「あ、そうだった」
三木から聞いた場所はひと通り回り終えた。だから今日は、志貴と改めて情報を整理することにしていたのだ。
背筋を伸ばし、椅子に座り直す。さっきまでの雑談の空気が、すっと引いていく。
志貴は鞄からノートを取り出すと、机の上に広げた。ペンを手に取り、真っ白なページを静かに見下ろす。
「まずは怪異が現れた場所を全部書き出そう」
「えーっと……」
圭は指を折る。
「学校の昇降口のそばだろ。体育館横の池に、自転車屋の前、三木さんの実家の近くと……」
志貴は静かにノートに書き込んでいく。書き終えると、スマートフォンの地図を開いた。
書き出した場所に印をつけていく。
二人は黙って画面を見つめた。
志貴が腕を組む。
「……意外とばらけてるな」
「だな」
この町は海に面していて、中央を一本の川が縦に貫いている。学校やスーパーの裏の空き地はその上流側、三木の実家のそばや自転車屋は下流側にあった。
圭はしばらく地図を眺めてから、ふと顔を上げた。
「なあ、こういうのって、点と点を線で結んだら何か浮かび上がったりしない?」
「……何が」
「魔法陣とか。メッセージとか」
志貴は薄目になって圭を見た。
「ゲームのやり過ぎだ」
「いや、でもあるじゃんそういうの。都市伝説とかでさ」
「ない」
きっぱりと否定され、圭はむっと口を尖らせる。
「やってみないと分かんないだろ」
そう言って志貴からノートとペンをひったくる。スマホに表示された地図を横目で確かめながら、ノートに簡単な町の地図を書き写していった。そこに、影の出た場所を一つずつ印付ける。そして、その印同士を線で結び始めた。
ぐにゃぐにゃと線が増えていく。
紙の上でペンが迷うように動き回り、やがて圭はぴたりと手を止めた。
「……」
「……」
二人でノートを見る。
そこにあったのは、意味のない歪な図形だった。
「ただの落書きだな」
志貴が言う。圭は脱力して椅子の背にもたれた。
「くそー! 絶対なんか出ると思ったのに」
ペンを指先でくるくる回しながら、ぼやく。
だが志貴は返事をしなかった。
ノートをじっと見つめたまま、しばらく黙っている。
「……志貴?」
どうかしたのかと声をかけると、志貴はようやく顔を上げた。
それから、おもむろにスマホを手に取る。検索画面を開き、何枚か画像を切り替えたあと、一枚を圭の前に差し出した。
それは町の地図だった。
ただし、ところどころが青く塗られている。
「……これ」
圭は眉をひそめる。
「ハザードマップ?」
「正確には、過去の浸水実績図だ」
志貴はスマホをノートの横に置いた。なんとなく、さっき描いた簡単な地図と見比べる。
「……?」
何気なく見比べていた視線が、ふと止まる。
青く塗られた範囲と、ノートに描いた丸の位置が重なっている。ひとつ、ふたつ――と目で追っていくうちに、圭は息を止めた。
丸をつけた場所が、すべてその中に収まっていた。
「……全部、入ってる」
思わず呟く。
「でも、ちょっと範囲が広すぎるか」
指で画面をなぞる。青い範囲は町のあちこちに広がっていて、決して狭くはない。
志貴は否定しなかった。
「そうだな」
短く答え、それきり黙る。圭はもう一度、地図を見た。
ふと、青い範囲の中に、小さく年号が書き込まれているのに気づく。
1998。
2006。
2012。
場所ごとに、ばらばらの年。
「……これ、全部同じ年じゃないのか」
「違う」
志貴が静かに答える。
「過去数十年分の浸水実績だ」
圭は指で画面をなぞりながら、青い範囲を一つずつ追っていく。その中で、同じ年号がいくつも重なっている箇所に気づいた。
「……2025」
ぽつりと呟く。
「一年前の洪水だ」
志貴が言った。
その数字が付いた範囲は、ほかよりも明らかに広い。
この町ではこれまでも何度か洪水が起きている。だが、昨年の被害は別格だった。
「あのときは、上流と下流の二ヶ所で堤防が決壊した」
圭の視線が、その『2025』の範囲をなぞる。
広がり方が、他と明らかに違う。
「自転車屋」
志貴が指さす。
そこは『2025』の範囲だ。
「三木さんの実家のそば」
そこも。
「学校」
そこも。
すべてが、その中に収まっていた。
さっきまでの『広すぎる一致』とは違う。
これは――。
「……っ」
喉が詰まる。
偶然で済ませるには、出来すぎている。
「全部……」
圭は、ゆっくりと息を吐いた。
「一年前の洪水で、傷ついた場所だ」
志貴は何も言わない。ただ、静かに頷いた。
図書室の窓の外で、風が木を揺らす。
「……郷土資料館で町の伝承を調べたと話しただろ」
志貴は机の上で、そっと手を組んだ。
「影そのものの記述は見つからなかった。ただ――」
一度言葉を切り、視線をノートに落とす。
「三十年前にも、この町で大規模な洪水が起きている。町史と古い新聞を見たが、その後、自殺が増えたという記述があった」
圭は思わず顔を上げる。胸の奥が、わずかにざわついた。
「三木さんが言っていただろ。影を見ていた時期、消えてしまいたいと思うことがあったって」
志貴は静かに続ける。
「昨年の洪水のあとも、例年より自殺が多かったと聞いた」
短い沈黙が落ちた。
嫌な想像が、輪郭を持ちかける。
「もしかすると――」
わずかに間を置いて、志貴は言葉を継ぐ。
「影と、その手の出来事は、無関係じゃないのかもしれない」
そのまま、圭は返す言葉を見つけられなかった。
