夢で出てきた変なババアを調べてみた結果

 何度もインターネットで見ている内に、行ってみたいという気持ちを抑えられなくなった。
 私は、休暇を利用して現地に行くことにした。
 もちろん、母には内緒で。
 新聞記事を気持ち悪いと捨てるほど怖がっている人に、わざわざ言って怖がらせる必要はない。
 
 『山伏』『昔話』『○○(地名)』など、私は、行く予定の日までに色々と調べた。
 なにか、伝承が郷土資料として残ってはいまいかと思ったのだ。
 神社の名前も、インターネットのお陰で分かっている。
 位置も地名も分かっている。
 だったら、伝承のような形であの白い着物の老婆のことが分からないかと思ったのだ。

 ネットでは、いくつか伝承が引っ掛かる。

 言う事を聞かない飼い犬の首を刎ねた飼い主が、実は飼い犬が自分を守ろうとしていたことを知って、後悔して犬を供養する話。
 これは、場所がかなり近い。
 どこに供養されたかとか、どんな方法で弔ったかそんな具体的な話は調べた限り記載がなかった。
 だが、調べている地域には、無惨に殺された動物を弔う(あるいは調伏?)風習が会ったことを示している。

 悪さをしていた猿の化け物を調伏する話。
 これは、明らかに場所が違う。
 山伏には、この手の話が各地に残っているようだが、残念ながら目当ての場所では、そんな伝承はなかった。 
 
 大蛇を毒の入った握り飯で殺す話。
 これは、神社のある土地の伝承ではあるが、山伏も封印も関係ない。
 だったら、今回の件とは無関係ではないだろうか。

 山伏が、国境にいて、忍者のようにスパイ活動をしていた話。
 調べた地域では、多くの山伏がいた。
 中には、自然現象の中で修行するうえで手に入れた、身軽に山々を駆け巡る身体能力を生かして、周辺の藩で諜報活動をしていた者もいたらしい。
 国境はたいてい山である。
 そこを自在に行き来できる山伏は、それは有能な存在だったようだ。
 とても面白い話だった。
 だが、夢とはまた関係は浅そうだった。

 調べても調べても、興味は尽きないが、百聞は一見に如かず。
 現地に行って、実際見てみる方が、どう考えても早いだろう。
 行けば、自分の見た夢や、その後の出来事が、偶然なのかどうかハッキリする。
 偶然であったならば、笑い話で済ませれば良い話だ。

 そして、休暇に私は、地図を片手に現地の神社へと赴いた。
 冬の寒い時期。周辺の田畑は、静かなものだった。
 行ったこともないローカルな駅で降りて、一時間に一本か二本しかないバスに乗って、神社の最寄りのバス停へ。
 ここから、二十分くらい歩いた場所に、神社はある。
 それほど辺鄙な場所にあるのだ。

 畑の横の小さな道を、半ば何をやっているのか分からなる中、トボトボと歩く。
 ただ、小さな頃にここで神社の夢を見た。
 たまたまここを通りかかっただけ。
 確かに、夢で見た直後に本当に神社があったのは不思議だけれども、本当にそれだけ。
 なのに、どうしても気になってついに現地に一人行こうとしている。
 仕事で忙しい中、貴重な休みを潰してまでだ。
 完全に何やってんだ? 案件だ。
 冬でも、長い時間日差しを浴びて歩けば汗もかく。
 マフラーを取って、コートのボタンを開けて、もたもたと歩いていれば、ついに神社の前に来た。
 
「ここだよ」

 私は、神社の前で呆然とする。
 本当に古い神社。
 音は何一つ聞こえない。
 ただ、森に囲まれて暗い。
 鳥居から中をのぞけば、薄暗い中に木造の小さな社が見える。
 賽銭なんて何も入っていなさそうな古びた賽銭箱に、薄汚れた縄の付いた鈴。
 神社に足を踏み入れる。 

