やがて如月は、扇状に広げたカードを卓上に置き、志貴へと視線を向けた。
「この中から、三枚。直感で引いてください」
促され、志貴が黙って手を伸ばす。指先が一瞬だけ空中で止まり――迷いなく、三枚を抜き取った。それを受け取った如月が、卓の中央へ静かに並べる。
「左から順に、過去、現在、そして未来を示します」
室内が、しんと静まる。如月は一枚目に指をかけ、ゆっくりとめくった。
「過去――隠者、逆位置」
ローブを纏った老人が、ランタンを掲げて暗闇を歩いている。逆さに映るその灯火は、どこか心許ない。
如月はカードを見つめたまま、淡々と告げる。
「孤立。導きを拒む。……あるいは、自ら灯りを隠している状態」
細い目が、ゆっくりと志貴へ向けられた。
「あなたは、誰かを巻き込まないために沈黙している。……ですが、その沈黙は、あなた一人で抱えるには重すぎる」
志貴の顔が、わずかに強張った。
『俺と関わらないほうがいい』
あの夜に告げられた言葉が、唐突に脳裏をよぎる。
圭は思わず、その横顔を見つめた。
――志貴は、何かを隠している?
胸の奥に、不安がじわりと広がる。
だが如月は、二人の間に走った空気など意に介さぬように、静かに視線を落とした。
中央のカードへ、指をかける。
「現在――吊るされた男、正位置」
逆さに吊られた男は、静かに目を閉じている。
その表情には、不思議と苦悶よりも受容が滲んでいた。
「動けない状態。自らを犠牲にする覚悟。……ですが」
如月の短く切り揃えられた爪が、絵柄の縁をコツ、と叩く。
「これは報いではない。――『選択』の途中です」
淡々とした声。だがその言葉は、重く落ちた。
そして、最後の一枚。室内の空気が、わずかに張り詰める。如月の細く白い指が、そっとカードの端にかかった。
ためらいなく、それが捲られる。
「未来――死神、正位置」
空気が、ひやりと沈んだ。
「大きな終わり。強制的な断絶」
圭は思わず息を呑む。
だが如月は、志貴から目を逸らさない。
「これは『死』そのものとは限りません」
白い指先が、死神のカードをゆっくりとなぞる。
「ですが――今のままでは、何かが確実に終わる」
静かな声だった。
それでも、その言葉は容赦がない。
「あなたが抱えたままのもの。あなたが断とうとしているもの。……それが形を持ち、あなた自身を削っている可能性があります」
圭の背筋を、冷たいものが走る。
志貴は何も言わない。その沈黙が、やけに重く感じる。
「ただし、未来は固定ではありません。自ら断ち切るなら、それは『再生』に転じる」
如月の声が、ふっと和らぐ。
唇にかすかな笑みを浮かべながら、死神のカードをわずかに傾けた。
骸骨の騎士が、進路を変えるかのように。
「問題は――何を終わらせるべきか、です」
その問いは志貴へ向けられている。……はずなのに。
なぜか圭の胸の奥が、ひどくざわついた。
「結局、あなたに何かが憑いているのかどうかまでは、分かりませんでした。申し訳ありません」
如月は肩をすくめる。
「これは父の受け売りなのですが……幽霊や怪異といったものは、精神的に弱っている人に現れやすいそうです」
「…………」
圭はそっと隣をうかがった。志貴の横顔は静かで、何も読み取れない。
昔から志貴は、周囲に「何を考えているのか分からない」と言われがちだった。
けれど圭には、分かっていた。志貴のことなら、何でも分かると思っていた。
それなのに――今は分からない。志貴が隠していることも、その考えも。
一年間の空白が、二人の間に見えない溝を刻んでしまったような気がして、圭はそっと拳を握りしめた。
「まあまあ、そんなに暗い顔をしないで。要は気の持ちようということですよ。あまり思い詰めず、むしろ自分たちが怪異を捕まえてやる! くらいの気持ちでいてはどうでしょう?」
にこりと笑う如月に、圭は顔を上げる。
「怪異って捕まえられるものなのか?」
「さあ? 聞いたことはないですが」
あっさりと返され、圭はがくりと肩を落とした。
「占いは以上です。少しは役に立つといいのですが」
「あ……ありがとうございました」
タロットカードを片付ける如月に、慌てて頭を下げる。隣で志貴も小さく会釈した。
「お礼なんていいんですよ。あ、そうだ。占い料金は一回五百円で――」
「子どもから金を取ろうとするな」
すかさず立石の拳が、如月の頭を軽く小突いた。
こつん、と鈍い音がする。
「いたっ。冗談ですよ、冗談」
本気なのかどうか分からない顔で、如月は頭を押さえる。
……大丈夫か、この神主。
圭は半眼になりながら、こっそりため息をついた。
「この中から、三枚。直感で引いてください」
促され、志貴が黙って手を伸ばす。指先が一瞬だけ空中で止まり――迷いなく、三枚を抜き取った。それを受け取った如月が、卓の中央へ静かに並べる。
「左から順に、過去、現在、そして未来を示します」
室内が、しんと静まる。如月は一枚目に指をかけ、ゆっくりとめくった。
「過去――隠者、逆位置」
ローブを纏った老人が、ランタンを掲げて暗闇を歩いている。逆さに映るその灯火は、どこか心許ない。
如月はカードを見つめたまま、淡々と告げる。
「孤立。導きを拒む。……あるいは、自ら灯りを隠している状態」
細い目が、ゆっくりと志貴へ向けられた。
「あなたは、誰かを巻き込まないために沈黙している。……ですが、その沈黙は、あなた一人で抱えるには重すぎる」
志貴の顔が、わずかに強張った。
『俺と関わらないほうがいい』
あの夜に告げられた言葉が、唐突に脳裏をよぎる。
圭は思わず、その横顔を見つめた。
――志貴は、何かを隠している?
