祭壇を囲む結界の中で、長老衆と鷹司家の面々は次々と吐血し、床に這いつくばっていた。
朔夜から極秘の任務を受けたセンが、密かに混ぜ込んでいた細工により、彼らの誇る霊力は、反対に呪具へと強制的に吸い上げられていく。
「ええい、うろたえるな! 結界を破壊し、あの裏切り者の女を殺せ!」
鷹司家の当主が血を吐きながら叫ぶと、辛うじて力を残していた数名の精鋭たちが、一斉に武器を構えてセンと志野へと襲いかかった。
だが、その凶刃が届くよりも早く。
二つの影が、猛禽のようにその前に立ち塞がった。
「退け、鳴神の犬ども! 貴様らのような『忌み子』の出来損ないに止められる我らではないわ!」
精鋭の一人が、右近と左近の顔を見て嘲笑する。
かつて双子という理由だけで七仙家がひとつ天桐家から捨てられた彼らを、心の底から見下す視線。
しかし、右近と左近は顔を見合わせると、ひどく楽しげに、そして冷酷に嗤った。
「……出来損ない? ああ、そういえばアンタらは、俺たちを一つずつに切り離して『半分以下』って評価したんだったな」
「七仙家の皆様は、本当に計算ができないらしい。二つが一つになった時、その力がどう跳ね上がるか……その身で教えてさしあげますよ」
左近が指を鳴らす。
瞬間、祭壇の空気が爆発的に膨張し、目に見えない無数の『烈風の刃』が精鋭たちを包み込んだ。
カマイタチが彼らの装束を切り裂き、悲鳴を上げる間もなくその動きを完全に封じ込める。
そこへ、右近が刀の柄をパチンと弾いた。
刀身から迸ったのは、眩い『蒼き迅雷』。
左近の烈風と絡み合い、相乗効果によって凄まじい雷気嵐へと変貌を遂げる。
「ギャアアアアッ!」
風と雷の檻の中で、長老衆の影たちは為す術もなく蹂躙され、黒焦げとなって崩れ落ちた。
『忌み子』と捨てられた双子が、異能の至高を自称する者たちを、ただの一撃で超えてみせた瞬間だった。
「ひ、ひぃぃ……っ!」
その光景に、長老衆は完全に戦意を喪失し、鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃにして後ずさる。
真の恐怖は此処からであるというのに。
祭壇の中央にぬらり、と影が舞い降りた。
呪具から溢れ出した膨大な霊力を取り込んだ朔夜の背中から、バキバキと骨が軋むような音を立てて、四つの艶やかな『漆黒の翼羽』が顕現したのだ。
鵺の残滓が実体化した、純粋な暴力と狂気の象徴。
空間そのものが歪むほどの神威を前に、長老衆はもはや息をすることすら忘れ、平伏した。
異能がなければ、彼らはどこまでも無力で矮小な存在だった。
「ほう『鵺降ろしの神事』だと?」
口を弧の形につり上げ、朔夜は静かに言う。
声は、夜風のようにひどく穏やか。
しかしながら、殺意を隠さぬ音を持って、空間に反響した。
「く、笑わせるな、老害ども。俺から鵺を引き剥がし、不格好な器へとすげ替えるだと? 否、それ以上に万死に値するのは、俺のただ一人の妻を、手前勝手な理由で『便利な道具』として消費しようとしたことだな」
じり、と一歩、朔夜が祭壇を進む。
ただそれだけで、背の漆黒の翼から零れ落ちる粒子が床をチリチリと焦がし、這いつくばる長老たちが悲鳴すら上げられずに痙攣した。
「貴様らが……血の純潔だの、至高の異能だのと崇め奉ってきたものの正体がこれだ。どうした? 喉から手が出るほど欲しかった力だろう。なぜ顔を上げない。なぜ震えている」
朔夜は、失禁して伏している鷹司の当主の頭を、革靴の爪先で無造作に、だが容赦のない重圧で踏みつけた。
メキ、と頭蓋の軋む音が響く。
「答えろ。七仙家の威信とやらはどうした? 異能という虚飾を剥ぎ取られれば、貴様らなど路地裏の鼠以下の、ただの醜く老いぼれた肉の塊に過ぎない」
朔夜の瞳に、人間としての光はない。
あるのは、己の半身を穢そうとした羽虫どもへの、純粋で残酷な意思だけだ。
「身の程を知れよ。俺の妻を愚弄した罪、その魂ごと轟雷に灼き尽くして贖わせてやる」
誰もが、焼き尽くされると思った、その時。
「――朔夜様」
鈴を転がすような、かそけき柔らかな声が響いた。



