乾いた空気の残る五月のある週末。
私はひとり行きつけの古本屋に来ていた。
あれから心春には帰宅後に改めて謝罪のメッセージを送り、翌日の学校でも直接頭を下げて心春は一切悪くないことを念押しした。
本当ならあんな態度を取ってしまった理由をきちんと伝えるべきだけど、私自身どうしてあれほどささくれ立っていたのか整理できていない。
良くない感情を抱いてしまったことは確かなのに、具体的にそれがどういったものなのか、はたまたなにに対して抱いたものなのか、一晩中頭を悩ませてたところで答えは得られなかった。
うやむやにはしたくなかったから言葉には気を付けつつもそのまま伝えると、心春は「わたしも自分の意見押し付けすぎちゃったから」と謝り返してくれて、この話はひとまずお終いとなった。
「はあ……」
落胆のため息とともにお店を後にする。
バイトを禁じられた漫画好きの高校生にとって、漫画アプリと古本屋は頼みの綱。
だけど今日はお目当ての作品が一冊も見つからなかった。
新しい物語をインプットする心づもりで来たから、手ぶらで帰るこの状況にいまいち納得がいかない。
家に着いたらまあちとまったりして、それから夕方のお散歩に行こう。強引に切り替えながらもと来た道を戻り、駅の改札口が見えてきたところで私は足を止めた。
「あれ?」
改札口を出てすぐのところにある商業ビルの入口付近で見知った顔を見つけたのだ。
「……香住くん、だよね?」
いつもの仕事着とはちがってチェックシャツにベージュのニットを重ね、濃い色のデニムを穿いているけど、長めの襟足を後ろでまとめているところと伏し目がちなところは、私が普段やまべ動物病院で見かける彼の姿と一致する。
気になるのが、彼を囲うように立つ同年代の男の子二人。一見すると友達と遊びに来ているようだけど、香住くんの表情がどうにも気を許した相手に対するものとは思えない。それこそ天気以外取り立てて話すこともない私に向けるもののような。なんて、自分で例えて悲しくなる。
なんだか離れるに離れられなくて、しばらく様子を伺っていると、先に感じた私の違和感を確信に変える光景が繰り広げられた。
一斉に笑顔を浮かべた三人。自然な二人と違って、香住くんの表情は明らかに硬い。
私の勘違いかもしれない。でも——
居ても立っても居られなくなり、足早に彼らのもとへ向かった私は
「あれ、香住くん? 偶然だね」
なんとも白々しい声でそう言った。
名指しされた張本人は目を丸くしているのに対して、二人はどこか決まりが悪そうだ。
これは声をかけて正解だったのかもしれない。その証拠に二人はろくに挨拶もせず逃げるように立ち去った。
「……」
「……」
そんな彼らが残した沈黙という名の置き土産。
さまざまな人工音が飛び交う駅の中、お互いが次に取るべき行動の最適解を探っている状態がしばらく続く。
「……二日ぶり、かな」
まあちはおらず、天気の話をするのも微妙なピロティ空間にいる今、私が捻り出した答えはこれだった。
それを聞いた途端、黒いメッセンジャーバッグのショルダーストラップを握っていた香住くんの手に力が込められる。私より頭一つ分は背丈があるはずなのに、つむじが見えるほど深く俯いているから表情まではわからない。
そりゃあそうだ。咄嗟に声をかけたものの、相手が私に替わったところで、香住くんの居心地の悪さが変わるわけではない。
その証拠に香住くんはとてもぎこちない会釈をすると、そのまま踵を返してしまった。
「あっ! 待って!」
咄嗟に呼び止めた私の声にはっきりと全身を強張らせた彼は、けども無視することはなく立ち止まってくれる。
とてもとても小さく見える香住くんの背中。
そこに向かって私は頭を下げた。
「さっきの、余計なお世話だったらごめんなさい」
近くを行き来する人たちからの好奇の眼差しに耐えきれず、ほんの数秒で体勢を戻したけど、休日の賑わいの中で誰よりも私をじっと見ていたのは香住くんだった。
半身で振り返って、信じられないとでも言いたげな表情を浮かべている。
呆然としていたようで私が顔を上げていたことに遅れて気付くと、気まずそうに目をそらされてしまったけど。
でも、私は気付いた。
普段はまあちを撫でるために屈んでくれているから見えない、香住くんの喉元。それがかすかに動いている。
もしかしたら——
