志貴の声は静かだったが、迷いはなかった。
雨音だけが、二人のあいだに残る。
圭は志貴の肩を掴んだまま、ぐっと顔を近づけた。
「じゃあさ、やっぱり一緒に調べよう」
志貴はすぐに首を横に振る。
「お前は駄目だ」
「は?」
「これは俺が調べる」
圭は思わず声を上げた。
「なんでだよ!」
「危ないからだ」
「一人でやる方が危ないだろ!」
「俺は一人でも大丈夫だ」
確かに、そうかもしれない。
志貴はいつも冷静で、頭もいい。大抵のことはそつなくこなすし、無茶もしない。
――それでも。
圭は、志貴を一人にしたくなかった。
「そもそも、最初に調べようって言ったの、俺だぞ」
志貴は答えない。圭は肩を掴む手に力を込めた。
「……お前に何かあったら、嫌なんだ」
志貴の眉が、わずかに寄る。
「俺のことはいい。問題なのはお前だ」
「はあ?」
圭は思わず声を上げた。
「さっきだって、階段から落ちかけただろ」
志貴が低く言う。
圭は一瞬だけ言葉に詰まったが、すぐにむっと口を尖らせた。
「……じゃあ余計だろ」
「?」
「俺が一人で勝手に調べて、また転びでもしたらどうするんだよ」
志貴は何か言い返そうとしたのか、わずかに口を開く。だが言葉にならず、そのまま閉じた。
圭は勢いのまま捲し立てる。
「志貴が断っても、俺は一人で調べるからな! いいのか!? お前の見てないところで、俺がまた危ない目に遭うかもしれないぞ!」
――情けない脅し文句だ。自分でもわかっている。
志貴は何も言わない。雨粒が傘を打つ音だけが静かに響いている。
しばらくして、志貴が小さく息を吐いた。
「……無茶はするな」
圭は弾かれたように顔を上げる。
「それ、一緒に調べるってこと?」
志貴は答えず、階段を下り始める。
その背中を見て、圭は慌てて声を上げた。
「おい、待てって」
慌てて後を追うと、志貴が振り返らないまま言った。
「足元を見ろ」
「もう転ばないって!」
志貴の隣に並び、圭はその顔を覗き込む。
「志貴はあれからずっと、影のこと調べてたのか?」
「……ああ」
志貴が小さく頷く。
「郷土資料館で町の伝承に、俺たちが見た影と似たものがないか調べたり、三木さんから聞いた影を見た場所を何ヶ所か回ったり……」
「郷土資料館……」
なるほど、と圭は思う。思いつきもしなかった。だが、自分たちと同じ体験をした人が過去にいてもおかしくはない。
「――ん?」
うんうんと頷いていた圭が、ふと足を止めた。
「何ヶ所かって……三木さんが影を見た場所、この辺以外にもあったっけ?」
「お前……わざわざ聞きに行ったのに、忘れたのか?」
志貴が呆れたように言う。
「いや、覚えてるけど」
「本当か? ならどこか言ってみろ」
圭は一瞬だけ視線を泳がせ、それから足元を指した。
「……ここ」
「ここ以外を聞いてるんだ」
圭は軽く咳払いをして、気まずさをごまかすように志貴を見た。
「そういう志貴は全部覚えてるのか?」
尋ねると、志貴は無言でポケットからスマホを取り出した。指先で画面を操作し、地図アプリを開いて圭に向ける。
「三木さんが影を見た場所を保存してある」
「おお……」
思わず声が漏れる。
画面の地図には、今いる場所の他にもいくつか緑の旗のマークが立っていた。
「じゃあ、これから他の所も一緒に調べに行こう」
勢い込んで言うと、志貴は首を横に振った。
「いや、今日はやめよう」
「なんでだよ」
「雨で影が見づらいだろ。もうすぐ日も暮れる。調べるなら明日にした方がいい」
落ち着いた声だった。もっともな理由に、圭は少しだけ口を尖らせる。
「……わかった。明日な。約束だからな!」
志貴は一瞬だけ視線を落とした。
それから小さく頷く。
「……ああ」
翌日から、圭と志貴は三木が影を見たという場所を順番に回った。
スーパーの裏の空き地。
用水路の脇の細い道。
住宅街のはずれにある、小さな寺の裏。
圭は見かけた人に片っ端から声を掛けた。
「この辺で、変な影を見ませんでしたか?」
改めて考えると、かなり怪しい質問だった。
けれど、不審がられたりはしなかった。
不思議そうな顔をされたり、笑われたりはしたが、それだけだ。
「お前、よく知らない人にそんなことを聞けるな」
横で聞いていた志貴が、半ば呆れたように言う。
「だって、聞かなきゃ分からないだろ」
圭が肩をすくめると、志貴は小さく息をついた。
呆れているような、少し感心しているような顔だった。
結局――影を見たことがあるという人には、一人も会えなかった。
圭も、志貴も、その後は一度も影を見ていない。
まるで、最初からそんなものは存在していなかったように。
