孕みの濁-ハラミノダク-


    ◆

 病院に到着した俺たちは、受付で患者名を伝えて面会の許可を得てから病室に向かった。三階にある林田さんの病室は八人部屋で、一番奥のベッドが林田さんだ。俺と優雨は同室の人たちに気を遣いながら静かに奥へと進んだ。

「お、来たか」

 ベッドの上で上体を起こしていた林田さんは、俺たちを見て笑顔を見せる。片腕と片脚に巻かれた太いギプスが痛々しい。
 林田さんのベッドの傍には若い女性が立っている。派手目な女性は俺たちをじろじろ見てくると、林田さんに顔を向けて言った。

「この子たちが鷹久の命の恩人?」

「どっちかだな」

 林田さんは俺と優雨の顔を交互に見て「どっちが小瀬川友咲?」と言った。俺は軽く手をあげて「俺です」と答える。

「隣の奴は?」

「同級生で友達の」

「初めまして。水原優雨です」

 優雨はにこりと軽く笑って挨拶した。
 林田さんは「ふうん」とどうでも良さそうな顔をして「タイプ真逆じゃん」と言った。彼も優雨の偽った外見だけを見て騙されている。

林田鷹久(はやしだたかひさ)、歳は二十六。まぁよろしく」

 林田さんは次いで女性に目を向けた。

「こいつは俺の恋人の麻里香(まりか)

「初めまして〜」

 彼女さんは気さくな笑顔を浮かべたあと、スマホの画面を見て「やばい待ち合わせ過ぎちゃう」と呟いた。林田さんは俺たちの方を見て「これから友達と飯なんだと」と聞いてもない情報をくれる。

「あたし行くね。また来るよ」

「おー。気をつけてな」

 彼女さんは病室から出ていった。
 林田さんは俺に「カーテン閉めてくれ」と言った。言われた通りベッドの仕切りカーテンを閉める。狭い空間で改めて林田さんは俺を見ると、眉間に皺を寄せて言った。

「ダチ連れて来るって聞いてねぇけど。まぁ一人で来いって言わなかった俺も悪いけど」

「あー、すみません」

 俺は謝罪して愛想笑いを浮かべる。隣にいる優雨は何も言わない。この場の対応はすべて俺に任せる気なんだろう。

「ま、いいけど。そんじゃあさっそく、あの空き家で体験したことをぜんぶ話してくれよ」

 説明を求められた俺は、声のボリュームを少しおさえて話した。様子がおかしくなった妹を追いかけて空き家に侵入したこと。部屋に響く赤ん坊の泣き声。二階の窓から部屋の中を覗き込む巨大な赤ん坊。そして黒い影に襲われて意識を失ったこと。
 林田さんは険しい顔つきで俺の話を聞いていた。そして俺が話し終えるとすぐに口を開く。

「俺は一階の和室で赤ん坊の泣き声を聞いたよ。その直後に後ろから正体不明の〝何か〟に思いっきり脚を蹴られて、そのあとも間髪入れずに腕をやられた。そのまま意識もぶっ飛んで気がついたら病院のベッドの上。腕と脚を片方ずつ骨折したってわけ」

 林田さんは「全治三ヶ月」とため息混じりに呟いた。

「林田さんは、どこであの家の情報を知ったんですか?」

「ユーチューブ。つっても最近のじゃなくて2012年に投稿されてた動画だよ」

「されてたって、もう観れないんですか?」

「削除されてる。2012年の二月から四月のたった二ヶ月でな。再生回数は五千もいってなかった。その当時は空き家じゃなくて借家だったな」

 林田さんは「消される数日前にも動画観てたから覚えてる」と言って更に続けた。

「俺さ、ユーチューブでホラー系チャンネルを開設しようと思ってたんだ。今さら名の知れた心霊スポットの廃墟動画なんてつまんねーし、一発目の動画は無名の廃墟で制作しようと思ってな。その時、昔観たその動画のことを思い出したんだよ。他の動画サイトでもアップされてないかチェックしたけど、結局見つからなかったんだよな」

「その動画を見ていたから、空き家の場所が分かったんですね」

「いや、撮影者は『神奈川県のとある地域に来てる』としか言ってなかったし、詳しい場所の情報も載せてなかった。まぁでも動画内の風景とかあの家の特徴で探しまくったら、奇跡的に場所を特定できたんだよ」

