気はしていた。
水沢さんは初めて会ったときから、誰に対しても明るく接していた。明るい、というより、丁寧だ。誰にでも同じ距離で、同じ温度で。それは優しさに見える。...皆その仮初めの優しさに浸って満足する。
僕は水沢さんに、自分に近いなにかがあるように思った。そして、その“優しさ”の正体を見つけた。それは優しさに見えるけれど、同時に、境界線でもある。踏み込ませない線。...誰も拒絶しない代わりに、誰も特別にしない線。
“0”。
画面に浮かぶその数字は、思っていたよりも静かだった。重いわけでも、刺さるわけでもなく、ただ事実みたいに置かれている。
僕はすぐに返信できなかった。
責めるつもりで聞いたわけじゃない。軽い雑談の延長。噂話の流れ。そのはずだった。
でも、あの一文字は、軽くない。
ベッドに座り直す。スマホを持つ手が、少しだけ冷たい。
“0”。
それは、僕が求めていた“強さ”だろうか。
それとも、全く別の場所の“諦め”だろうか。
水沢さんは、教室でよく笑う。誰かに話しかけられればちゃんと目を見て答えるし、困っている人がいれば自然に手を貸す。
でも――
誰かに寄りかかっているところを、僕は見たことがない。
頼っているところを、見たことがない。
あれは、自立なんだと思っていた。
でも、違うのかもしれない。
僕はゆっくりと打ち込む。
n――そっか。
短く。
近すぎない距離で、ただ寄り添うべきだと、
それ以上の言葉を敢えて見つけないべきだと、思った。
すぐに既読がつく。
たぶん、向こうも緊張している。
m――引いた?
その一文に、胸の奥がわずかに痛む。
引くわけがない。
引くわけがないよ。
僕は、少しだけ息を整えてから打つ。
n――引かないよ。
送信。
数秒。
m――ほんと?
疑うというより、確認するみたいな文字。
n――うん。
少し考えてから、続ける。
n――理由、聞いてもいい?
また、間が空く。
...今度は長い。
僕は天井を見上げる。
聞くべきじゃなかったかもしれない、と少しだけ思う。
でも、聞きたいと思ってしまった。
既読。
そして、
m――信用って、難しいから。
それだけ。シンプルで、曖昧で、でもきっと本音。
僕は画面を見つめる。難しい。
n――でも、0って言えるの、すごいと思う。
送ってから、少しだけ不安になる。
変なふうに取られないだろうか。
既読。
m――すごくないよ。
n――...僕はできなかったから。
それは本音だ。
m――樹は、ちゃんと信じれる人いるんでしょ。
その一文に、心臓が一拍遅れる。
一人いる。それは僕にとって大きな差だった。
n――いるよ。
正直に打つ。
m――...すごいね。
短い言葉。
ただの相槌なのか、それとも羨ましさなのか、判別がつかない。
彼女は、信じる人がいることが羨ましいのだろうか。
僕は少し迷ってから、続ける。
n――でも、いらないと思ってる。
m――どうして?
n――信じるせいで、自分が傷つくから。
少し、打ちすぎたかもしれない。
取り消したくなる衝動を、ぎりぎりで抑える。
やがて、
m――壊れる前提なんだ。
柔らかい文字。責めていない。ただ事実を指摘している。
n――...都合の良いことで自分を安心させたくない。
僕は正直に返す。
部屋は静かだ。
窓の外を走る車の音だけが、遠くで聞こえる。
n――それに――
m――誰も信じたくなくても、できないんだよね?