雨音だけが、二人のあいだに残る。
圭は志貴の肩を掴んだまま、ぐっと顔を近づけた。
「じゃあさ、やっぱり一緒に調べよう」
志貴はすぐに首を横に振る。
「お前は駄目だ」
「は?」
「これは俺が調べる」
圭は思わず声を上げた。
「なんでだよ!」
「危ないからだ」
「一人でやる方が危ないだろ!」
「俺は一人でも大丈夫だ」
確かに、そうかもしれない。
志貴はいつも冷静で、頭もいい。大抵のことはそつなくこなすし、無茶もしない。
――それでも。
圭は、志貴を一人にしたくなかった。
「そもそも、最初に調べようって言ったの、俺だぞ」
志貴は答えない。圭は肩を掴む手に力を込めた。
「……お前に何かあったら、嫌なんだ」
志貴の眉が、わずかに寄る。
「俺のことはいい。問題なのはお前だ」
「はあ?」
圭は思わず声を上げた。
「さっきだって、階段から落ちかけただろ」
志貴が低く言う。
圭は一瞬だけ言葉に詰まったが、すぐにむっと口を尖らせた。
「……じゃあ余計だろ」
「?」
「俺が一人で勝手に調べて、また転びでもしたらどうするんだよ」
志貴は何か言い返そうとしたのか、わずかに口を開く。だが言葉にならず、そのまま閉じた。
圭は勢いのまま捲し立てる。
「志貴が断っても、俺は一人で調べるからな! いいのか!? お前の見てないところで、俺がまた危ない目に遭うかもしれないぞ!」
――情けない脅し文句だ。自分でもわかっている。
志貴は何も言わない。雨粒が傘を打つ音だけが静かに響いている。
しばらくして、志貴が小さく息を吐いた。
「……無茶はするな」
圭は弾かれたように顔を上げる。
「それ、一緒に調べるってこと?」
志貴は答えず、階段を下り始める。
その背中を見て、圭は慌てて声を上げた。
「おい、待てって」
慌てて後を追うと、志貴が振り返らないまま言った。
「足元を見ろ」
「もう転ばないって!」
志貴の隣に並び、圭はその顔を覗き込む。
「志貴はあれからずっと、影のこと調べてたのか?」
「……ああ」
志貴が小さく頷く。
「郷土資料館で町の伝承に、俺たちが見た影と似たものがないか調べたり、三木さんから聞いた影を見た場所を何ヶ所か回ったり……」
「郷土資料館……」
なるほど、と圭は思う。思いつきもしなかった。だが、自分たちと同じ体験をした人が過去にいてもおかしくはない。
「――ん?」
うんうんと頷いていた圭が、ふと足を止めた。
「何ヶ所かって……三木さんが影を見た場所、この辺以外にもあったっけ?」
「お前……わざわざ聞きに行ったのに、忘れたのか?」
志貴が呆れたように言う。
「いや、覚えてるけど」
「本当か? ならどこか言ってみろ」
圭は一瞬だけ視線を泳がせ、それから足元を指した。
「……ここ」
「ここ以外を聞いてるんだ」
圭は軽く咳払いをして、気まずさをごまかすように志貴を見た。
「そういう志貴は全部覚えてるのか?」
尋ねると、志貴は無言でポケットからスマホを取り出した。指先で画面を操作し、地図アプリを開いて圭に向ける。
「三木さんが影を見た場所を保存してある」
「おお……」
思わず声が漏れる。
画面の地図には、今いる場所の他にもいくつか緑の旗のマークが立っていた。
「じゃあ、これから他の所も一緒に調べに行こう」
勢い込んで言うと、志貴は首を横に振った。
「いや、今日はやめよう」
「なんでだよ」
「雨で影が見づらいだろ。もうすぐ日も暮れる。調べるなら明日にした方がいい」
落ち着いた声だった。もっともな理由に、圭は少しだけ口を尖らせる。
「……わかった。明日な。約束だからな!」
志貴は一瞬だけ視線を落とした。
それから小さく頷く。
「……ああ」
翌日から、圭と志貴は三木が影を見たという場所を順番に回った。
スーパーの裏の空き地。
用水路の脇の細い道。
住宅街のはずれにある、小さな寺の裏。
圭は見かけた人に片っ端から声を掛けた。
「この辺で、変な影を見ませんでしたか?」
改めて考えると、かなり怪しい質問だった。
けれど、不審がられたりはしなかった。
不思議そうな顔をされたり、笑われたりはしたが、それだけだ。
「お前、よく知らない人にそんなことを聞けるな」
横で聞いていた志貴が、半ば呆れたように言う。
「だって、聞かなきゃ分からないだろ」
圭が肩をすくめると、志貴は小さく息をついた。
呆れているような、少し感心しているような顔だった。
結局――影を見たことがあるという人には、一人も会えなかった。
圭も、志貴も、その後は一度も影を見ていない。
まるで、最初からそんなものは存在していなかったように。
