季節のはざまに虹を架ける

「ただいまー」

 言い終わるとほぼ同時に、廊下の先にあるリビングのわずかに開いた扉の隙間からひょっこりと小さな顔が覗いた。
 私はすかさず玄関扉を引いて鍵を閉め、靴も脱がずに廊下に膝を突いて体勢を整える。
 予想通り短い四つ足をめいっぱい動かして駆けて来たそれは、勢いそのままに私の懐目がけて飛びかかってきた。

「まあち! ただいまぁ!」

 白い毛玉、もといまあちを両手で優しく抱き止めて、その小さな顔に頬を擦り寄せる。柔らかい毛が鼻をくすぐると同時にほんのり愛しい香りが鼻腔を抜けた。
 先週末にしたシャンプーの香りが薄れてきて、まあちの匂いと混ざった絶妙なブレンド具合。家に帰ってきたことを実感する多幸感あふれる匂いが弱った心をじんわり満たしていく。
 そんな癒やしの源泉とも言えるまあちはポメラニアンの男の子。中学の入学祝いとして幼いころからずっと欲しかった犬をお願いしたところ、きちんとお世話することを条件に我が家にやってきた。
 くりくりでうるうるした大きな瞳も、さまざまな表情を見せてくれる小さな口も、そして顔が埋まるんじゃないかってほどにもっふもふの毛も。すべてがかわいくて、心の底から愛おしい存在。
 そんなかわいすぎるふわっふわの毛玉に吸い付いて、離れていた時間を埋めるように堪能していると、

「おっかえりぃ」

 とリビングの手前にある洗面所からお兄ちゃんがひょっこり顔を出した。

「え、なんでいるの?」
「は? 今からバイトですけど」

 見ると、お兄ちゃんは体を半分ほど廊下に出したまま、髪の毛を指先でつまむようにいじっている。この独特の動きはワックスを付けているときのものだ。短めのツーブロックスタイルで、どこにそんなに塗るところがあるんだと毎回思うけど、どうやらお兄ちゃん的に髪は身だしなみの中で一番のこだわりポイントらしい。
 そのせいでいつも十分ほどは洗面所を占領するから、支度の時間がかぶると本当に困る。何度言ったところで譲ってくれないから、最近はもう諦めてるけど。

「いや、だから、いつもあおいが帰って来るときにはもういないじゃん」
「おまえが帰ってくんの早いんだろが」
「あ、そっか」

 そういえば、そうだった。
 朝凪くんが帰ってすぐにあおいも学校を出たから、今日が特別早いんだった。
 学校から家までは徒歩とバス合わせて三十分弱。その間繰り返し思い出して、何度も落ち込んで、ほんのり苛立ちもして。入り乱れるさまざまな感情に翻弄されて消耗していたというのに、まあちのおかげで一瞬忘れていた。愛犬の癒やし効果、絶大すぎる。

「あ。そういえばー」

 いつのまにか洗面所に戻っていたお兄ちゃんが、玄関まで届くように声を張り上げた。

「風呂掃除、やっといてー」
「は?! なんで?! あおい、昨日やったじゃん! 今日はお兄ちゃんの番でしょ?!」
「オレ、もう時間ないんだって。明日やっから」
「そう言って、どうせ明日もあおいがやるんじゃん」
「だいじょぶ、だいじょぶ」
「やらん、絶対やらん。お兄ちゃんが帰って来る前に、お湯抜いとくから」
「はぁ?! オレ、湯船至上主義なんだけど?!」

 知らんわ。
 ぶつくさ言い続ける兄を放ってようやく靴を脱ぐと、足元で煌めいている毛玉を抱き上げてリビングへ向かう。
 まあちをソファにそっと下ろしたら、なによりもまず喉を潤したくて、ひとまずダイニングの椅子に背負っていた黒いリュックサックを置いた。下校中は放課後の出来事で頭がいっぱいで、水分補給なんてすっかり忘れていたから喉がカラカラだ。
 早足でキッチンに入って冷蔵庫から麦茶を取り出すと、続いて隣の食器棚にあるガラスのコップに手を伸ばす。振り返ってワークトップにコップを起き、お茶を注ごうとしたところで、不覚にもシンクに溜まった食器が視界に入ってしまった。
 「ふしゅぅぅぅぅぅ……」苛立ちに満ちた息が、ドライアイスの煙のように薄く開いた唇の隙間から漏れ出る。
 今日家にいたのは愛しのまあちと、大学生なのに暇を謳歌しているあいつだけ。注いだお茶で喉を潤し、コンッと音を立ててコップを置くと、いまだ洗面所で髪型にこだわっているであろう犯人に向かって「おさらーーーー!!」と叫んだ。

「……うるっせぇな」

 まもなく犯人がばつが悪そうにリビングに入ってきた。
 少年漫画で正統派主人公にちょっかいをかける通りすがりのモブキャラ——当然瞬殺である——な風体がお似合いな兄の髪は、遠目に見てもわかるほどカッチカチだ。本当にそれが完成形なのか、そもそもそんなに時間をかけてそれなのか。毎回訊きたくなるけど、毎回心底どうでもいいなと思い直して結局訊かない。