「よかったら少しだけ話さない?」
私はひとり行きつけの古本屋に来ていた。
あれから心春には帰宅後に改めて謝罪のメッセージを送り、翌日の学校でも直接頭を下げて心春は一切悪くないことを念押しした。
本当ならあんな態度を取ってしまった理由をきちんと伝えるべきだけど、私自身どうしてあれほどささくれ立っていたのか整理できていない。
良くない感情を抱いてしまったことは確かなのに、具体的にそれがどういったものなのか、はたまたなにに対して抱いたものなのか、一晩中頭を悩ませてたところで答えは得られなかった。
うやむやにはしたくなかったから言葉には気を付けつつもそのまま伝えると、心春は「わたしも自分の意見押し付けすぎちゃったから」と謝り返してくれて、この話はひとまずお終いとなった。
「はあ……」
落胆のため息とともにお店を後にする。
バイトを禁じられた漫画好きの高校生にとって、漫画アプリと古本屋は頼みの綱。
だけど今日はお目当ての作品が一冊も見つからなかった。
新しい物語をインプットする心づもりで来たから、手ぶらで帰るこの状況にいまいち納得がいかない。
家に着いたらまあちとまったりして、それから夕方のお散歩に行こう。強引に切り替えながらもと来た道を戻り、駅の改札口が見えてきたところで私は足を止めた。
「あれ?」
改札口を出てすぐのところにある商業ビルの入口付近で見知った顔を見つけたのだ。
「……香住くん、だよね?」
いつもの仕事着とはちがってチェックシャツにベージュのニットを重ね、濃い色のデニムを穿いているけど、長めの襟足を後ろでまとめているところと伏し目がちなところは、私が普段やまべ動物病院で見かける彼の姿と一致する。
気になるのが、彼を囲うように立つ同年代の男の子二人。一見すると友達と遊びに来ているようだけど、香住くんの表情がどうにも気を許した相手に対するものとは思えない。それこそ天気以外取り立てて話すこともない私に向けるもののような。なんて、自分で例えて悲しくなる。
なんだか離れるに離れられなくて、しばらく様子を伺っていると、先に感じた私の違和感を確信に変える光景が繰り広げられた。
一斉に笑顔を浮かべた三人。自然な二人と違って、香住くんの表情は明らかに硬い。
私の勘違いかもしれない。でも——
居ても立っても居られなくなり、足早に彼らのもとへ向かった私は
「あれ、香住くん? 偶然だね」
なんとも白々しい声でそう言った。
名指しされた張本人は目を丸くしているのに対して、二人はどこか決まりが悪そうだ。
これは声をかけて正解だったのかもしれない。その証拠に二人はろくに挨拶もせず逃げるように立ち去った。
「……」
「……」
そんな彼らが残した沈黙という名の置き土産。
さまざまな人工音が飛び交う駅の中、お互いが次に取るべき行動の最適解を探っている状態がしばらく続く。
「……二日ぶり、かな」
まあちはおらず、天気の話をするのも微妙なピロティ空間にいる今、私が捻り出した答えはこれだった。
それを聞いた途端、黒いメッセンジャーバッグのショルダーストラップを握っていた香住くんの手に力が込められる。私より頭一つ分は背丈があるはずなのに、つむじが見えるほど深く俯いているから表情まではわからない。
そりゃあそうだ。咄嗟に声をかけたものの、相手が私に替わったところで、香住くんの居心地の悪さが変わるわけではない。
その証拠に香住くんはとてもぎこちない会釈をすると、そのまま踵を返してしまった。
「あっ! 待って!」
咄嗟に呼び止めた私の声にはっきりと全身を強張らせた彼は、けども無視することはなく立ち止まってくれる。
とてもとても小さく見える香住くんの背中。
そこに向かって私は頭を下げた。
「さっきの、余計なお世話だったらごめんなさい」
近くを行き来する人たちからの好奇の眼差しに耐えきれず、ほんの数秒で体勢を戻したけど、休日の賑わいの中で誰よりも私をじっと見ていたのは香住くんだった。
半身で振り返って、信じられないとでも言いたげな表情を浮かべている。
呆然としていたようで私が顔を上げていたことに遅れて気付くと、気まずそうに目をそらされてしまったけど。
でも、私は気付いた。
普段はまあちを撫でるために屈んでくれているから見えない、香住くんの喉元。それがかすかに動いている。
もしかしたら——
「よかったら少しだけ話さない?」