胸の奥に、不安がじわりと広がる。
だが如月は、二人の間に走った空気など意に介さぬように、静かに視線を落とした。
中央のカードへ、指をかける。
「現在――吊るされた男、正位置」
逆さに吊られた男は、静かに目を閉じている。
その表情には、不思議と苦悶よりも受容が滲んでいた。
「動けない状態。自らを犠牲にする覚悟。……ですが」
如月の短く切り揃えられた爪が、絵柄の縁をコツ、と叩く。
「これは報いではない。――『選択』の途中です」
淡々とした声。だがその言葉は、重く落ちた。
そして、最後の一枚。室内の空気が、わずかに張り詰める。如月の細く白い指が、そっとカードの端にかかった。
ためらいなく、それが捲られる。
「未来――死神、正位置」
空気が、ひやりと沈んだ。
「大きな終わり。強制的な断絶」
圭は思わず息を呑む。
だが如月は、志貴から目を逸らさない。
「これは『死』そのものとは限りません」
白い指先が、死神のカードをゆっくりとなぞる。
「ですが――今のままでは、何かが確実に終わる」
静かな声だった。
それでも、その言葉は容赦がない。
「あなたが抱えたままのもの。あなたが断とうとしているもの。……それが形を持ち、あなた自身を削っている可能性があります」
圭の背筋を、冷たいものが走る。
志貴は何も言わない。その沈黙が、やけに重く感じる。
「ただし、未来は固定ではありません。自ら断ち切るなら、それは『再生』に転じる」
如月の声が、ふっと和らぐ。
唇にかすかな笑みを浮かべながら、死神のカードをわずかに傾けた。
骸骨の騎士が、進路を変えるかのように。
「問題は――何を終わらせるべきか、です」
その問いは志貴へ向けられている。……はずなのに。
なぜか圭の胸の奥が、ひどくざわついた。
「結局、あなたに何かが憑いているのかどうかまでは、分かりませんでした。申し訳ありません」
如月は肩をすくめる。
「これは父の受け売りなのですが……幽霊や怪異といったものは、精神的に弱っている人に現れやすいそうです」
「…………」
圭はそっと隣をうかがった。志貴の横顔は静かで、何も読み取れない。
昔から志貴は、周囲に「何を考えているのか分からない」と言われがちだった。
けれど圭には、分かっていた。志貴のことなら、何でも分かると思っていた。
それなのに――今は分からない。志貴が隠していることも、その考えも。
一年間の空白が、二人の間に見えない溝を刻んでしまったような気がして、圭はそっと拳を握りしめた。
「まあまあ、そんなに暗い顔をしないで。要は気の持ちようということですよ。あまり思い詰めず、むしろ自分たちが怪異を捕まえてやる! くらいの気持ちでいてはどうでしょう?」
にこりと笑う如月に、圭は顔を上げる。
「怪異って捕まえられるものなのか?」
「さあ? 聞いたことはないですが」
あっさりと返され、圭はがくりと肩を落とした。
「占いは以上です。少しは役に立つといいのですが」
「あ……ありがとうございました」
タロットカードを片付ける如月に、慌てて頭を下げる。隣で志貴も小さく会釈した。
「お礼なんていいんですよ。あ、そうだ。占い料金は一回五百円で――」
「子どもから金を取ろうとするな」
すかさず立石の拳が、如月の頭を軽く小突いた。
こつん、と鈍い音がする。
「いたっ。冗談ですよ、冗談」
本気なのかどうか分からない顔で、如月は頭を押さえる。
……大丈夫か、この神主。
圭は半眼になりながら、こっそりため息をついた。
