きみが死ぬ夢を見たから

「んー……どっちにするか……」

 放課後、学校の隣のコンビニで、圭は顎に手を当てて考え込んでいた。目の前には新発売のグミが二つ並んでいる。

「なあ、志貴。どっちがいいと思う?」

 両方を手に取り、志貴に突き出す。志貴はすでにペットボトルのお茶を一本手にしていた。

「プレシャスサマーナイト味と、ハッピーサマーモーニング味……?」

 パッケージを読み上げ、怪訝な顔をする。

「新食感で、どっちもすげー美味いってイソスタでバズってたんだ」
「どうで……どっちでもいい」
「あ、お前! 今『どうでもいい』って言おうとしただろ!」

 言い直したところまできっちり拾って食ってかかる。志貴は何も言わず、すっと視線をそらした。
 分かる。今、絶対に『面倒なことになった』と思ってる。

「言ってはいないだろ。……ぎりぎり」
「そこまで言ったら同じなんだよ」

 口を尖らせて睨む。

「ふん、そんなこと言うやつには食わせてやらないからな!」
「そもそも、いるなんて言ってない」

 志貴は小さくため息をついた。

「……SNSなんて信用ならない。どうせ嘘や誇張ばかりだ」
「お前ほんとに十六歳か? うちのばあちゃんと同じこと言ってるぞ」

 結局、プレシャスサマーナイト味を選び、菓子パンと炭酸ジュースと一緒にレジへ持っていく。

「あ、からあげサンのイエローも一つくださーい」
「かしこまりました」

 ついでにホットスナックも追加する。ぐしゃぐしゃのレシートが詰まった財布から小銭を掻き出していると、先に会計を済ませた志貴がスマホを見て、ふと顔を上げた。

「それにしても、バスの時間は大丈夫なのか?」
「大丈夫、大丈夫。十六時発だから」

 なんとか支払いを終え、買ったものを腕に抱えながら答える。

「……は? もう十五時五十八分だぞ」
「え?」

 一瞬の沈黙。
 二人は顔を見合わせ――同時に走り出した。

「やばい! いつの間にそんな時間たってたんだ!?」
「お前がくだらないことで、いつまでも悩んでるからだろう!」
「くだらなくな――ああ! 待って、パン落ちた!」

 慌てて振り返り、転がったパンを拾う。その拍子に腕から炭酸ジュースが滑り落ちた。
 コロコロと歩道を転がるペットボトルを、志貴が無言で追いかけて掴む。

「何で袋に入れてもらわなかったんだ!」
「だって袋代もったいないじゃん!」
「これだけ無駄遣いしておいて、どうしてそこでケチるんだ……」

 夕暮れの歩道を、荷物を抱え直しながら再び駆け出す。商店街を抜け、信号をぎりぎりで渡る。遠くに見えるバス停には、すでに車体が停まっているのが見えた。

「待ってください!」

 圭が叫ぶと同時に、ドアが閉まりかける。志貴が無言でスピードを上げ、圭の背を押した。
 次の瞬間、ドアが再び開く。
 息を切らしながら飛び込むと、圭は膝に手をついて呼吸を整えた。志貴は平静を装っているが、上下する肩までは隠せていない。

「間に合ったー……。運転手さん、ありがと!」
「いいから、早く座りなさい」

 ミラー越しにこちらを一瞥し、運転手がバスを発進させる。
 車内には、圭たち以外に乗客の姿はない。
 志貴が整理券を取り、圭は前方寄りの二人席に腰を下ろした。隣に座った志貴が、さっき落としたペットボトルを差し出す。

「ありがと。これ、開けたら絶対ヤバいよな」

 振り回した記憶しかない。
 炭酸ジュースはやめておけばよかった、と内心でため息をつきながら受け取る。

「欲張って買いすぎだ」

 志貴が呆れた眼差しを向ける。

「だって、御祈祷って長そうじゃん。腹減ったら集中できないし」
「お前が祓うわけでもないのに、何に集中するんだ……」
「まあまあ、からあげサン一個やるから」

 笑いながら蓋を開けようとした、そのとき。運転手が再びミラー越しにこちらを見た。

「こら、君たち。バスの中は飲食禁止だよ」
「え!? 一年のときの遠足ではお菓子オッケーだったけど」
「それは貸切バスだ」

 横から志貴の冷静なツッコミが入る。圭はショックを受けながら、紙容器の蓋を閉めた。

「マジか。普段バスとか乗らないから知らなかった。ごめんなさい……」

 肩を落としていると、赤信号でバスが停まったタイミングで運転手が振り返る。

「今は他にお客さんいないから、特別にいいよ。でも誰か乗ってきたら、すぐに仕舞いなさい」

 少し声をひそめて、運転手が言う。圭は顔を輝かせた。

「ありがと! 運転手さんも、からあげサンいる?」
「仕事中だから、遠慮しとくよ……」

 苦笑して、運転手は再び前を向く。
 志貴にも一つからあげを分けてやりながら、圭は窓の外へ目を向けた。目的地――灘守神社は、町外れの山の麓にある。川沿いの道を、バスはゆるやかに進んでいく。
 道路脇には、錆びかけた標識が立っていた。数字の下半分は泥に削られたように読めない。まばらに建つ家の窓には板が打ちつけられ、郵便受けには色あせたチラシが何枚も挟まっている。
 バスが橋を渡る。
 川幅に対して、やけに高く積まれた土嚢が、今も端に残されたままだった。色は褪せ、角は崩れかけている。
 圭は無意識に太腿をさすった。
 あの冷たい感触が、まだ皮膚の奥に残っている気がする。
 車内にはエンジン音だけが響いていた。

「……静かだな」

 ぽつりと志貴が言う。
 窓の外を流れる川は、初夏の光を受けて眩しく輝いている。
 まるで何もなかったかのように、水は穏やかに流れていた。