季節のはざまに虹を架ける

 いつも通り落ち着き払った口調なのに、これまでで一番生々しく響いた声色によって、朝凪くんの胸の内に少しだけ届いた感触を私は確かに手にした。
 これがもし私がずっと望んでいた相応の関係が築けてきたということなんだとしたら、こんなに嬉しいことはない。

「おれは理解ってまだ外側にいる状態だと思うんだよね」
「外側?」
「うん。たとえばXジェンダーだったら、その定義を正しく知っている状態っていうのかな」

 いつだったか食堂で話した女子生徒の顔が浮かぶ。
 あのときの彼女は私の説明によってXジェンダーに対する思い込みを払拭し、さらにはXジェンダーにもさまざまな人がいることを知ってくれた。

「あくまでおれの考えとして聞いてほしいんだけど——……」

 前置きをして、いつになく慎重に朝凪くんが言葉を進める。

「経験してない以上、当事者じゃない。第三者の域を出ないまま、それでも相手の事情を知ろうとすると、そこにはどうしても推察が挟まれる。そうして生じた思いやりが“配慮”という目に見える形で相手に伝わる。これは本来、他者を思うプロセスとして当然だよね」
「うん……?」
「ごめん、堅苦しいよね。妹にもよく注意されるんだけど……そうだな、例えば——」
「待って! じわじわ来た」
「じわじわ?」
「うん。……怪我した人を見て『痛そう』『大変そう』だと思って、『自分にはなにができるか』って考えて、手を差し伸べる……的なことを、説明文にした感じ?」
「ふっ、説明文って。……でも、そうだね。ありがとう」

 素直に感謝されて、なんだか照れくさい。

「だけど、配慮の必要性が集団や社会全体に浸透しすぎると、なんていうか……おれには空っぽに見える」
「それは、集団や社会が?」
「ううん、配慮が」
「ほお」
「“形骸化した配慮”とでも言えばいいかな」
「けいが……?」

 なんか聞いたことはある。

「どうして配慮が必要なのか、なにに配慮が必要なのか。そういった個人による推察の過程が省略されてしまうような気がするんだ」
「ほう……?」
「ふっ、鳴上さんがピンと来てないのはよくわかったよ」
「待って。調べるから」

 スカートのポケットからスマホを取り出して「形骸化」の意味を検索する。

「……ああ! 中身がなくなって形だけが残っちゃうってやつだ。だから極端な話、部活の先輩に挨拶するのは決まりだからで、尊敬の気持ちがなくてもやってるよー、みたいな?」
「合ってるよ」
「つー……まり、本当は毎回なにが必要か考えるべきなのに、『脚を骨折してる人は歩くのが大変だから支えてあげましょう』って、どこかで耳にした配慮を脚を骨折した人全員に使っちゃう……ってことか。実は、歩くよりも立ち上がるのが大変な人もいるかもしれないのに……あ! 本来、配慮はオーダーメイドだよねってこと?!」
「はは、『配慮はオーダーメイド』っていい表現」

 先生に褒められたときのような優越感に鼻高々である。
 だけど、ここで一つ疑問が浮かんだ。

「偽善とはちがうの?」
「偽善は打算的だと自覚してる分、潔いよ。よほど上手くやらない限り、下心が透けて見える人も多いしね。その点、形骸化した配慮を使う人たちは、純粋な善意で行動してるから厄介かな」
「厄介?」
「自分はいいことをしてるって信じて疑ってないから、相手が不要だと思ってても気付けない。それこそ鳴上さんがXジェンダーだからといって、学校がスラックスの着用しか認めなかったら、今の恰好にはなってないよね。スラックスが性的マイノリティに対する配慮だと学校は信じてるから、鳴上さんがどれだけスカートを希望したところで、ただのわがままとしか捉えてもらえないかもしれない」
「なるほど」
「流行りなんて言ったけど、本当は多様性のすべてを否定するつもりはないんだ。多様性のおかげで物事を柔軟に捉えられる人は増えたと思うし、配慮できる人だって増えたのかもしれない。だけど——」

 あえてそこに間を置いたのだとすぐにわかった。朝凪くんがまたゾッとするほど美しい笑みを浮かべたのだ。

「その中の何人が“本物”なんだろうね」