図書室の静けさが、ひどく重く感じられる。
圭は視線を落とした。ノートに走る歪な線と、スマートフォンの青い範囲が、重なるように見える。
――洪水。
――影。
――死。
胸の奥に、言葉にならない感覚が広がる。
そのとき、ポケットの中でスマートフォンが震えた。
「……っ」
小さく肩が揺れる。急いで取り出して画面を見た。
「……立石さん?」
表示された名前に、わずかに目を見張る。志貴もこちらを見ていた。
圭はそっと視線を巡らせる。近くの席には誰もいない。
「もしもし?」
声をひそめて、電話に出る。
『あ、圭? 今大丈夫か?』
外にいるらしく、背後にざわめきが混じっている。
「大丈夫だけど。どうしたんだ?」
『いや、しばらく連絡してなかっただろ。その後どうなったかなと思って』
圭は思わず志貴を見る。志貴は何も言わず、静かに視線を返してきた。
「その後って……影の話?」
『そうそう。三木さんのとこ行ったんだろ?』
「うん。話は聞けたよ」
言いながら、指先でノートの端を軽く押さえる。
『ほんとか』
少し間が空き、背後の雑踏の音がわずかに大きくなる。
『今、伊織と一緒に公民館にいるんだ』
「え、如月さんと?」
反射的に顔を上げる。公民館は、ここから歩いて十五分ほどの場所だ。
『夏祭りの打ち合わせがあったらしくてさ。あいつ車持ってないから、迎えに来た帰り』
「そうなんだ。俺はまだ志貴と学校にいるよ」
『だったら、少し会わないか?』
圭は通話口を手で覆い、志貴を見る。
「立石さんと如月さんが会わないかって。行くよな?」
志貴は口を開きかけて、やめた。
「……志貴?」
「俺は……行かないほうがいいんじゃないか」
思いがけない言葉に、圭は眉をひそめた。
「なんで?」
志貴は答えない。言葉を探すように、視線だけが宙をさまよう。
『圭? おーい、聞こえてるか?』
「あ……うん、大丈夫! 会おう!」
答えて、ちらりと志貴を見る。
志貴は何も言わなかった。
「どこ行けばいい?」
『駅前の通り出たとこのファミレス分かるか? そこで待ってるな』
「了解」
通話を切る。
スマホをポケットに戻しながら、もう一度志貴を見た。
「ファミレスで待ち合わせだって」
「…………」
返事がない。
「どうかした? ファミレス嫌だったか?」
「あ……いや。何でもない」
志貴は小さく首を振る。けれど、その視線はどこか落ち着かないままだった。
歩き出しながら、こっそり横目で志貴を見る。
――そういえば。
如月たちと初めて会ったとき、志貴はいつもより口数が少なかった。
もともと寡黙で、少し人見知りなところはある。だが、三木とは普通に話していたのに。
あの日のやり取りを思い返す。
――一瞬だけ、妙な間があった気がする。
うまく思い出せないが、何かが引っかかる。
「圭」
ふいに志貴がこちらを向く。
「何か食べて帰るなら、おばさんに連絡した方がいいんじゃないか?」
一瞬、返事が遅れる。
何事もなかったように、圭は頷いた。
「……うん。そうだな、ありがと」
学校を出ると、昼間の熱気がまだアスファルトに残っていた。西に傾きかけた日差しが、校舎の影を長く引いている。
遠くで、ひぐらしの鳴く声が聞こえた。
駅の近くまで来ると、ファミレスの看板が見えてくる。ガラス越しの店内は明るく、夕方の光を受けてやわらかく光っていた。
「ここだな」
自動ドアが開く。
店内に足を踏み入れた瞬間、空気が一変した。
「あ〜……冷た」
思わず声が漏れる。じっとりとかいていた汗が、一気に引いていくのが分かる。
圭はそのまま空調の風が当たる位置に寄り、顔を上げた。
「ちょっと待って、ここ最高なんだけど」
「やめろ」
志貴が小さく制する。圭は名残惜しそうに一歩だけ離れた。
視線を戻すと、志貴はわずかに俯いたまま、足早に奥へ進んでいく。その背中を見て、圭はわずかに首を傾げたが、すぐに後を追った。
「あ、いたいた」
立石がこちらに気づいて、手を上げる。その隣には、如月の姿もあった。
立石は以前と同じ半纏に黒のズボン。対して如月はグレーのスーツ姿だ。なぜか、袴のときよりさらに胡散臭く見える。
軽く手を上げ返しながら、志貴と一緒に席へ向かう。椅子に腰を下ろすと、テーブルの水がわずかに揺れた。
「お二人とも、お元気でしたか?」
