きみが死ぬ夢を見たから

 一限目が終わり、二限目は体育だった。
 更衣室はすでに騒がしく、ロッカーの扉が開閉する音や、誰かの笑い声が重なっている。
 あちこちで制服を脱ぎながら声が飛び交っていた。

「今日から柔道らしいぞ」
「マジかよ。こんな暑いのに最悪」

 圭は体操服に袖を通しながら、何気なく室内を見渡した。
 志貴は更衣室の隅で、他の男子たちから少し距離を取るように、黙々と着替えている。

「そういえば圭って、柔道やってたよな?」

 同じ中学出身の山根が、思い出したように声をかける。

「あー……うん。ちょっとだけ」
「え、マジで? ずりぃ〜、チートじゃん!」

 小谷が大げさに口を尖らせる。

「もう一年やってないし、チートじゃないって。てか、お前だって一年のときサッカーでイキり倒してただろ」
「え? あー……そうだっけ?」
「覚悟しとけよ。こないだ置いてかれた分もまとめて返すからな」
「げっ!? 圭様〜! どうかお慈悲を!」

 更衣室にどっと笑いが広がる。
 そこへ廊下の向こうから、「早く出てこーい、整列するぞー!」と教師の声が飛んできた。
 圭たちは慌てて更衣室を出て、柔道場へ向かう。

「整列ー!」

 号令が響き、畳の上に男女分かれて並ぶ。
 窓から差し込む初夏の日差しが、青い畳を照らしていた。むわりとした熱気が肌にまとわりつく。
 準備運動を終え、基本の受け身を何度か繰り返すと、さっそく組み合わせが決まった。

「はじめ!」

 掛け声と同時に、圭は相手の袖をつかむ。久しぶりの感触。けれど、身体は覚えている。
 重心を崩し、一歩踏み込む。次の瞬間、相手の体がふわりと宙に浮いた。

「うおっ!」

 鈍い音が響き、相手が畳に落ちる。
 周囲から小さなどよめきが広がった。

「すげー綺麗に決まったな」
「マジで経験者じゃん」

 続く一戦でも、圭は危なげなく一本を取る。
 息は上がっている。けれど、不思議と心地よかった。

「ねえ、榎本くんすごくない?」
「さっきの投げ、かっこよかったよね……」

 そのとき、隣のコートの向こうからひそひそと声が聞こえた。
 圭はぴたりと動きを止める。
 視線を向けた瞬間、数人で固まっていた女子たちが慌てたように目を逸らし、小さく笑い声を上げた。

「……ヤバい。俺、ついにモテ期きたかも」
「は?」

 すぐ横で小谷が顔をしかめる。

「調子乗んな。たまたまだろ」
「いやいや、今はっきり聞こえたぞ? 『かっこいい』って」
「空耳だ空耳!」

 悔しそうに食い下がる小谷を見て、圭はわざとらしく前髪をかき上げる。

「まあ? 隠してた才能がバレちゃった感じ?」
「うっわ腹立つ!」

 小谷とふざけ合っていると、不意に大きなどよめきが湧き起こった。
 振り向くと、畳の上で大柄な教師の体が宙を舞っている。
 畳に叩きつけられる鈍い音が響いた。
 投げ終えた志貴は、まだ身体を前に残したまま、静かに息を吐く。

「おおーっ!」

 歓声が一気に広がる。志貴は一拍遅れて袖を離し、無駄のない動きで姿勢を整えた。

「今のマジでやばくない?」
「え、先生相手だよね?」
「志貴くんすご……」

 女子たちの声が一段と高くなる。起き上がった先生が苦笑しながら志貴の肩を叩いた。

「お前、本気で柔道部入らないか? 即戦力だぞ」
「……遠慮しときます」

 志貴は短く答え、軽く一礼する。
 そのそっけなさすら、どこか様になっていた。

「うわー、お株取られたな」

 小谷が肘で圭をつつく。

「……まあな」

 さっきまで自分に向いていた視線が、今はすっかり志貴に集まっている。
 女子たちはまだざわついていた。

「やっぱ志貴くん、かっこいいよね」
「分かる。なんか大人っぽいし」

 そして、誰かが声を落とす。

「でも志貴くんってさ……」

 その言葉のあとに、ほんのわずかな間が落ちた。
 笑い声が途切れ、視線がちらりと交わされる。

「何? 志貴がどうかしたのか?」

 圭が思わず聞くと、

「あ……ううん。何でもないよ」

 曖昧に笑って、話題はすぐ別の方向へ流れていった。