 林田さんは体勢が疲れたのか、枕を背もたれ代わりにする。

「動画内では、撮影者が道端で声をかけた男性にインタビューしてたんだけど、そのインタビューを受けた男性がたまたま出会った人にしてはまぁまぁ詳しく喋るからさ、やらせみたく感じたのを覚えてる。まぁそれはどうでもいいとして。その男性の話だと、あの家に幽霊が出る噂が広がったのは、一人で借りて住んでいたサラリーマンが退去時に言い残した言葉が原因だったんだと」

 林田さんは宙を見つめると、思い出すような目をする。

「サラリーマンは一週間ほどしか住んでなかった。退去時には、たくさんの赤ん坊の泣き声がする、それからお前と同じように、あの家で巨大な赤ん坊を見たとも言ってたらしいぜ」

 俺は顔を固くして息を呑んだ。隣の優雨は何も言わない。林田さんは真剣な目をして俺を見た。

「実はさ、俺、あの家に侵入したの、今回で二回目なんだよ」

「え、そうなんですか」

 驚いた俺に頷いた林田さんは、深刻な顔つきになっていた。

「一回目は四月二十七日の夜。で、そん時にも妙な体験した。お前と同じように赤ん坊の泣き声を聞いて、その一回目の時に、姿ははっきり見えなかったけど、たぶん女の幽霊に襲われたんだよ。気絶して目を覚ましたあと慌てて逃げ帰ってさ……で、その日の夜から急に体調が悪くなったんだ。特に腹の調子が悪くて、下痢の時と違う痛みっつーか。あと、腰がだる重い感じもする」

 わかる、と俺は内心思って頷いた。そんな俺を見た林田さんは分かってくれる人がいて嬉しかったのか、どこか安心したように緩く笑った。

「あとそれと、不気味な夢を見るようになったな」

「不気味な夢?」

「あの家で襲いかかってきた女が夢に出てくるんだよ。〝ハラミマシタ〟とかなんとか言ってさ。夢じゃなくて現実かもしれねーけど、目が覚めたら朝になってる」

 同じだ。俺と。

「あの家が原因だろうと思って、あの日はそれを確かめに行ってたんだ。もう一度中に入って、そしたら、こんな大事になっちまってさ……」

 林田さんはそこで無言になって俯いた。
 すぐに頭の整理がつかなかった俺は、他に何を聞くべきか考えた。その時突然、林田さんがぽつりと呟く。

「のうがわさん」

 その言葉に俺はハッとした。

「え?」

 思わず硬い声が口から漏れた。今まで忘れていたけど、心もその言葉を口にしていたのを思い出す。
 林田さんは顔を上げると、なぜか怪訝な顔をして「なんだよ?」と言ってきた。

「いや、今、のうがわさんって言いましたよね?」

「のうがわさん?」

 言った本人はなぜか首をかしげている。俺は自分の耳がおかしくなったのかと不安になって、隣にいる優雨を見た。俺と目が合った優雨はやれやれと肩を落とし、林田さんに向けて言った。

「僕も聞きましたよ」

「……」

 林田さんはしばらく黙り込むと、ぼんやりとした表情で天井を見上げる。

「あぁ、のうがわさん、な」

 そして話す。

「動画内でも出てた言葉だな。何だったかなぁ。不審者とか、なんか、他にもいろいろ言ってたんだけど……駄目だ、思い出せねぇ」

 林田さんは急に歯切れの悪い言い方をして、顔をしかめている。

「それ、人の名前なんですか?」

「たぶん。つかお前もさ、気をつけろよ」

「はい?」

 唐突な台詞に思わず聞き返すと、林田さんは沈鬱な面持ちで言った。

「俺らは呪われてる可能性が高い。俺はもうあの家に関わらねぇ。お前も、あの家には近寄らない方がいいぜ」

「……」

 俺は何とも言えない気持ちになって黙り込んだ。



 病室を出た俺と優雨はエレベーターに向かって歩き出す。
 2012年に消されたという動画についてもっと詳しく聞きたかったのに、林田さんは「これ以上は思い出せねぇわ」と急に面倒くさそうな態度になってしまい、俺は「じゃあ何か少しでも思い出したら連絡ください」と言うしかなかった。

