帝都鵺恋綺譚――軛の花嫁

 冷蔵室で十分に冷やし固められたしょこらは、左近の完璧な温度管理と、志野が知らずに注ぎ込んだ「銀華のもたらす仙気」によって、もはやこの世の菓子とは思えぬ輝きを放っていた。

 黒褐色の滑らかな表面に、銀色の花弁が細かな星屑のように散らばり、時折、見る角度によって真珠のような光沢を放つ。

「……できました。左近さん、センさんも。お手伝いいただいて、ありがとうございます」

 志野は、小さな華が細かく彫り込まれている木の皿にしょこらを並べ、誇らしげに、けれど少しだけ不安そうに微笑んだ。
 背後で無言を貫くセンは、睥睨するように見ていたが、目の前にあるのはどこから見ても愛らしい夫人の手作り菓子である。

 そこへ、予定通りに執務を終えた朔夜が、軍靴の音を響かせて廊下を歩いてきた。
 扉が開いた瞬間、朔夜の鋭い鼻が、厨房から漂う甘い香りを捉える。

「……志野。何をしている」

「朔夜様! お帰りなさいませ。あの、約束の御礼に、私も自分で作ってみたのです。……左近さんに教えていただいて」

 志野が差し出した皿を見て、朔夜の深紫の瞳が驚きに揺れた。
 彼は手袋をはずすと、志野の努力の結晶である一粒を、慈しむように摘まみ上げた。

「俺のために、作ったのか」

「はい。……お口に合うと良いのですが」

 朔夜がそれを口に含んだ瞬間。
 ――衝撃が、彼の全身を駆け巡った。

 志野に与えた最高級の舶来品よりも、遥かに深く、澄み切った味わい。
 心地よい苦味の後にやってくるのは、志野そのものを飲み込んだ時のような、余韻だった。
 長年の討伐任務で魂にこびりついていた血の匂いや、鵺の血がもたらす慢性的な渇きが、その一粒が喉を通るたびに雪解けのように消えていく。

「……朔夜様……?」

 朔夜は無言のまま、空いた方の手で志野の腰を引き寄せ、その額に自分の額を押し付けるようあてる。

「……美味すぎる。志野、お前は本当に……俺を甘やかす天才だな」

 その声は、かつてないほどに穏やかで、幸福に満ちていた。

 だが、その至福の時間をぶち壊すのが、予定調和であるといった感じで、不遜な足音が近づいて来る。

「――おや。兄上だけ、そのような極上の香りに包まれるとは。不公平ではありませんか?」