如月が穏やかに微笑む。
圭は視線を落とした。ノートに走る歪な線と、スマートフォンの青い範囲が、重なるように見える。
――洪水。
――影。
――死。
胸の奥に、言葉にならない感覚が広がる。
そのとき、ポケットの中でスマートフォンが震えた。
「……っ」
小さく肩が揺れる。急いで取り出して画面を見た。
「……立石さん?」
表示された名前に、わずかに目を見張る。志貴もこちらを見ていた。
圭はそっと視線を巡らせる。近くの席には誰もいない。
「もしもし?」
声をひそめて、電話に出る。
『あ、圭? 今大丈夫か?』
外にいるらしく、背後にざわめきが混じっている。
「大丈夫だけど。どうしたんだ?」
『いや、しばらく連絡してなかっただろ。その後どうなったかなと思って』
圭は思わず志貴を見る。志貴は何も言わず、静かに視線を返してきた。
「その後って……影の話?」
『そうそう。三木さんのとこ行ったんだろ?』
「うん。話は聞けたよ」
言いながら、指先でノートの端を軽く押さえる。
『ほんとか』
少し間が空き、背後の雑踏の音がわずかに大きくなる。
『今、伊織と一緒に公民館にいるんだ』
「え、如月さんと?」
反射的に顔を上げる。公民館は、ここから歩いて十五分ほどの場所だ。
『夏祭りの打ち合わせがあったらしくてさ。あいつ車持ってないから、迎えに来た帰り』
「そうなんだ。俺はまだ志貴と学校にいるよ」
『だったら、少し会わないか?』
圭は通話口を手で覆い、志貴を見る。
「立石さんと如月さんが会わないかって。行くよな?」
志貴は口を開きかけて、やめた。
「……志貴?」
「俺は……行かないほうがいいんじゃないか」
思いがけない言葉に、圭は眉をひそめた。
「なんで?」
志貴は答えない。言葉を探すように、視線だけが宙をさまよう。
『圭? おーい、聞こえてるか?』
「あ……うん、大丈夫! 会おう!」
答えて、ちらりと志貴を見る。
志貴は何も言わなかった。
「どこ行けばいい?」
『駅前の通り出たとこのファミレス分かるか? そこで待ってるな』
「了解」
通話を切る。
スマホをポケットに戻しながら、もう一度志貴を見た。
「ファミレスで待ち合わせだって」
「…………」
返事がない。
「どうかした? ファミレス嫌だったか?」
「あ……いや。何でもない」
志貴は小さく首を振る。けれど、その視線はどこか落ち着かないままだった。
歩き出しながら、こっそり横目で志貴を見る。
――そういえば。
如月たちと初めて会ったとき、志貴はいつもより口数が少なかった。
もともと寡黙で、少し人見知りなところはある。だが、三木とは普通に話していたのに。
あの日のやり取りを思い返す。
――一瞬だけ、妙な間があった気がする。
うまく思い出せないが、何かが引っかかる。
「圭」
ふいに志貴がこちらを向く。
「何か食べて帰るなら、おばさんに連絡した方がいいんじゃないか?」
一瞬、返事が遅れる。
何事もなかったように、圭は頷いた。
「……うん。そうだな、ありがと」
学校を出ると、昼間の熱気がまだアスファルトに残っていた。西に傾きかけた日差しが、校舎の影を長く引いている。
遠くで、ひぐらしの鳴く声が聞こえた。
駅の近くまで来ると、ファミレスの看板が見えてくる。ガラス越しの店内は明るく、夕方の光を受けてやわらかく光っていた。
「ここだな」
自動ドアが開く。
店内に足を踏み入れた瞬間、空気が一変した。
「あ〜……冷た」
思わず声が漏れる。じっとりとかいていた汗が、一気に引いていくのが分かる。
圭はそのまま空調の風が当たる位置に寄り、顔を上げた。
「ちょっと待って、ここ最高なんだけど」
「やめろ」
志貴が小さく制する。圭は名残惜しそうに一歩だけ離れた。
視線を戻すと、志貴はわずかに俯いたまま、足早に奥へ進んでいく。その背中を見て、圭はわずかに首を傾げたが、すぐに後を追った。
「あ、いたいた」
立石がこちらに気づいて、手を上げる。その隣には、如月の姿もあった。
立石は以前と同じ半纏に黒のズボン。対して如月はグレーのスーツ姿だ。なぜか、袴のときよりさらに胡散臭く見える。
軽く手を上げ返しながら、志貴と一緒に席へ向かう。椅子に腰を下ろすと、テーブルの水がわずかに揺れた。
「お二人とも、お元気でしたか?」
如月が穏やかに微笑む。