「ほらな優雨。これで俺が言ってることが夢でも何でもなく本当だったって分かっただろ」

「ハイハイそうだな」

 関心があるのかないのか分からない態度の優雨に、俺は真剣な顔を向けて言った。

「原因解明に繋がったのかは微妙なところだけど、今気持ちが固まったぜ」

「なんの」

「幽霊相手に素人がどうこう出来るわけないしな。ちゃんとお祓いに行ってくるわ」

「お前の体調不良は霊障だって言いたいのかよ」

「優雨、さっきの話ちゃんと聞いてたか? もう霊障で確定だろこんなもん」

 優雨は怪訝な顔をして俺を見る。林田さんの話を聞いてもまだ信じられないようだ。

「心もさ、あの家で、のうがわさんって言葉を口にしてたんだよ」

「心ちゃんが?」

「ああ。本人はぜんぜん覚えてねぇみたいだけど。他にもなんか……はらみにきた、とか言ってたっけな。林田さんも同じような言葉をさっき口にしてただろ」

 優雨はますます眉を寄せた。エレベーターの前まで来て、ボタンを押して並んで待つ。

「あの時の心はマジで言動がおかしかったんだ」

「けど今はなんともねぇんだろ?」

「あぁ、いつも通り元気だな。心より俺の方がダメージ受けて、――っ」

 急にめまいを起こしてふらついた俺の体を、隣にいた優雨が慌てて支えてくれた。

「おい、大丈夫かよ」

「やべぇ、急にくらっときた……」

 今日は比較的体調が良かったのになぁ、と思いながら、自分の力で立ってへらりと笑う。

「悪りぃ、もう平気」

「お前もこの調子だし、おごりのラーメンはしばらくお預けだな」

 優雨はやれやれとため息をつく。
 到着したエレベーターに乗り、俺たちは病院を出て帰宅の途についた。


    ◇

 静かな夜だった。
 大部屋の病室も、すぐ横の窓外も静まり返っている。


 ぉぎゃァ……


 微かな泣き声が遠くの方から聞こえてきた。
 不快に感じてぎゅっと眉を寄せながら、寝返りを打って仰向けになる。

 ぉぎゃァ

 ぉぎゃァ

 泣き声は徐々に鮮明になる。
 それでも目が開けられない。とにかく眠くて、このまま無視して再び意識を眠りの底に沈めようとした。


 おぎゃあっ


 すぐ近くで赤ん坊が泣いた。
 瞬間、強い衝撃が腹部を襲った。

「かっ――」

 短い悲鳴を吐き出した口から舌が飛び出る。
 ドスッ、ドスッ、ドスッと、殴られ続ける衝撃と圧迫感。体がベッドに沈んでは浮き上がる。ベッドが壊れるんじゃないかというくらい軋んだ音が響いているのに、この異常事態に誰も気付いてくれない。
 腹が凹むんじゃないかという勢いで殴られ続ける。あまりの痛みに目を開けると、俺の顔を上から覗き込む黒い影があった。

 着物姿の女がいた。
 俺の顔を真顔でじぃっと見つめている。


「ハラメマセンデシタ」


 女が低い声で、どこか哀しそうに言った。
 前までは『ハラミマシタ』と言っていたのに、今度はそう口にした。

「タイジヲ、カエシテモライマス」


 タイジ……たいじ……――――胎児、か?


 おぎゃあっ

 おぎゃあっ


 ドスッ、ドスッ、ドスッ!


 衝撃は一定のリズムで繰り返される。ベッドが軋む音と、たくさんの赤ん坊の泣き声しか聞こえない。
 俺はぼんやりする意識の中で思う。
 やっぱりだめだった。
 除霊を受けても、この呪いを解くことはできなかった。

「ゴホッ、!」

 口の中が血の味でいっぱいになる。
 胃が、内臓が、潰れて、
 肋骨が、折れたかもしれない。

「ごほっ! おえッ……!」

 血が口から溢れ出した。腹が痛過ぎて呼吸ができない。
 殺される。
 あの家に関わったせいだ。
 殺される。殺される殺される殺される、
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い、
 苦しい苦しい苦しいぃいぃぃ、
 

