前世あやかし狐だった私は、恋人だった晴明様を思い出せない

「か、上川先輩。今日はオカ研はないと聞いてましたが、違いましたか?」

「ごめん、邪魔しちゃって。今日はサークル活動はないよ。ここへは、日誌を取りに来たんだ──先生へ提出する活動報告書を置き忘れてしまってね」

 先輩はいつも通りだったが、テーブルの上にある雑誌を見つけると表情を強ばらせた。

「その雑誌、どうしたの? 君達には、必要ないよね?」

 上川先輩の声のトーンがいつもと違うように聞こえて焦った私は、咄嗟に手に持っていたノートをさりげなく雑誌の上へ置いた。

「家にあったんですが、野上君が興味があるって言うんで、持ってきたんです」

 ごめん、野上君。引き合いに出しちゃって──我ながら苦しい言い訳だわ。野上君を見れば、いつも通りの涼しい顔をしていた。

「そうなんだ。野上君、この間も言ったかもしれないけど、君さえ良ければ、いつでも見学に来てくれて構わないからね。歓迎するよ」

 上川先輩は野上君の方を見て、微笑んでいた。全く嫌みのない、爽やかな笑顔だ。

「ありがとうございます。考えておきます」

 野上君がそう言うと、上川先輩はいつも通り無駄のない動きで去っていった。

「あー、焦ったあ」

 ドアが閉まって足音が遠ざかると、野上君が溜め息を漏らすように言った。私も全身の毛穴から一気に汗が吹き出すのを感じていた──思った以上に、緊張していたのだろう。

「ねえ、結愛。上川先輩、明らかに青ざめてたよね。怪しくない?」

「うん、私も怪しいと思う。この雑誌に隠されていた名前を見た後だからじゃない──きっと、何かあるわ」

「それで? これから、どうするの? 拾ってきた雑誌のページに名前がありました。って、警察へ事情を説明しに行く?」

 野上君が私達の話を聞いて、そう言っていた。けれど、警察へ話すには不確定要素が多すぎて、話せる内容でもないと思った。何より、確実な証拠がない。門田さんが田辺さんからもらったという手紙もないのだ。でっち上げと言われても、仕方がない状況だった。

 ――ドン、ドン、ドン、ドン

 しばらくすると、ドアを思いきり叩くような音が聞こえた。

「な、何?」

 異常事態を感じ、私達三人はその場でドアの方向を見ながら動けずに固まっていた。音が聞こえなくなると、何かを叩きつけるような音が一度聞こえて、足音が遠ざかっていく――廊下へ出て確認してみようとしたが、ドアが開かないことに気がついた。

「あれ?」

「どうしたの? 結愛」

「玲奈、このドアって外側からカギを掛けたら、空かないんだっけ?」

「そんなはずないと思うけど? 鍵は掛かってても、ドアノブを強くひねれば、開くはずよ」

 玲奈が首を傾げてこちらを見ていたが、ドアの所まで来て代わりに開けようとしていた。

「やられたな。たぶん、気がついたんだ。本棚か何か大きい物を置いて、入口を塞いだんだろう。逃げたって捕まるだろうに」

「逃亡の時間稼ぎかもしれないわ。玲奈! 先生へ連絡を」

「オッケー」

 玲奈は頷くと窓側へ行き、電話をかけていた。野上君が私の傍へ来て言った。

(しき)から、連絡があった。門田さんが見つかったって」

 床に落ちていた細長い紙切れを拾うと、野上君は小声で私にそう言ったのだった。