帝都鵺恋綺譚――軛の花嫁


 鳴り響く雷鳴と、肌を焼くほどの殺気の渦中に、志野が凛とした声を響かせて割り込んだ。
 白銀の光を纏った彼女が、朔夜と鏡夜の間に立ちはだかる。
 さながら、荒ぶる二人の鵺を鎮める、一輪の静かな花のような姿だった。

「朔夜様、どうかお怒りをお鎮めください。鏡夜様も……今日はもう、お引き取りを」

 志野が振り返り、懇願するように朔夜の軍服の袖をきゅっと握る。
 その小さな温もりに触れた瞬間、朔夜の周囲で狂い咲いていた青白い放電が、嘘のようにす――と息を潜めた。
 鏡夜は、目の当たりにする御業に、再び喉の奥でひゅうと息を呑む。

「……失せろ、鏡夜。二度と俺の妻に気安く近づくな」

 朔夜の冷酷な宣告に、鏡夜はギリッと奥歯を噛み締めた。
 今の朔夜と正面からやり合えば、間違いなく自分が灰になる。
 彼は未練がましく志野を一瞥すると、深く一礼した。

「……本日は、これで退散いたします。ですが兄上。私は、まだ諦めたわけではありませんからね」

 鏡夜は、嵐の余韻のような重い霊圧を残し、静かに庭園から去っていく。


 主室に戻ると、朔夜は扉が閉まるなり、志野を背後からきつく抱きすくめた。

「朔夜様……っ」

「怖くなかったか」

 軍服越しに伝わる朔夜の心音は、まだ微かに早鐘を打っている。
 志野は、自分の腰に回された朔夜の大きな腕にそっと手を重ねた。

「少し、驚いただけです。それより、お帰りが早かったのですね」

「……ああ。お前に、早くこれを渡したくてな」

 朔夜が片手を離し、懐から取り出したのは、美しい小鳥の意匠が施された小さな洋風の楕円の缶。
 蓋を開けると、中には宝石のように艶やかな、黒褐色の四角い塊が並んでいる。
 甘く、そして深い芳香。

「これ……しょこら……ですか?」

「あの日の、飴玉の返礼だ」

 地下牢の前で交わした幼い日の、他愛のない約束。
 
 朔夜は一粒を指で摘まみ、志野の唇にそっと押し当てた。
 志野が戸惑いながら口を開くと、舌の上でほろ苦い風味と、濃厚な甘さが滑らかに溶けていく。

「……おいしい、です。すごく……甘くて」

「そうか。……なら、俺にも寄越せ」

 朔夜は、志野が飲み込むのを待たずに、その赤い唇を深く塞いだ。
 舌を絡められ、互いの口内でしょこらの甘苦い余韻が混ざり合う。
 過去の絶望を塗り替えるような、途方もなく甘く、独占欲に満ちた口づけだった。