 グチャッッ


 腹が完全に破壊された。
 その衝撃を最期に、意識がブツンと途切れた。



    ◆

 五月十六日、金曜日。

 放課後、俺は生徒会室にいた。今日の集まりはないと聞いていたから、簡素な部屋には俺と優雨しかいない。優雨は部屋の中央に置かれた長テーブルとはまた別の、窓際にある、会長専用の机の椅子に座っていた。
 来て早々長テーブルに突っ伏した俺に向かって、優雨が鬱陶しそうに声をかけてくる。

「友咲。体調悪いならさっさと帰って休め」

「ゔぁ〜、わかってんだけど……」

 体調不良は続いていた。腹の具合はもちろん、熱っぽい怠さもある。
 自室で起こった恐怖体験以降は特に何も起きてはいない。けれど昨夜は妙な夢を見た。暗くて寒い洞窟のような場所を一人で彷徨い続ける夢だ。どこからか赤ん坊の泣き声も聞こえてきて、物凄く不気味で心細かったのを覚えている。

「俺に何か用でもあるのかよ」

 優雨は手元の書類を片付ける作業を止めて、めんどくさそうな顔をしていた。俺はのろのろと上半身を起こして口を開く。

「あのよぉ、聞いて欲しい話があるんだけど」

「またどこかに付き合えってんなら断固拒否する」

「ちげえって。話だよ。俺が体験した怖い話を聞いてほしいんだ」

 優雨は返事もなく手元の作業に戻ってしまう。俺は気にせず、窓に浮かんでいた女の顔のことを話した。その間、優雨は相槌を打つことも視線を上げることもなかったが、話終わると同時に口を開いた。

「〝ぶじにはらみました〟と、その女は言ったのか」

「おう」

「心ちゃんも、〝はらみにきた〟とか言っていたんだよな?」

「おう」

「はらむっつーのは、お腹に子供を宿すって意味の孕むか?」

「まぁ、多分、そうなんじゃねーの?」

 優雨がやっと顔を上げる。俺たちは互いを見つめて、なんじゃそりゃ、と顔をしかめた。俺は頬杖をついて何となく思ったことを口にする。

「〝ぶじにはらみました〟ってセリフが、何か呪いに関係してんのかな」

「そのままの意味に捉えてみろ」

「そのままの意味?」

「無事にお腹に子供を宿したって意味なら、〝子供を孕む呪い〟なんじゃねぇか」

「え? 俺妊娠してんの? どうしようパパ」

「誰がパパだ」

 冗談を言って笑う俺を、優雨がイラッとした顔で睨んでくる。

「優雨が奇抜な冗談言うからだろ」

「真面目に聞いてやった俺がバカだった……」

 優雨は額をおさえてハァーと深いため息をつくと、駄菓子屋なんかで売っているザラメがついた三角の棒付きキャンディを取り出した。三色のうち緑色の方を選んでガリガリ噛む。

「こういうのってさ、お祓いに行ったら何の呪いか分かったりすんのかな?」

「知るかよ。何でもいいからさっさと治してこい。そんな調子だと勉強に支障が出るぞ」

 優雨は白い棒を咥えたまま険しい顔になって「痩せただろ、お前」と呟いた。
 言われた通り痩せた。体重は測っていないけどベルトの穴が一つ分変わっている。ほぼ毎日のように食べていた辛い料理も、今は全く食べたい気持ちにならない。

「お祓いが可能な神社や寺をいくつか調べてみたけど、いい料金すんだな。高校生にはちょっとキツい額」

「お前去年バイトしてたし出せないわけじゃねぇだろ」

「まぁな。けど俺の場合はお祓いじゃなくて除霊になるだろうし、そうなると三万くらいすると思うんだよ」

「出し渋ってる余裕があるなら心配いらねーな」

 もう話は終わりだ帰れ、とでも言うように優雨は椅子を回して背中を向けてしまった。
 その時、俺のスマホが鳴った。誰からだろうと確認すると、電話番号に見覚えがある。

「あ、林田さんからだ」

 俺の呟きを聞いた優雨が振り向いたのを視界の端でとらえながら、林田さんが何か思い出したのかもしれないと、急いで電話に出る。

「もしもし、友咲です」

『……えっと私、鷹久の恋人の麻里香だけど』

 なぜか林田さんの彼女さんだった。
 声に元気がない。加えて涙声だ。まだ何も知らされていないのに、なんだか嫌な予感がした。

「えと、何かあったんですか?」

『………鷹久が死んだの』

 たっぷりの間を開けて、彼女さんは声を絞り出すように言った。俺は言葉を失う。彼女さんは涙で濡れた声で話す。

『今朝、鷹久の家族から連絡もらったの。同室の人が目覚めてすぐ異臭に気づいて仕切りカーテンを開けたら……潰れたお腹と、口元を真っ赤に染めて、仰向けの状態で、死んでたんだって……っ』

