帝都鵺恋綺譚――軛の花嫁

 鳴神邸の喧騒とは隔絶された、帝都の地下深くに広がる巨大な祭壇。
 そこには、七仙家の筆頭にして最凶を誇る鳴神の長老衆――純血に寄る血統を謳い続けてきた――が居並んでいた。
 彼らの前には次点である鷹司家の当主が、帝都の闇を支配する者として傲慢に座している。

 その重苦しい沈黙を、悲鳴に近い怒声が叩き割った。

「ふざけないでちょうだいッ!! 話が違うじゃないのッ!!」

 バンッ!と乱暴に襖が開き、転がり込むように現れたのは雅だった。
 常に艶やかな笑みを浮かべ、自身を飾っていた彼女の面影は、見る影もない。
 豪奢な服はカマイタチに切り裂かれてボロボロになり、顔には煤と血の汚れがこびりついている。

「あの双子の出来損ない……かつてアンタたちが『忌み子』と捨てた天桐の双狗(あまぎりのそうく)どもが、私の九尾の幻術を力任せに引き裂いたのよ! お父様、どういうこと!? 朔夜は完全に正気を失っている! 志野という小娘を人質に取れば、容易く操れると言ったのはどこのどいつよ!!」

 ヒステリックに喚き散らす雅を、鷹司当代当主は、壊れた道具を見るような目で見下ろした。 

「……見苦しいぞ。己の力量不足を棚に上げ、七仙家筆頭たる鳴神の座所で喚き散らすとは、なんという醜態」

「なっ……!」

「そもそも、あの志野という娘が持つ『異質な特異性』……暴走を鎮めるその性質は、朔夜を我々の完全な支配下に置くための極上の手駒になるはずだったのだがな。消費するはずだった娘に絆され、最凶たる鵺の力を暴走させるとは。やはりアレは鳴神の絶対的な器として既に穢れきっておる」

 鳴神の長老が忌々しげに吐き捨てると、傍らに座する鷹司の当主が、嫌悪の表情を浮かべ同調する。

「帝都最強であるべき鳴神の当主が、あのような娘にたぶらかされては七仙家全体の威信に関わります。長老衆殿、もはや荒療治が必要では?」

「うむ、仰る通りだ、鷹司殿。朔夜が鵺を制御する使い勝手の良い器に戻らぬというのなら、もはや奴自身は不要。これより直ちに『鵺降ろしの神事』を執り行う」

 当人の与り知らぬところで、無慈悲な決定が下される。

「朔夜の身から異能を強制的に引き剥がし、我々が用意した新たな『純血の器』へ移植しようぞ」

 その傲慢な宣言が響く中、祭壇の中央で黙々と術式の陣を描いていた影が、静かに立ち上がった。
 長老衆の忠実な目であり、手足である間者――センだ。
 彼女は無表情なまま、床に敷き詰められた巨大な呪具の陣に、最後の一筆を滑らせる。

「はい。……陣の配置、完了いたしました。いつでも神事を執り行えます」

「ご苦労、セン。鳴神邸に潜ませておいた甲斐があったというものだ。呪具の調整に狂いはないな?」

 鷹司の当主が、欲深い瞳で尋ねる。
 センは、感情を排した声で答えた。

「はい。すべては『御心のままに』」

 ――志野の御心を護るという、セン自身の絶対の意志のままに。

 愚かにも、絶対的優位を疑わない長老衆たちは、満足げに頷き、朔夜を呼び出すための最後の儀式へと取り掛かる。
 自らが足を踏み入れた陣が、七仙家の誇る霊力を根こそぎ吸い上げる『絶望の処刑台』に書き換えられているとも知らずに。