前世あやかし狐だった私は、恋人だった晴明様を思い出せない

 部屋の中へ戻ると、おばあさんをソファーへ寝かせて包丁を台所の引出しにしまった。

「目を覚ましたら、ある程度は正気に戻っているだろう」

 おばあさんを見ながら、野上君はそう言った。

「おばあさんは、操られていただけなんだよね?」

 私が聞くと、野上君は俯いて首を横に振っていた。

「人間が普段持っている『()』の感情を最大限に増幅し、助長させたんだ。記憶だってあるし、罪悪感もあるだろう」

「そんな……」

「普段、人間が抱いている感情は綺麗なものばかりじゃない。彼らは人に取り憑き、心に寄り添い、理性という『(かせ)』を外してしまう──残念だが、罪は償わなければならない」

 野上君は悔しそうに言うと、顔を強ばらせていた。

「そっか、そうだよね」

 そんな話をしていると、本庁の刑事さん達がやってきた。

 開けっ放しの玄関から入ってきた刑事さん達は、『何故お前たちがここにいる』という顔をしていたが、ソファーに寝ているおばあさんを見つけると困惑していた。

 青木刑事の他に、事情聴取を受けた時にいた背の高い刑事もいた。背の高い刑事は廣田さんというらしい。

「高速で渋滞に巻き込まれたんだ。到着が遅れてすまない。もしかして間に合わなかったのか?」

「いえ。来ていただけて、良かったです」

 私は事の顛末を話すと、門田さんが見つからなかった話をする。

「ガセネタだったんじゃねぇの?」

 青木さんが、嫌そうな顔をして私に聞いてきた。

「そうだといいのですが……」

 私はそう言いながら、門田さんがどこにいるのか考えていた……。廣田さんが小声で青木さんに「おい」と言っている声が聞こえる。

(おばあさんは、何で襲ってきたのだろうか? 私を恨んでいる? 違う気がする。そもそも、殺されたって誰にも聞いてないけれど、決定事項みたいね)

「あの、すみません。田辺さんは、やっぱり殺されたのでしょうか?」

「え?」

「……」

「ここまで来たら、あんたらには話すけれど極秘事項だ。田辺さんは、殺された可能性が高い。抵抗した、吉川線がある。ただ、二回締めた跡があるから、二度殺されたのか、殺されかけたのかもしれない」

「二回殺された?」

 全く意味が分からなかったのに、更に訳が分からなくなってしまった。

「あー、えーとだな。田辺優希は真面目な大学生だったと聞いているが、家ではかなりDVが酷かったらしいぞ」

「えっ? そんなの、門田さんから聞いてませんけど?」

 そこまで言って、田辺さんという人物像が、門田さんから聞いた話がほとんどだったという事を思い出した。それと同時に、青木さんの言う事が本当ならば、門田さんの話は信じるべきか、よく分からないなと思ってしまう。

 DVをするような彼氏と、付き合っていたのだろうか──色々と考えをめぐらせていると、いつの間にかおばあさんが目を覚ましていた。

 私は野上君に腕を引っ張られて、何事かと振り返った。すると、野上君は小声で「空き地だ」と言った──田辺さんが見つかった空き地に、門田さんがいるのだろうか。

 刑事二人は、目が覚めたばかりのおばあさんに気をとられている。

「青木さん、廣田さん。すみません、近くに門田さんがいないか探してきます」

 そう言って野上君と一緒に家を出ると、走って空き地へ向かった。空は曇っており、今にも雨が降りだしそうだった。