帝都鵺恋綺譚――軛の花嫁

 地底の底から響くような凄まじい轟音が、鳴神邸の重厚な壁を、床を、そして大気そのものを震わせる。
 迷路のように入り組んだ、隠し通路の闇へと漏れ出す紫電の残光が、断続的に白日のごとく空間を照らし出し、壁面に影を浮かび上がらせた。

「……ッ」

 志野を誘導していたセンが、足取りをピタリと止める。
 細い通路に、彼女の感情を削ぎ落とした声が、低く落とされた。

「……長官殿が、御帰還されました。水無月昭人の命も、もってあと僅かでしょう。志野様、このまま安全な離れへ参ります。あちらの鼠の始末は、鵺の雷がすべて終わらせます」

 淡々と死を宣告するセンの言葉。
 志野はその背中を見つめながら、ハッとして足を止めた。

 背後の闇の向こうから、肌の産毛が逆立つほどの濃密な霊気が膨れ上がっている。
 志野がこの身をもって知っている、恐ろしい気配だ。

 飢えた獣が獲物を引き裂く直前の、狂気にも似た「捕食」の衝動。
 あのままでは、朔夜は怒りと本能のままに、本当に昭人を塵も残さず焼き尽くしてしまうかもしれない。

「センさん、私、戻ります。戻らないと、いけません」

 志野の声は、震えてはいなかった。
 センは無表情なまま、わずかに首を傾げる。

「いいえ、危険です。あそこは今、理性を失った鵺の狩り場。それに、これまで貴女を虐げ、その心を摩耗させてきた男がどうなろうと、自業自得というものでは? むしろ、灰も残らぬ最期は、彼には贅沢すぎるほどかと存じます」

「それでも……」

 志野は、ぎゅっと胸元の合わせを握りしめた。
 水無月の家で過ごした虚ろな日々。
 存在の無い者として、扱われていた。
 辛く絶望的な記憶の断片を、志野は真っ直ぐに見つめ直す。

「私が嫁ぐ日まで、あの家が私を死なせずに生かし、育ててくれたのは事実です。たとえそれが、道具としての価値を守るためだったとしても。……それに」

 志野は一歩、雷鳴の轟く方角へと踏み出す。

「朔夜様の美しい御手を、……私なんかのために、汚させたくはありません。あの御手は、本来ならもっと優しいものなのです。慈しむことのできる手なのです」

 通路を吹き抜ける風が、志野の髪を乱す。
 闇の中で灯火のように輝く志野の強い瞳に、センはほんのわずかに、氷のような仮面を崩して目を見開いた。
 守られるだけの小鳥だと思っていた娘が、今、そのか弱き翼で暴風の中へ自ら飛び込もうとしている。

「ご自分の身の安全よりも、あの恐ろしい死神の魂の在り方を重んじるとは」

 センは静かに、深々と頭を下げ、その進むべき道を開いた。

「もはや貴女は庇護されるだけの存在ではない。貴女もまた、朔夜様を『護ろう』としているのですね。……承知いたしました。志野様のその気高き『御心』を護ることもまた、私に課せられら任務。お供いたします」