季節のはざまに虹を架ける

「付き合ってくれてほんとにありがと!」
「いえいえ。こちらこそ、アイスごちそうさまです」

 お店を出た私たちはいくつか雑貨屋さんを覗いてから、心春の提案でフードコートにあるアイスクリーム屋さんに立ち寄った。
 気にしなくていいと言ったのに、待たせたお礼をしてくれるつもりだったらしい。しかも、カップに盛るフレーバーを三種類も選ばせてもらえる大盤振る舞いだ。

「服も手に入れたし、あとはメイクの練習だけだね」
「うん! でも、服でお金使っちゃったから、プチプラで上手くやりたいなって思ってる」

 あれから他の商品もいくつか試して、最終的に選ばれたのはオフショルダーだった。メイクは当日までに練習すれば問題ないとして、彼氏さんを最優先に考えて下した決断だ。
 残念なことにデニムまで買うと大幅な予算オーバーになってしまうらしい。手持ちのもので賄えると呟きながら、泣く泣く棚に戻す心春の背中をさすることしか私にはできなかった。

「あーあ、バイトできたらなぁ。お小遣いだけじゃ足りないよ……」

 練乳いちごフレーバーを一口含みながら心春が肩を落とした。

「『勉強と部活をがんばりましょう!』の学校だからね、うち」

 チョコチップ入りのバニラアイスを飲み込んでから私が言う。

「今どきそんな理念の学校ある?! バイトだっていい経験になるよね?!」
「それは同感」
「もー!! プレゼントも渡したいし、でも、デートも大事だし……お金が足りなーい!」
「一年記念日はどうしたの?」
「同じような感じだよ? デートもプレゼントもお小遣いとお年玉の範囲内。物足りなかったから、サプライズで手紙も渡したけど」
「手紙か……。今年も?」
「うん、もう書き終えてる。あとは当日までスキンケアがんばるの!!」
「おおぉぉぉ……!」

 スプーンを口に残して、意気込む心春に盛大な拍手を送る。
 彼氏のためにひたむきに努力する彼女はとても眩しい。

「しかもね——……」

 心春がそっと耳打ちするように顔を近づけてきた。
 盛り上がりすぎて、近くのテーブルに座る他のお客さんから注目を浴びてしまったのだ。

「この前言ってた不審者。本当に心配だからって、自分が送れないときは電話しよって言ってくれたの! 大事にされてる感やばくて、めっちゃときめいちゃった!!」
「……紳士だなー! 心春、そういうの好きって言ってたもんね」
「えへへ。だから、記念日がんばるんだ……って、ごめん! またわたし、自分の話ばっかり……」

 心春が惚気たいタイプなのは早い段階でわかっていた。移動教室で偶然同じ班になり、彼女の誘いでお昼ごはんを一緒に食べたときには、すでに彼氏のことが話題に上っていたからだ。
 心春自身もその傾向があることは自覚しているようで、たびたび我に返っては申し訳なさそうな顔をするけど、惚気話は私の養分である。
 人の幸せな話はどれだけ聞いても満腹にならないし、常日頃から漫画で摂取しているぐらい大好物なので、ぜひとも遠慮なく与えてほしい。

「……そんなに気にしなくていいって。前も言ったけど、楽しんで聞いてるから」

 だからこれは紛れもなく私の本心だというのに、今日は少しばかり虫の居所が悪いのかもしれない。心春の話に耳を傾けていると時折り心に影が差す感覚に苛まれて、養分として正しく取り込むことができてないのだ。
 しかも、お昼ごはんのときから薄っすらと感じてたそれは時間とともに色濃くなっている。気のせいであってほしいけど。

「あおいちゃんは記念日なにするつもりなの?」
「うーん……」

 考えている素振りを見せながら、不穏な気配から無理やり目を逸らした。

「まだ先だし、なにも考えてないなー」
「えー?! 先って七月でしょ?! こういうのは早いに越したことないって! 意外と準備に時間かかるし、気付けば『当日まであと一週間?!』ってなるよ?!」
「それ、経験者は語るってやつ?」
「そうですけど?! だから今年は前もって準備してるの!」
「あははははっ……!」
「もー、笑いすぎ! これ、真剣なアドバイスだよ?!」

 めいっぱい怒ってみせる心春があまりにもかわいくて、私はまた笑い声を上げた。
 知り合って数週間。
 こうして気安いやり取りができる程度には、心春との距離は縮まってきたと思う。
 見た目や話し方から感じる可憐な印象とは裏腹に、意外と慎重で発する言葉にはちゃんと芯がある。だからきっと彼女がこうして助言してくれるのも、なにかしらの意図があってのことなのだろう。

