帝都鵺恋綺譚――軛の花嫁

 朔夜が登庁し、静まり返った屋敷の庭園で、志野は一本の枯れ木に触れていた。
 白銀の桜に当てられた周囲の木々も、その余波を受けてか、小さな芽を吹き始めている。
 
(私の力は、一体なんなのだろう……)
 
 かつて水無月の家では無能と蔑まれ、忌み嫌われていたこの身。
 だが、今ならわかる。
 自分の中には確かに何かが息づいている。

 最初に、不可思議な感覚を覚えたのは、異能の暴走に身を焦がし、苦悶の表情で懊悩していた朔夜に触れた時だった。
 荒れ狂う雷の熱が、志野の手を通して、まるで春の陽だまりのように穏やかなものへと変質していったあの瞬間。

『浄化……というものに属する力なのではないでしょうか』

 いつだったか、朔夜の側近である左近が、志野の手を見つめながら考え込むように言っていた。
 そもそも、強大な力を持つ仙家の異能者たちが揮う力の中に『浄化』や『治癒』に属するものは、今まで存在していなかったという。

 とはいえ、志野自身、異能の血を引く家系に生まれながらも、無いモノとしての扱いを受けてきたため、異能に関する深い知識は持ち合わせていない。
 せいぜい、異能者とは、他者より秀でた不可思議な能力を有している――その程度の認識しかなかった。

 例えば、義兄である昭人の異能は『白蛇』。
 影から影へと音もなく滑り込むその力は、地味ではあるが、千里の道を疲労することなく移動できる。

 鷹司雅の異能は『九尾狐』。
 人の心に付け入り、蠱惑的な幻術を纏わりつかせて対象を狂わせ、破滅へと追いやる。

 そして、朔夜の異能たる『鵺』。
 それは、ただ物理的に雷を顕現させるだけではない。
 対象の罪や存在そのものを罰するかの如く、すべてを灰燼に帰す絶対的な破壊の力。

 だが、その強大すぎる力は代償として、朔夜自身の魂と命を無惨に削り取っていく、悲しくも残酷な力だ。
 
 それを、志野が受け止めることで、恐ろしい力はまったく正反対の性質へと反転してしまう。
 ただ暴走を鎮め、無効化するのではない。
 朔夜の雷を糧にして、枯れ木に花を咲かせるほどの正の力へと転換するのだ。
 
 死神の刃を、慈愛の光へ。
 魂を削る炎を、命を育む熱へ。

 単なる浄化を超えた、運命すらも覆す逆転の奇跡。
 志野は枯れ木に触れた自らの手を見つめ、朔夜の孤独な魂を救うために与えられたこの力の意味を、静かに噛み締めていた。

 思考に沈む志野の足元に、濃い影が落とされる。
 暖かな余韻は、突如として塗り潰された。

 ふいに風の音が止み、周囲の空気が重くなる。
 振り返るよりも早く、背筋をぞわりと這い上がるような、強烈な視線を感じた。

 志野の持つ力を、切実に、欲している男――鏡夜が。
 いつのまにか、音もなく彼女の背後に立っていたのだ。