「支度したらやるつもりだったんだよ」
「忘れたふりしてバイト行くつもりだったんだろ」

 前科何犯あると思ってんだ。
 一度外出してしまえば誰かが、いや、あおいが洗うことをこの男はわかっている。仕事で疲れて帰宅する両親に洗わせるなんて非情なことはできないとわかっていて、素知らぬ顔で出ていくんだ。
 寝ている間にその自慢の髪の毛を丸刈りにしてやろうか、などと浮かんでくる恨み節は留まるところを知らない。逆襲が怖いので、なにひとつ実行できた試しがないけど。

「もうちょっとオレを丁重に扱えよ」
「扱ってほしかったら、それなりの姿勢見せろよ」
「はあ、オレはいつもこんなに謙虚だというのに……」

 大袈裟に肩を落としているところ悪いけど、そんな一面生まれてこの方見たことがない。「どの口が」と鼻で笑ったら胡散臭い泣き声を上げ始めて、いよいよ面倒くさい。
 態度と口の悪さはちゃんと自覚している。
 だけど、これは対お兄ちゃんに限ったことだからどうか許してほしい。
 共働き家庭というのもあって、食器の片付けやお風呂掃除はある程度の年齢になったころからやっている。
 最近はそれ以外の家事も率先して済ませることが多いけど、決して強制されたわけじゃなくて、仕事で忙しい両親を見て自分たちでやり始めたことだ。
 だからこそ、お兄ちゃんのこの態度は我慢ならない。
 あおいだってテスト前は免除してもらうこともあるから困ったときはお互い様だ。でも、お兄ちゃんが「代われ」と頼んでくる理由の九割が怠けである。しかも、やっていないことを指摘したら「今からやるつもりだった」と口ごたえしてくるなんて、そりゃあ悪態をつきたくもなる。

「おまえ、手洗いうがいしたのかよ」
「…………」

 ようやく洗い物を始めたかと思えば仕返しのごとく重箱の隅をつついてくるお兄ちゃんに、ソファに全身を委ねるあおいは無言で背を向けた。
 ひとたび柔らかな座面に沈んでしまえば体はもう動かない。腕の中ではまあちがぐっすり眠っているし、まあちの匂いがたっぷり染み付いた毛布やクッションもそばにあって、さらに座面の奥深くへと引きずり込んでくる。
 ということで聞いて聞かぬふりを貫いていたものの、

「てあらーい、うがーい、てあらーい、うがーい……」

 と応援団並みに腹から出た声がリビングに響き渡った。
 本当にうるさい。あまりの声量にたまらず耳を塞ぐ。
 食器を流す水音なんて容易にかき消してしまうほどなのに、まるでこれが日常茶飯事とでも言うようにピクリとも動かない愛犬の順応性が心底羨ましくなった。こっちは十年以上この兄の家族をやっていながら、毎度見事に食らっているというのに。

「てあらーい、うがーい、てあらーい、うがーい」

 さらに一段階上がった声量は、もはや手のひら越しでもはっきり伝わるほどになってしまった。
 ああ、面倒くさい。でも、この男は絶対に行動するまで言い続けてくる。しかも、これ以上動かなければ自作の「手洗いうがいソング」を作って踊りだす。全くおもしろくないのに本人的にはいい出来だと思っている、なおのこと厄介な代物だ。
 それをお見舞いされる前に、あえて「よっこいしょっ!!」と大きめの掛け声で立ち上がり、しぶしぶ洗面所へ向かった。
 お兄ちゃんと似ていると言われたことはほとんどない。自分でも思ったことはないし、そもそも似たいと思っていない。
 だけど今、ふと思ってしまった。己の怠惰を棚に上げるところは似ているのかもしれないと。当然認めたくないから気付かなかったことにして、ただちに頭の中から抹消しておく。
 自作のものから流行りの曲に変わった兄の歌声を不本意ながらBGMにして、さっさとうがいまで済ませてタオルで口元を拭っていると、ふいに鏡の中の自分と目が合った。
 いわゆるショートボブという丸みのある髪型は、美容師さんが伸びたときのことも考えて切ってくれているとはいえ、もさっとした印象が漂い始めている。
 週末の美容院まであと数日。
 ショートヘアは次の予約が少し遅れただけですぐに形が変わってしまうから本当に扱いが難しい。

「“流行ってる”、か……」

 そういえば、この前美容師さんがこんなことを言っていた。
 髪型は自己表現の一つだから、必ずしも流行が自分に馴染むわけじゃない。形にこだわらず心の声を聞くほうがしっくりくることもある、だったかな。