 恐々と……実は、結構なビビりなので、何かあったらいつでも逃げ出せるように、そろりそろりと足を運ぶ。
 当然のことながら、夢で見た老婆はそこにはいない。
 現地に行けば、神社の縁起みたいなものが飾られているかと期待したが、それもなさそうだ。
 場所に踏み入れたからには、神様には挨拶するべきだろうと、私は、ポケットに用意してあった小銭を賽銭箱に放り込み、手を合わせて参拝を済ます。その……鈴を増らすのは、ちょっと綱が汚れすぎていて、触りたくなかったから、断念。
 
 特に何事もないまま、私は、社の裏へと回る。
 夢で剣を掘り返した場所。
 インターネットで調べても、決して見られなかったそこを、私は見て見たかったのだ。

 子どもの頃、夢で老婆に誘われていった場所へ、大人になった私は一人向かう。
 社の横を巡って、ゆっくりと裏へ。

 見れば、そこは、何もなかった。
 ただ、社の壁と森の間に、土になった部分があるだけだった。
 土の部分は、一メートルくらい。
 それほど広くない。
 歩いてみる。
 
 ……丁度、真ん中くらいに来た時だっただろうか、土が、少しだけ他よりも柔らかく感じた。
 注意していないと分からない程度。
 私は、持って来たスコップ(これは、地域によって言い方が逆なそうだけれども、私が持って来たのは、子供が砂場で使うような小さな物だ)を使って、社の真後ろの土を掘り返してみた。

 少しずつ削るように掘って、十センチほど掘り返したあたりで、何かを見つけた。
 私は、スコップを置いて、中のモノを傷つけないように、手で掘り返した。

 中のモノは、直ぐに何かとは判明した。
 木の棒だ。
 真っ直ぐな木の棒。私が夢で見た剣と同じ大きさの棒が、そこに埋められていた。
 枝もなく、綺麗に真っ直ぐな木の棒は、明らかに誰かが埋めたものだった。

 ああ……遅かったんだ。
 私は、その棒を見た時に悟った。
 残念ながら、私が来たのは、遅すぎた。

 私以外に、あの夢を見たものがいたんだ。
 そして、その人物は、きっと老婆に剣を渡してしまった。
 だって、そうでなければ、あの剣と同じ大きさの木の棒を、ここに埋めようだなんて思わない。
 偶然、そこに埋める? それこそ、有り得ないんじゃないかな?
 ……ごめんね、その剣を一旦掘り返してしまったのは、私の落ち度だ。
 最初に失敗したのは、私だ。
 
 ああ……そうか。
 だよね。だって、夢を見させる人物は、私である必要はなかったんだ。
 私は、偶然ここを通りかかっただけの小学生だったんだもの。
 あれから何十年も経っているのだから、他の誰かを招いて、剣を渡すよう仕向けるよね。

 たぶん、誰かの夢の中の話。
 私の続きの夢を見た誰かは、夢で剣を老婆に渡してしまった。
 その人に何があったかは分からない。
 でも、何か後悔するようなことがあって、もう一度封印できないかと、同じ大きさの木の棒を埋めたのだろう。
 それが、成功したのかどうかは、分からない。
 でも、その場所に老婆の気配は何も感じなかった。
 本当に、静かな場所だった。

 木の棒が、どのくらいの速さで朽ちるのかは分からない。
 まだ綺麗だったから、そう昔の話ではないのかもしれない。
 でも、分からない。
 私には、どうしようもないことだ。
 私は、夢の前半部分を見ただけ。
 私が見るはずだった後半は、知らない誰かが、見たのだろう。
 
 その方に、何も不幸なことが起きていないことを、祈るばかりだ。
 私は、木の棒を元の通りに戻して、もう一度社に賽銭を入れて祈った。
 そして、そのまま、元来た道を戻って、家に帰っていった。

 ビビりの私が、ここにこんな話を書いたのは、私にとってこの物語は、終わったものだからだ。
 きっと、書いたところで、終わったことだから、何もないはず。
 そう確信したからだ。
 そして、見知らぬ後半の夢を見た人にとっても、何事もなく終わっていることを改めて心から祈る。