 ベッドの上で死んでいる林田さんを想像して、ぞっと背筋が震えた。

『そんな状態で殺されてるのに、同室の人が誰も犯人に気づかなかったっておかしいよね。警察は殺人事件として捜査してるけど、同室の人たちを疑ってると思う』

 そう話した彼女さんの声には怒りが滲んでいた。俺は戸惑いながら言う。

「あの、どうして俺に連絡してくれたんですか?」

『え? あー……なんでだろ。鷹久の命の恩人だし、昨日だって病院まで来てくれたでしょ。だから連絡しなきゃって思って、勝手に鷹久のスマホ使っちゃった。別に私から知らせなくても良かったのにね』

 なんかごめんね、と彼女さんは困った声を響かせた。俺は「いえそんな」と呟いただけで、気の利いた言葉が言えない。
 昨日会って話した人が死んだ。そんな現実が胸に重くのしかかる。脱力感を感じながら通話を終えた俺に、優雨が「誰からだ?」と訊いてきた。

「林田さんの彼女から。林田さんが今朝、病院で亡くなったって……」

 優雨が目を見開く。

「亡くなった? 昨日あんなに元気だっただろ」

「殺人事件だって。病室のベッドの上で、腹が潰れて死んでたって」

「犯人は捕まったのか?」

「いや……。同室の人たちは全く異変に気づかなかったらしい」

「あの狭い空間で人が悲惨な殺され方してんのに誰も気づかないのかよ」

 優雨はキャンディの棒をタバコみたいに咥えたまま顔をしかめた。室内が重い空気に満ちる中、俺は不安を口にする。

「林田さんが死んだのは、呪いのせいかも」

「はあ?」

「女の幽霊に襲われたって言ってたし、また林田さんを襲いにきた幽霊に殺されたんだよきっと」

 優雨が思いっきり顔をしかめた。俺はそんな優雨に真剣な眼差しを向ける。

「だって腹を潰されて死んでたんだぞ。そんなことされてんのに、同室の奴らが誰も犯人に気づいてねぇのもおかしいだろ」

「同室の誰かが犯人の可能性もある」

「八人部屋のベッドはぜんぶ埋まってたよな。じゃあ七人のうちの誰かが犯人だ。だとしても腹を潰すなんて大掛かりな殺し方してたら誰かに気づかれる可能性は高い。全員が共犯者なら出来なくはねぇけど、そんなん現実的じゃねーし、赤の他人がたまたま同室になった林田さんを殺す理由もないだろ」

「なら、呪いや幽霊が人を殺すのはどうなんだ? 殺人鬼の幽霊の方が非現実的じゃねぇか」

「っ、それは……」

 俺は言葉を詰まらせて、それでも語気を強めて言った。

「仮にだぞ、優雨。呪いが原因だとしたら、俺は俺自身のことだけ心配してる場合じゃなくなるんだよ。あの空き家に侵入している心にも呪いの影響が出るかもしれない。その可能性はなくはないだろ」

 心にも危険が及ぶと聞くと、優雨の顔に動揺が浮かんだ。
 俺は必死になっていた。自分でも呪いとか馬鹿馬鹿しいと思う。けどこれまでに体験した恐怖を思うと軽視はできない。俺は手元のスマホを睨むように見つめる。

「金を出し渋ってる場合じゃねぇよ。急いで除霊してもらえるとこ探さねぇと」

「待て、落ち着け友咲。まずは病院に行ってちゃんと検査を受けろ。それで何も異常がなかったら除霊の出番だ」

 優雨に止められて、まぁそれもそうか、と俺はちょっと冷静になれた。帰ったら親に体調がよくないことをちゃんと話して、病院に連れて行ってもらおう。
 そう判断した俺は鞄を持ち上げると、優雨に礼を言ってその場を後にした。