『Friends』 〜 一年間の黙示録 〜

〜新田陽翔〜


四時間目が終わって、教室が一気にうるさくなる。椅子を引く音とか、机を叩く音とか、誰かの笑い声とか。毎日同じなのに、毎回ちゃんと騒がしい。俺はペンを置いて、軽く伸びをした。次は数学。正直、頭が切り替わらない。ふと、腹減ったな、と思う。まだ昼休みじゃないのが惜しい。隣のクラスに用事があったのを思い出して、立ち上がる。ついでに少し廊下の空気を吸おう、くらいの軽い気持ち。

ドアを開けると、廊下はもう人でいっぱいだった。別クラスの連中がわらわら出てきていて、ちょっとした渋滞みたいになっている。その中に、見慣れた後ろ姿を見つけた。肩までの髪。落ち着いた立ち方。
立花結衣。
隣のクラスの前を通ったとき、ちょうど自販機の前で小銭を数えているところだった。
「結衣」
声をかけると、少し驚いた顔で振り向く。
「あ、新田くん」
名字で呼ばれるの、もう慣れた。
「何してんの?」
「飲み物買おうと思って」
「珍しくない?」
「そんなことないよ」
小さく笑う。結衣の笑い方は大きくないけど、ちゃんとあったかい。俺は隣の自販機にもたれた。
「どれにするか迷ってる感じ?」
「うん……甘いのにしようか、無糖にしようか」
「そこ悩む?」
「悩むよ」
わりと真剣な顔。俺は横からボタンを眺める。
「今日は甘いのでもいいんじゃね?」
「新田くんも甘いの飲むの?」
「今日はな」
そう言いながら、適当にボタンを押す。缶が落ちる音が響く。結衣も少し考えてから、同じ列の別のボタンを押した。

「...結局甘いんだ」
「そうかな」

二人で廊下の窓際に移動する。まだチャイムまでは少し時間がある。
「今日の英語、やばくなかった?」
俺が言うと、結衣がうなずく。
「長文、難しかったね」
「最後の設問、絶対ひっかけでしょ」
「わたし、あれ自信ないかも」
廊下を人が行き交う。隣のクラスのドアが開いたり閉まったりして、そのたびに声が漏れてくる。でも、結衣といるときは、少しだけ周りの音が遠くなる気がする。
「そういえばさ」
俺は缶を軽く振りながら言う。
「文化祭のとき、結衣ずっと忙しそうだったな」
「ああ、あれは……クラスの出し物の準備で」
「ちゃんと回ってるの見たよ」
「え、ほんと?」
「うん。普通に似合ってた」
さらっと言ったつもりだったけど、結衣は一瞬止まる。
「……ありがとう」
小さい声。でもちゃんと聞こえる。
「結衣ってさ」
「なに?」
「意外と堂々としてるよね」
「え?」
「なんか、もっと控えめなタイプかと思ってた」
「うん、控えめだよ、たぶん」
「いや、芯ある感じする」
自分でも、なんでそんなこと言ったのかはよくわからない。ただ、そう思った。結衣は少し困ったみたいに笑う。
「新田くんって、そうやって急に真面目なこと言うよね」
「そう?」
「うん。ちょっとびっくりする」
それなら、それでいいかもしれない。

チャイムが鳴る。
「戻ろっか」
「うん」
結衣は自分のクラスのドアの前で立ち止まる。
「またあとで」
「うん、あとで」
ドアが閉まる。廊下に少しだけ静けさが戻る。何の変哲もない休み時間。ただ自販機で飲み物を買って、少し話しただけ。それでも、なんか悪くない。俺は空き缶をゴミ箱に入れて、自分のクラスに戻る。

...そうだ、次は数学だった。