きみが死ぬ夢を見たから

 社務所の中は、外の薄暗さとは対照的にきちんと整えられていた。磨かれた床板は軋みもなく、壁には古い写真や額装された書が掛けられている。ほのかに焚きしめた香の匂いが漂っていた。
 座卓に通され、湯気の立つ湯呑みが置かれる。

「どうぞ。粗茶ですが」

 如月は向かいに座り、にこりと微笑んだ。立石は少し離れた場所に立ったまま、腕を組んでいる。

「あなたも座ったらどうです?」

 茶を啜りながら、如月が視線だけを立石へ向ける。

「俺はただの見張りだからいい」
「おや。この子たちがそんな悪人に見えますか?」
「お前を、見張ってるんだ」

 即答だった。
 立石のこめかみがわずかに引き攣る。如月は肩をすくめ、困ったように笑ってみせた。

「まったく、信用がないですねぇ」
「……神主さんって、霊感があるとか、お祓いができるとかって聞いてたんだけど。もしかして詐欺師だったのか?」

 圭が湯呑みを持ったまま率直に問う。
 一瞬の沈黙のあと、ぶっ、と立石が噴き出した。

「ほら。あなたが人聞きの悪いことばかり言うから、誤解されてしまったじゃないですか」

 肩を震わせる立石を横目に、如月は小さくため息をつく。

「霊感があって、お祓いもできる神主は――本当にいましたよ」

 声音が、静かに落ちる。

「……昨年、亡くなってしまいましたが」
「亡くなった?」

 問い返すと、如月の視線は座卓の脇に置かれた小さな飾り棚へ向けられた。
 古びた写真立てがひとつ。
 そこには、まだ幼い如月と、その両脇に立つ男女が写っている。穏やかに笑う父親らしき男は、目元が如月とよく似ていた。

「その神主――灘守神社の宮司を務めていたのは父です。霊感が強く、お祓いや相談ごとも引き受けていました」

 写真から目を離さないまま、淡々と告げる。

「私はというと、そういうものはさっぱりで。大学を出て、そのまま都会で就職しました」

 小さく息をつき、そこでようやく視線を戻す。

「ですが、父が亡くなって――後を継ぐ者がいなくなった。ですから、今年戻ってきたのです」

 にこり、と如月が微笑む。けれどその笑みは、どこか薄い。
 先ほどまでの軽さとは、わずかに違って見えた。

「じゃあ……」

 圭は少しだけ身を乗り出す。

「如月さんは、その……視えたり、とかは?」
「残念ながら、さっぱり」

 あっさりとした返答だった。

「霊感は皆無です。父のようにはいきませんね。ですが、占いは得意なんですよ」

 如月は指先で湯呑みをくるりと回す。

「ということで、まずは話を聞きましょう。……何があったのですか?」

 細い目が、まっすぐ圭を見る。湯呑みの湯気が、ゆらりと揺れた。
 圭は小さく喉を鳴らし、口を開く。

「変な夢を見たんだ。こいつが――志貴が川に落ちたり、池に引き込まれたりして死ぬ夢を……」

 静かな社務所に、自分の声がやけに響く。
 志貴は横で黙って聞いている。

「いつも夢には、黒い影みたいなのがいて……志貴を連れていくんだ。それで……今日は、実際に。池の中から、黒い影みたいな腕が伸びてきて――脚を掴まれた」

 皮膚に食い込んだ、あの冷たい感触がじわりと蘇る。
 座卓の下で、無意識にふくらはぎを押さえた。

「その影は、数日前にも見てて……そのときは見間違いだと思ったんだけど」

 視線が、隣の志貴へ向く。
 あの日は影を見た直後に、志貴が現れた。偶然にしては、出来すぎている。
 ――やっぱり、あの影は志貴に憑いているんじゃないか。

「このままだと、本当にあの影が志貴を連れていくんじゃないかって思って……」

 喉が詰まる。

「俺、怖くなって。それで、ここに来たんだ」

 最後は、ほとんど吐き出すようだった。

「……なるほど」

 如月が、顔から笑みを消して頷く。

「では、さっそく占って差し上げましょうか」

 そう言って、ゆっくりと懐へ手を入れた。取り出したのは――半透明のプラスチックケースだった。ぱちん、と軽い音を立てて蓋が開く。
 中から現れたのは、見覚えのある絵柄のカード。

「……え? タロットカード?」

 思わず二度見する。
 どう見ても、どこからどう見ても、タロットカードだった。
 如月はやけに厳かな手つきでそれを取り出し、机の上に丁寧に置く。場違いなほど真剣な顔で。

「何か、太い箸みたいな棒をじゃらじゃらして広げるやつとか、水晶玉とか、そういうのじゃないのか……?」
「偏見ですねぇ。そもそもその二つも神道とは何の関係もありませんが」
「いや、そうかもだけど……神社でタロットカードって!」

 そんなのアリなのか!?
 思わず身を乗り出す圭に、如月はくすりと笑った。

「占術に宗教の垣根はありませんよ。神職だからといって、道具を限定する必要もないでしょう?」

 さらりと言いながら、カードを切る手つきはやけに滑らかだ。重ね、払うように広げる指先の動きに、迷いはない。
 ――妙に、慣れている。