「ちなみに手紙が一番時間かかるんだからね? あおいちゃんも書くつもりなら、早めに準備したほうがいいよ!」
「へえ、デートの計画とか、プレゼント選びとかじゃないんだ?」
「ね、意外な落とし穴だったの。書きたいことが多すぎてまとまらないし、いざ書いたら誤字りまくるし。スマホで下書きするの、めちゃくちゃ大事だって学んだ」
「そっか……手紙って下書きいるんだ」
「そうだよぉ、修正しまくりの手紙なんて嫌じゃない? でも、気持ちは伝わるからおすすめ。もし盛大にお祝いしたくないならなおさら。……そうだ! よかったら、ちょっと今書いてみない? メモアプリですぐに下書きできるから!」

 もしかすると涼介を知っているというのもあって、心春はこうして私たちのことを気にかけてくれるのかもしれない。
 知り合いだと発覚したときに聞いた彼女の中の涼介の印象は、高校生の彼しか知らない私のものと大差なく、さらに言えば成長した分だけ磨きがかかった今の涼介に感心すら見せていた。
 心春の目に映る私はそんな特級彼氏の恋人として、申し分ない付き合い方ができていないのかもしれない。なんて、柄にもなく心がざわめいた。

「でも、なに書こう……」
「素直な気持ちが一番だよ! 普段は口にできないちょっと照れくさい気持ちを伝えるにはもってこいだし。わたしは去年、なにを思ったか出会いから振り返っちゃったから、めちゃくちゃ長文になったけど」
「そういえば私、心春の馴れ初め知らないな」
「あれ? あおいちゃんと文野くんの話聞いたときに、わたしのも言わなかったっけ?」
「時間切れで聞けなかったような……?」
「あー、そうだった! ……って言っても、普通だよ?」

 言いながら、心春は少し照れくさそうに口元で指先をそっと合わせる。

「中二で同じクラスになって、仲良くなって、それでって感じ」
「告白したの?」
「ううん。でも、わたしが言わせたようなもの。ずっと友達だと思ってたんだけど、女の子と二人でいるところ見て嫉妬してる自分に気付いて。それからはDMとかでちょっとずつ匂わせてたから」
「策士か」
「ねー、言わないでー!」

 恥ずかしそうに、それでいてとても幸せそうな小春の姿は、きっと恋する女の子のお手本なのだと思う。
 彼女の周りには他にもたくさん男の子がいるはずなのに、きらめきを詰め込んだ瞳には彼らを映す(すき)など残っていないような、そんな一途な想いが瑞々しさを保ったまま私にまでまっすぐぶつかってくる。 

「……って、私の話はもう十分だよ! ほら、スマホ出して、あおいちゃん!」

 わかっている。心春の行動はすべて善意によるものだって。
 最初と比べてずいぶん積極的になったも、私を友達として受け入れてくれている証拠。
 こうして気を回してくれているのも、私が初めてのお付き合いだと知っていて、時間の取れない涼介とのほどよい距離感について相談したことがあったから。
 そのときに『先輩としていろいろ教えてほしい』と言ったのも私で、『もちろん!』と二つ返事で了承してくれた心春にすべてを託していいんじゃないかとすら思ったのも私。
 心春の言動はなに一つ身勝手なんかじゃない。すべて私の発言に基づいたもの。だから、こんな気持ちはおかしい。なのに——

「あおいちゃん? どうしたの?」
 
 押し黙った私の顔を覗き込むように心春が首を傾げる。
 試着のときにでも乱れたのか、髪の流れに逆らうように跳ねた一束の髪が反動で揺れた。

「あおいちゃん?」
「……ごめん」

 伸ばしかけた心春の手が視界の隅でピタッと止まる。
 行き場をなくしたようにそこにとどめたまま、「あ、おいちゃん……?」と尋ねるその声はわずかに震えていた。
 私のせいだ。たった三文字の謝罪の言葉に、私はとてつもなく容赦のない気持ちを込めてしまった。お兄ちゃんや不覚にも朝凪くんに向けたものとはまるでちがう棘を持った響きで、友達だと思っている相手を威圧してしまった。
 心春はなにも悪くない。なにも悪くない、はずなのに——

「わたし、なにか気に障るようなことしちゃった……?」 

 気遣わしげな問いかけを、すぐにでも否定するべきなのに——

「ごめん。……手紙は、一人で書きたいかなーって……!」
 
 ぎこちない笑顔と大げさな抑揚のついた声を張り付けるだけで精一杯だった。

「あっ、うん。そうだよね! ……わたしったらお節介だったな。ごめんね……」
「そんなことない。一人のほうが、集中できるだけだから……」

 決して口から出任せなんかじゃないのに、なにを言っても今の私の耳にはそう聞こえてしまう。
 心春と過ごす時間を楽しみたい気持ちと彼女の言葉に耳を塞ぎたくなる気持ち、そしてそれらが共存していることを後ろめたく思う気持ち。どれだけ混ぜてもきれいな色にならないパレットの上の絵の具のようなぐちゃぐちゃな感情がひどく煩わしい。

「そっか……。もし、困ったことがあったらいつでも言ってね……?」
「うん……」
「…………」
「…………」
「…………………………今日は、帰ろっか」
「…………そうだね」