三木から聞いた場所はひと通り回り終えた。だから今日は、志貴と改めて情報を整理することにしていたのだ。
背筋を伸ばし、椅子に座り直す。さっきまでの雑談の空気が、すっと引いていく。
志貴は鞄からノートを取り出すと、机の上に広げた。ペンを手に取り、真っ白なページを静かに見下ろす。
「まずは怪異が現れた場所を全部書き出そう」
「えーっと……」
圭は指を折る。
「学校の昇降口のそばだろ。体育館横の池に、自転車屋の前、三木さんの実家の近くと……」
志貴は静かにノートに書き込んでいく。書き終えると、スマートフォンの地図を開いた。
書き出した場所に印をつけていく。
二人は黙って画面を見つめた。
志貴が腕を組む。
「……意外とばらけてるな」
「だな」
この町は海に面していて、中央を一本の川が縦に貫いている。学校やスーパーの裏の空き地はその上流側、三木の実家のそばや自転車屋は下流側にあった。
圭はしばらく地図を眺めてから、ふと顔を上げた。
「なあ、こういうのって、点と点を線で結んだら何か浮かび上がったりしない?」
「……何が」
「魔法陣とか。メッセージとか」
志貴は薄目になって圭を見た。
「ゲームのやり過ぎだ」
「いや、でもあるじゃんそういうの。都市伝説とかでさ」
「ない」
きっぱりと否定され、圭はむっと口を尖らせる。
「やってみないと分かんないだろ」
そう言って志貴からノートとペンをひったくる。スマホに表示された地図を横目で確かめながら、ノートに簡単な町の地図を書き写していった。そこに、影の出た場所を一つずつ印付ける。そして、その印同士を線で結び始めた。
ぐにゃぐにゃと線が増えていく。
紙の上でペンが迷うように動き回り、やがて圭はぴたりと手を止めた。
「……」
「……」
二人でノートを見る。
そこにあったのは、意味のない歪な図形だった。
「ただの落書きだな」
志貴が言う。圭は脱力して椅子の背にもたれた。
「くそー! 絶対なんか出ると思ったのに」
ペンを指先でくるくる回しながら、ぼやく。
だが志貴は返事をしなかった。
ノートをじっと見つめたまま、しばらく黙っている。
「……志貴?」
どうかしたのかと声をかけると、志貴はようやく顔を上げた。
それから、おもむろにスマホを手に取る。検索画面を開き、何枚か画像を切り替えたあと、一枚を圭の前に差し出した。
それは町の地図だった。
ただし、ところどころが青く塗られている。
「……これ」
圭は眉をひそめる。
「ハザードマップ?」
「正確には、過去の浸水実績図だ」
志貴はスマホをノートの横に置いた。なんとなく、さっき描いた簡単な地図と見比べる。
「……?」
何気なく見比べていた視線が、ふと止まる。
青く塗られた範囲と、ノートに描いた丸の位置が重なっている。ひとつ、ふたつ――と目で追っていくうちに、圭は息を止めた。
丸をつけた場所が、すべてその中に収まっていた。
「……全部、入ってる」
思わず呟く。
「でも、ちょっと範囲が広すぎるか」
指で画面をなぞる。青い範囲は町のあちこちに広がっていて、決して狭くはない。
志貴は否定しなかった。
「そうだな」
短く答え、それきり黙る。圭はもう一度、地図を見た。
ふと、青い範囲の中に、小さく年号が書き込まれているのに気づく。
1998。
2006。
2012。
場所ごとに、ばらばらの年。
「……これ、全部同じ年じゃないのか」
「違う」
志貴が静かに答える。
「過去数十年分の浸水実績だ」
圭は指で画面をなぞりながら、青い範囲を一つずつ追っていく。その中で、同じ年号がいくつも重なっている箇所に気づいた。
「……2025」
ぽつりと呟く。
「一年前の洪水だ」
志貴が言った。
その数字が付いた範囲は、ほかよりも明らかに広い。
この町ではこれまでも何度か洪水が起きている。だが、昨年の被害は別格だった。
「あのときは、上流と下流の二ヶ所で堤防が決壊した」
圭の視線が、その『2025』の範囲をなぞる。
広がり方が、他と明らかに違う。
「自転車屋」
志貴が指さす。
そこは『2025』の範囲だ。
「三木さんの実家のそば」
そこも。
「学校」
そこも。
すべてが、その中に収まっていた。
さっきまでの『広すぎる一致』とは違う。
これは――。
「……っ」
喉が詰まる。
偶然で済ませるには、出来すぎている。
「全部……」
圭は、ゆっくりと息を吐いた。
「一年前の洪水で、傷ついた場所だ」
志貴は何も言わない。ただ、静かに頷いた。
図書室の窓の外で、風が木を揺らす。
「……郷土資料館で町の伝承を調べたと話しただろ」
志貴は机の上で、そっと手を組んだ。
「影そのものの記述は見つからなかった。ただ――」
一度言葉を切り、視線をノートに落とす。
「三十年前にも、この町で大規模な洪水が起きている。町史と古い新聞を見たが、その後、自殺が増えたという記述があった」
圭は思わず顔を上げる。胸の奥が、わずかにざわついた。
「三木さんが言っていただろ。影を見ていた時期、消えてしまいたいと思うことがあったって」
志貴は静かに続ける。
「昨年の洪水のあとも、例年より自殺が多かったと聞いた」
短い沈黙が落ちた。
嫌な想像が、輪郭を持ちかける。
「もしかすると――」
わずかに間を置いて、志貴は言葉を継ぐ。
「影と、その手の出来事は、無関係じゃないのかもしれない」
そのまま、圭は返す言葉を見つけられなかった。
