【常世神とは】
「日本書紀」に登場する富と長寿の神。
この神を祀ることで貧民は救われ、老人は若返ると言われている。一説では民間道教の一種とされており、個人の欲を叶える信仰であるところが特殊とされている。
一般的には新興宗教として扱われるが、それは皇極天皇3年(644年)当時でのことである。
関連のある常世の国信仰は古代から存在している。
◆内容について
皇極天皇3年。
富士川周辺に住む大生部多が村人に虫を祀ることを勧め、「これは常世神である。この神を祀れば、富と長寿が授かる。」と言って回った。
巫も神託だと偽り、「常世神を祀れば、貧者は富を得、老人は若返る」と触れ回った。
さらに、人々には財産を棄てさせ、酒や食物を道端に並べてみせ、「新しい富が入ってきたぞ」と唱えて回った。
そうして信仰は都にまで広がり、人々は「常世虫」を採ってきては祀り、歌い、財産を棄て、富を求めた。
しかし、常世神によるご利益はなく、ただ民は惑わされるのみだった。
山城国の豪族であった秦河勝はその様子に怒り、憎しみ、とうとう大生部多を討伐した。
その時の様子を讃え、人々はこう歌ったという。
「太秦(うずまさ)は 神とも神と 聞こえくる 常世の神を 打ち懲(きた)ますも」
(訳:秦河勝は、神の中の神と言われている 常世の神を、打ち懲らしめたことだ)
◆常世神および常世虫の正体について
「日本書紀」では常世神とされた虫について、こう記されている。
「この虫は、常に橘の樹に生る。あるいは山椒に生る。長さは4寸余り、親指ぐらいの大きさである。その色は緑で黒点がある。形は全く蚕に似る」
この特徴からアゲハチョウの幼虫では無いかと言われている。
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追記
常世神信仰について他にもいくつか資料を探したが、いずれにも昆虫食への言及は見られなかった。
ただ、その信仰内容については興味深かったのでここに資料として残すことにする。
「日本書紀」に登場する富と長寿の神。
この神を祀ることで貧民は救われ、老人は若返ると言われている。一説では民間道教の一種とされており、個人の欲を叶える信仰であるところが特殊とされている。
一般的には新興宗教として扱われるが、それは皇極天皇3年(644年)当時でのことである。
関連のある常世の国信仰は古代から存在している。
◆内容について
皇極天皇3年。
富士川周辺に住む大生部多が村人に虫を祀ることを勧め、「これは常世神である。この神を祀れば、富と長寿が授かる。」と言って回った。
巫も神託だと偽り、「常世神を祀れば、貧者は富を得、老人は若返る」と触れ回った。
さらに、人々には財産を棄てさせ、酒や食物を道端に並べてみせ、「新しい富が入ってきたぞ」と唱えて回った。
そうして信仰は都にまで広がり、人々は「常世虫」を採ってきては祀り、歌い、財産を棄て、富を求めた。
しかし、常世神によるご利益はなく、ただ民は惑わされるのみだった。
山城国の豪族であった秦河勝はその様子に怒り、憎しみ、とうとう大生部多を討伐した。
その時の様子を讃え、人々はこう歌ったという。
「太秦(うずまさ)は 神とも神と 聞こえくる 常世の神を 打ち懲(きた)ますも」
(訳:秦河勝は、神の中の神と言われている 常世の神を、打ち懲らしめたことだ)
◆常世神および常世虫の正体について
「日本書紀」では常世神とされた虫について、こう記されている。
「この虫は、常に橘の樹に生る。あるいは山椒に生る。長さは4寸余り、親指ぐらいの大きさである。その色は緑で黒点がある。形は全く蚕に似る」
この特徴からアゲハチョウの幼虫では無いかと言われている。
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追記
常世神信仰について他にもいくつか資料を探したが、いずれにも昆虫食への言及は見られなかった。
ただ、その信仰内容については興味深かったのでここに資料として残すことにする。
