「――以上が、長老衆と水無月昭人、鷹司雅が企てた『三文芝居』の全容です」
執務机の前に優雅に立つ鏡夜が、事もなげに報告を締めくくった。
その顔には、長老衆の前で見せていた「復讐に燃える後継候補」の仮面など微塵もない。
彼の視線は、執務机の奥で朔夜の膝の上にちょこんと座らされている志野へと向けられ、まるで聖母を拝むような熱を帯びていた。
「しかしながら、あの白蛇め……生家の名を利用して姉上を騙し討ちにするなど、万死に値する。兄上が留守の間に、私が奴の影ごと八つ裂きに――」
「だれが『姉上』だ。気安く呼ぶなと何度言えばわかる」
朔夜が、地を這うような低い声で鏡夜を牽制する。
志野の腰を抱き寄せる朔夜の腕には、ギリッと強い力が込められ、彼の周囲では青白い雷光がバチバチと明滅していた。
長老衆の思惟も、雅の小賢しい幻術もどうでもいい。
ただ「志野を飼い殺すつもりである」という報告を聞いた瞬間から、朔夜の瞳は完全な『死神』のそれへと変貌していたのだ。
「朔夜様、落ち着いてください。貴方の雷で、志野様が火傷をしてしまいます」
控えていた左近が冷静にたしなめると、朔夜はチッと舌打ちをして霊圧を収めた。
「ですが、鏡夜様の報告が真実ならば、由々しき事態です。……鷹司の姫が引き起こす凶喰の偽装暴走。帝都の治安を預かる我々禁衛府としては、罠だと分かっていても出向かないわけにはいきません」
「ええ。ですが、俺たちが出払えば、屋敷の警備は手薄になる。そこを水無月の野郎が狙ってくるわけですね」
右近が腕を組みながら、忌々しげに壁を睨みつける。
罠だと分かっているなら、事前に昭人を捕縛すればいい。
だが、それでは長老衆は「自分たちは関係ない、水無月が勝手にやったことだ」とトカゲの尻尾切りをして逃げてしまうだろう。
「……ならば、乗ってやろうではないか」
不意に、朔夜が氷のように冷酷な笑みを浮かべた。
「奴らの書いた三文芝居の舞台に、あえて上がってやろう」
朔夜の指先が、志野の手のひらを、愛おしそうになぞる。
「……鏡夜、お前は長老衆の飼い犬を演じたまま、屋敷で『誘拐の手引き』をしろ」
「お任せを。姉上の御髪一本にでも触れようとした瞬間、私がこの手で絶望を叩き込んでやります」
「俺が帰るまで、息の根は止めるなよ。俺の妻を汚そうとした罪は、日本或国懲罰法に則り、俺自身が裁く」
圧倒的な暴力と権力を併せ持つ、最強の異能者たちによる反撃計画。
それは防御ではなく、敵のすべてを根絶やしにするための、残虐極まりない「狩り」の始まりだ――。
「……志野」
朔夜が、少しだけ声のトーンを落とし、膝の上の志野を見つめた。
敵を誘い込む以上、志野自身が一瞬とはいえ、水無月昭人の前に身を晒さなければならない。
「怖いか。もし嫌なら、今すぐ水無月も長老衆も、俺がこの手で」
「いいえ。怖くありません」
志野は、朔夜の言葉を遮るように首を横に振った。
かつての、水無月の屋敷で震えていた彼女ではない。
その左胸には「銀華の誓約」が輝き、彼女の心には、朔夜と重ねて来た甘い余韻が確かな温もりとして残っている。
「私には、朔夜様がいます。右近さんも、左近さんも……鏡夜さんも。皆さんが私を守ってくださると、信じていますから」
志野が、柔らかい声で告げると、執務室の空気がふわりと温かくなった。
右近と左近が誇らしげに胸を張り、感極まったように天を仰いで両手で顔を覆う鏡夜を、朔夜が煙たそうに睨みつけた。



