きみが死ぬ夢を見たから

 翌日、圭は通学路で志貴を待ち伏せした。だが、いくら待っても志貴は現れない。遅刻ぎりぎりで登校すると、志貴の下駄箱にはすでに上履きがなく、靴が入っていた。
 いつもの道を避けたのか、それとも圭より早く家を出たのか。
 昼休みや放課後に志貴のクラスをのぞいても、なぜかいつも姿が見えない。唯一顔を合わせる体育の授業でも、圭が話しかけようとすると、志貴は先生のところへ行ったり、トイレに立ったりして、結局まともに話すことができなかった。
 三日目には、さすがの圭も気づいていた。
 ——避けられている。
 理由はわからない。ただ、影の話をしようとすると、志貴の表情がわずかに硬くなる。
 そんな日々が続く中でも、夜になると決まって夢を見た。
 濁った水。
 足元まで迫る濁流。
 その中に、志貴が立っている。
 圭は必死に手を伸ばして叫ぶ。けれど、どうしても届かない。伸ばした指先も、喉が裂けるほどの声も、志貴には届かない。
 黒い影に引きずられるようにして、志貴の体が濁流へ落ちていく。
 夢の中で、志貴の手は一度も掴めなかった。
 胸が苦しい。
 早朝、目を覚ました圭は、寝間着の胸元を掴んだまま荒い息を整えていた。
 頭の中に、如月が占いをしてくれたときのことがよみがえる。
 自らを犠牲にする覚悟。
 大きな終わり。——死神のカード。
 影のことだけじゃない。圭が毎晩見るこの夢のことも、志貴はよく知らない。だから、大丈夫だなんて言えるんだ。
 布団の中で身体を丸め、圭は俯いた。
 このままでは、何か悪いことが起きてしまう気がする。
 固く目を閉じ、ゆっくりと開ける。
 ——このままじゃ、だめだ。
 志貴が手伝ってくれなくてもいい。
 自分一人でも、あの影の謎を追おう。

 

 翌日の昼休み。圭は弁当を食べ終えると立ち上がった。机を寄せて昼食をとっていた小谷、佐山、長瀬が顔を上げる。

「お前ら、行くぞ」

 圭の声に、小谷がカレーパンを頬張ったまま尋ねた。

「どこに」
「池」
「池?」
「調べる」
「なんで」
「影」

 小谷はしばらく黙って咀嚼し、カレーパンを飲み込んだ。

「あのさ。その単語だけ並べる説明、やめてくんない?」
「つか、池ってどこ?」
「あれじゃね? 体育館裏の」

 佐山と長瀬が顔を見合わせる。
 その間に、圭はもう教室のドアを開けていた。

「人数多いほうがいいだろ」
「いや、まず理由を言えって!」
「あんま時間ないんだから、早く来いよ」
「あっ、おい! お前なあ……」

 呆れた声を背に、圭はさっさと教室を出る。結局、小谷たちもため息をつきながら後を追ってきた。体育館裏へ向かう廊下を歩きながら、圭は小さく息を吐く。
 一人で調べるより、人数がいた方がいい。視点も増えるし、効率もいい。
 ……怖いわけじゃない。
 ただ、念のためだ。


 体育館裏は、頭上から真っ直ぐに差し込む日差しのおかげで、以前来たときよりずっと明るかった。池に浮かぶ蓮の葉のあいだから、白い花がいくつも顔をのぞかせている。
 あのときは薄暗く、どこか陰鬱な雰囲気が漂っていたのに、今は吹き抜ける風すら爽やかに感じられた。

「なあ〜、調べるって何なんだよ」

 後ろからしつこく小谷の声が飛んでくる。圭はそれを無視して池の縁まで歩いた。
 恐る恐る水面を覗き込むと、揺れる水の中で自分の顔と目が合う。

「……綺麗だな」
「ナルシストごっこしたいだけなら帰るぞ」
「いや、確かに俺はイケメンだけど、そうじゃなくて」
「殴っていいか?」
「水、めっちゃ綺麗じゃないか? 学校の池って大体汚いだろ」

 言われてみれば、と小谷が水面を覗き込む。

「……確かに」

 風が吹き、蓮の葉がかすかに揺れた。水は底まで透けるほど澄んでいる。

「あ、そういえば」

 思い出したように、佐山が口を開いた。

「この池って、『死の池』って呼ばれてるらしいぞ」
「し……死の池!? なんで!?」

 圭は思わず身を引いて佐山を見た。

「この池に入った生き物は、全部死ぬんだって」

 佐山は神妙な顔で声をひそめる。その場の空気がわずかに張りつめた。

「魚でもカエルでも、ここに入れるとすぐ死ぬらしい。昔、金魚を放した奴がいたけど、翌日には全部浮いてたとか」
「それ、水質が悪いだけじゃないのか?」

 長瀬が腕を組み、首を傾げる。

「知らねえよ。でもほら」

 佐山が顎で池を示した。

「魚いないだろ。亀とかザリガニもいない。鳥も来ない」

 言われて、圭たちは改めて池を見下ろす。
 水面は驚くほど澄んでいた。水草が風に揺れ、ゆっくりと水中で揺れている。
 だが、それだけだ。魚影も、虫の気配もない。水面をついばみに来る鳥の姿も見当たらない。

「……ほんとだ」

 小谷が眉をひそめる。
 そのときだった。

「お前ら、そこで何してるんだ?」

 背後から声が飛んできた。
 振り返ると、生物教師の横山が立っていた。腕には、水の入ったバケツを抱えている。中で何かがばしゃりと跳ねた。

「横ちゃん!」
「横ちゃんじゃなくて、『横山先生』だ」

 横山はため息をつく。

「はいはい。で、横ちゃん、それ何?」
「だから横ちゃんじゃないっての」

 呆れたように言いながら、横山はバケツを少し持ち上げて見せた。

「鯉だよ。今日からこの池で飼おうと思ってな」

 一瞬、全員が固まる。

「駄目だって! ここ入れたら死ぬって!」