見透かされた。不思議と怖くはなく、安心感すらあった。
m――私は誰かを頼りたくても、頼れないから。
“0”と“1”。
何が違うのか、それが今わかった気がした。
水沢さんは自分の何かを犠牲にして、裏切られて傷つくことを克服した。
僕は自分が壊れることを恐れて、まだ“1”の弱みを持っている。
彼女の目にはどう見えているのか、僕にはまだ考える余裕がなかった。
信用している人は少ない。...正確に言えば一人。
「信用できる人」が一人しかいないんじゃない、「信用する人」が二人以上必要ないからだ。
誰かを信じる――それをするからわざわざ裏切られたときに失望する。優しく接してくれた担任。仲良くしてくれた生徒。でもそんな表面上の容姿は裏切らない根拠には全くならない。実際裏切られたんだから。そんなくだらないことで勝手に、自分の欲のままに、好きなだけ信用するから周りに踊らされる。
...なら誰も信じなければ良い、最初は僕もそう思った。でもそこまでニンゲンは優秀じゃなかった。ニンゲンはその“強さ”を持っていない。誰かを頼らないと勝手に崩れる精神を持つニンゲンに、「誰も信じない」なんてことは無理矢理にでもすることは初めからできなかった―――
m――0。
その一瞬、僕は呼吸することを忘れる。
...でも、なんとなくそんな気はしていた。
水沢さんは初めて会ったときから、誰に対しても明るく接していた。明るい、というより、丁寧だ。誰にでも同じ距離で、同じ温度で。それは優しさに見える。...皆その仮初めの優しさに浸って満足する。
僕は水沢さんに、自分に近いなにかがあるように思った。そして、その“優しさ”の正体を見つけた。それは優しさに見えるけれど、同時に、境界線でもある。踏み込ませない線。...誰も拒絶しない代わりに、誰も特別にしない線。
“0”。
画面に浮かぶその数字は、思っていたよりも静かだった。重いわけでも、刺さるわけでもなく、ただ事実みたいに置かれている。
僕はすぐに返信できなかった。
責めるつもりで聞いたわけじゃない。軽い雑談の延長。噂話の流れ。そのはずだった。
でも、あの一文字は、軽くない。
ベッドに座り直す。スマホを持つ手が、少しだけ冷たい。
“0”。
それは、僕が求めていた“強さ”だろうか。
それとも、全く別の場所の“諦め”だろうか。
水沢さんは、教室でよく笑う。誰かに話しかけられればちゃんと目を見て答えるし、困っている人がいれば自然に手を貸す。
でも――
誰かに寄りかかっているところを、僕は見たことがない。
頼っているところを、見たことがない。
あれは、自立なんだと思っていた。
でも、違うのかもしれない。
僕はゆっくりと打ち込む。
n――そっか。
短く。
近すぎない距離で、ただ寄り添うべきだと、
それ以上の言葉を敢えて見つけないべきだと、思った。
すぐに既読がつく。
たぶん、向こうも緊張している。
m――引いた?
その一文に、胸の奥がわずかに痛む。
引くわけがない。
引くわけがないよ。
僕は、少しだけ息を整えてから打つ。
n――引かないよ。
送信。
数秒。
m――ほんと?
疑うというより、確認するみたいな文字。
n――うん。
少し考えてから、続ける。
n――理由、聞いてもいい?
また、間が空く。
...今度は長い。
僕は天井を見上げる。
聞くべきじゃなかったかもしれない、と少しだけ思う。
でも、聞きたいと思ってしまった。
既読。
そして、
m――信用って、難しいから。
それだけ。シンプルで、曖昧で、でもきっと本音。
僕は画面を見つめる。難しい。
n――でも、0って言えるの、すごいと思う。
送ってから、少しだけ不安になる。
変なふうに取られないだろうか。
既読。
m――すごくないよ。
n――...僕はできなかったから。
それは本音だ。
m――樹は、ちゃんと信じれる人いるんでしょ。
その一文に、心臓が一拍遅れる。
一人いる。それは僕にとって大きな差だった。
n――いるよ。
正直に打つ。
m――...すごいね。
短い言葉。
ただの相槌なのか、それとも羨ましさなのか、判別がつかない。
彼女は、信じる人がいることが羨ましいのだろうか。
僕は少し迷ってから、続ける。
n――でも、いらないと思ってる。
m――どうして?
n――信じるせいで、自分が傷つくから。
少し、打ちすぎたかもしれない。
取り消したくなる衝動を、ぎりぎりで抑える。
やがて、
m――壊れる前提なんだ。
柔らかい文字。責めていない。ただ事実を指摘している。
n――...都合の良いことで自分を安心させたくない。
僕は正直に返す。
部屋は静かだ。
窓の外を走る車の音だけが、遠くで聞こえる。
n――それに――
m――誰も信じたくなくても、できないんだよね?
見透かされた。不思議と怖くはなく、安心感すらあった。
m――私は誰かを頼りたくても、頼れないから。
“0”と“1”。
何が違うのか、それが今わかった気がした。
水沢さんは自分の何かを犠牲にして、裏切られて傷つくことを克服した。
僕は自分が壊れることを恐れて、まだ“1”の弱みを持っている。
彼女の目にはどう見えているのか、僕にはまだ考える余裕がなかった。