「でも、多様性はしっくりくるとかそういう話じゃないし……」

 美容師さんの言葉が間違っているとは思わない。
 実際、自分のことを「あおい」と名前で呼ぶのだって、幼いあおいが心の声を聞いた結果なのだ。
 それは、まだ「Xジェンダー」という言葉も知らない保育園生のときのこと。両親が言うには、突然「わたし」を使うのをずいぶん嫌がったらしい。だからといって兄を真似て「ぼく」を使いたがる様子もなくて、自発的に使い始めたのが「あおい」だった。
 理由なんてさすがに憶えていないけど、あおいのことだから「わたし」がしっくりこなくて、自分なりの最適解を模索したんじゃないかと思っている。
 お父さんもお母さんもお兄ちゃんも、周りの人はみんな私の選択を尊重してくれて、おかげで今でも一番しっくりくる呼び方として定着している。
 だけど、それは家の中だけの話。渾身の最適解も次第に外では使いづらくなっていった。
 大きな転換点となったのは、小学校高学年のときに同級生から「子どもっぽい」と笑われたことだった。どう発展したのかなんてもう忘れたけど、最終的に「マザコン」だの「ぶりっ子」だのと馬鹿にされたのだ。
 帰宅早々両親に泣きついたところ、年齢とともに人前で発表する機会も増えるだろうからと「私」を提案された。
 「私」は自分のことを指す広く一般的に使われている一人称。性別にかかわらず適用できるので、お父さんも会社では自身をそう呼んでいる。渋るあおいに両親はそう教えてくれた。
 それでも、やっぱり最初は抵抗があった。
 それが少しずつ自分の呼称として馴染んでいったのは、性別や年齢にかかわらず多くの先生が「私」を使っていることに気付いてからだ。
 高校生にもなれば切り替えも簡単にできる。
 玄関を境界線としてほぼ無意識的に行われるからコツとかはないけど、家から一歩でも出れば頭の中の一人称も「私」になるから、外で言い間違えたことは一度もない。
 落ち着く家の香りなのか気持ちの引き締まる外の匂いなのか、あまりにも動物的だと自分でも思うけど、多分そういう空気の変化をスイッチにしているんだと思う。
 
「っしゃ。行ってくっか」

 食器を片付けて、シンクのそばで立ったままスマホをいじっていたお兄ちゃんが、ようやくリビングを後にした。出て行く前に、駆け寄ってきたまあちを撫で回すことも忘れずに。
 すでにソファに戻っていたあおいは、だらけきった体勢を一ミリも変えることなく「いってらー」と声をかける。玄関扉が閉まる直前、「風呂洗えよー」と念押しされた。
 自分で洗え。当番はあんただろ。
 頭を下げるとか誠実な態度を見せてくれればいいのに。はじめから今日の当番はあおいでしたと言わんばかりの言い草をされると、かえって聞き入れたくなくなる。
 でも、ここでやらなければお父さんとお母さんまで湯船抜きになってしまう。お兄ちゃんは心底どうでもいいけど、あおいの個人的な反抗心で両親にまで迷惑をかけたくない。

「やるかー」

 いよいよ動けなくなる前に体を起こし、さっきぶりの洗面所に足を踏み入れると浴室の扉を押し開いた。
 汚れをこすらず落とせる優秀な洗剤を浴槽にかけて、放置している間に洗面器や椅子を軽くスポンジで擦る。シャンプーやリンスのボトルの底も洗ったら、全体をシャワーで流して絶対に忘れてはいけない浴槽の栓をしっかり閉めた。
 久しぶりに性的マイノリティについて話したせいで、ノスタルジーにでもなっているのかもしれない。ほぼ無心でこなす作業の傍ら、走馬灯のように幼少期の兄との思い出が蘇ってくる。
 信じられないと思うけど、お兄ちゃんはああ見えて面倒見がいい。
 共働きの両親に代わって食事や着替えを手伝ってくれたり、寝る前に絵本を読んでくれたり、なにかと世話を焼いてくれた記憶がある。
 まあまあお転婆に、そしてほんのちょっとだけ口悪めに育ったのは、間違いなくお兄ちゃんが友達との遊びに混ぜてくれたおかげだ。類は友を呼ぶとでも言うべきか、なかなかやんちゃな彼らにしごかれたことで、あおいのメンタルは比較的強く育ちました。感謝してるよ、お兄ちゃん。
 そんなお兄ちゃんは誠に不本意ながら、性別がよくわからなかったあおいを最初にそのまま受け止めてくれた歳の近い人でもある。
 今でこそ小競り合いに全力投球しているけど、兄はただの一度もあおいの名前呼びをからかったことはない。あおいがいわゆる「男の子っぽい」ものを選んだとしても、「交換しても使えるじゃん」と肯定してくれた。
 もっとも印象的だったのが、高校に上がった兄の学ランを着てみたいと言ったら、ためらいなくジャケットからズボンまで一式渡してくれたこと。
 これまで何度も兄の服をねだったことはあったけど、その中でも学ランは性別の概念が顕著なものだと思う。
 それをあっさり差し出してくれるのは、兄が性別フィルターを通さずにあおいを見てくれている証拠だ。実際、袖を通してみるとサイズは大きかったし、若干汗臭かったから、返すときにそう伝えたら喧嘩になったけど。
 だから、多分、認めざるを得ない。
 性別が定まらないことで卑屈になったり自分を見失ったりすることなく生きてこられたのは、お兄ちゃんの存在が大きいということを。ものすっごく癪だから、絶対口に出してなんかやらないけどな。