惚れちゃいけない恋なんて、

 次の日の朝

 僕がマンションから降りてくると、
 「おはよっ!」
 初彩がいた。
 「これじゃっ!学校いこっ!」
 と言いながら自分の腕を僕の腕に絡ませてくる。…まるでカップルである。ただ勿論、僕らはカップルというわけじゃない。初彩が僕のことを好いているだけだ。
 そして曰く、僕が惚れてしまったら冷めてしまうらしい。そういう、性格とのことだった。
 なんとめんどくさいのだ。
 「そういえばね〜、最近◯ンピース見てる時にさぁ」
 なんていう彼女が言った誰もが知っているであろう、正直めちゃくちゃ気になる国民的アニメの話を聞き流す。彼女と関われば関わるだけ、僕は彼女の事を好きになってしまうかもしれない。だからこそ、出来る限り距離を置く…のだが、
 「ふむふむ、今日は無視なんだ。…だったらっ!」
 「ひゃっ!」
 その瞬間、いきなり横腹をくすぐり出す初彩。それには流石に無視する事は出来なくて……。
 「やめろっ!朝っぱらから!!近所に変な目で見られるだろうが!」
 「見られてもいいじゃん。逆に見せつけてあげようよ」
 「なんで見せつけにゃならんのだ。」
 大きく、ため息を吐く。
 「というわけで、おはよう!」
 「おはよ」
 流石に無視する事は憚られたので僕は呆れながらもそう返した。
 こんな感じで関わっているのだが、やはり段々と自分の気持ちは変わりつつあった。
 しっかりと柊初彩という少女に惹かれでいるような、そんな気がした。ただ、それは仕方ないとも言える。だって容姿端麗。さらには噂ほど性格は酷くなんてない。
 というか、そこら辺の女子よりも性格はいいと言えるだろう。だからこそ、嫌なのだ。このままいけば、いつか惚れてしまうのだろうか?いや、駄目だ。惚れちゃいけない。
 「ぐぉぉぉぉお……」思わず頭を抱える。
 「大好きだ、、初彩。結婚してくれ…」
 「これじゃあどこが好きになったのかはっきりと言ってくれる?」
 「顔?」
 「はい、疑問形の時点で駄目。というかこんなムードもないのに告白されても意味なんでないよ。
 貴方が好きになったかどうかはちゃんと私が判断するから。」
 今だったらダメージは一切無い。
 逆に鬱陶しい奴が離れて清々する。
 ただこれが、もっと続いたら本当にどうなるか僕自身ですらわからない。
 「にへへ〜〜!絶対に惚れちゃいけないよっ?
 私はいい女だけど、だからこそ絶対に好きにならないでね!」
 「だったら、お前がもっとクソみたいな立ち回りしてくれよ!」
 「やだね〜!私、自然体でいたいんだもんっ!
 こうやって、貴方を誘惑して、一緒にお喋りして、楽しい空間を作る。それが私はいいのっ!」
 「……地獄だ……」
 矛盾していると思われがちだが、楽しいからこそ、居心地がいいからこそ地獄なのだ。
 どうする?どうやったら僕は彼女からの好感度を下げることができる?どうやったら好感度が下がるだろうか。
 と、僕は考えて……その結果。
 「実は僕下心あるんだ、とんでもないくらいに。」
 「そうなの?」
 「あぁ、もう抑えきれないかもしれない。僕のボルテージはすでに臨界点を突破しようとしているんだ。
 このままお前が僕に関わり続けてしまったら、僕は自分を保てない……だからお前はもう逃げてしまった方がいいかもしれない。」
 「まっ、それでも逃げないけどね〜」
 そう言いながらさらに密着してくる初彩。
 「そんなのどうだっていいし〜。私が一緒に居たいからいるだけだし〜。それに、そんな脅しをしても意味なんて全然ないよ?貴方にそんな度胸があると思ってないし。」
 ……バレてるんですけど。
 「ま!変わらない貴方でいてくれたらそれでいいよ!
 私も変わらないから、この私に慣れたらずっとこういう事が続くだけだよ!」
 「慣れるねぇ。」
 慣れる未来が見えなかった。これからも初彩はこうやって僕に誘惑してくるだろうし、その誘惑の種類は様々だ。だから、慣れるという未来が想像する事が出来なかった。……だからこそ、さっさと僕がこいつを心の底から嫌いになるか、こいつが僕のことを嫌いになるか。
 させないと……マズい事になるな。
 と、そんな事を僕は朝っぱらから考えるのであった。
 そうして、僕らは学校にやって来たのだが、靴箱を開けて、僕は絶句した。そこには上履きが無かった。上履きの代わりと言わんばかりに、一枚の紙が置かれてあった。
 「柊初彩と縁を切れ。さもなくば、お前に不幸を与える……か。」
 いやもう、実際に不幸を与えられているんだけどな。
 ……このような嫌がらせを受けるのは何度目だろうか。
 ただ、ここまで酷いのは初めてかもしれない。これまでの嫌がらせは優しいもんだった。
 ただ、上履きを盗むなんて……犯罪行為でしかない。
 「ったく、それを理解してるのやら。」
 というかわなんで僕に言ってくるんだろうか。
 初彩に言えばいいものを。いや、初彩に嫌われたくないからこそこうやって僕に嫌がらせをしてきているのか。
 「どうかしたの?」
 初彩は別クラスなので、この光景を見られずに済んでいた。これを、言うべきだろうか?見せるべきだろうか?
 いや、そんな事をしてどうなるというのだ。大きな問題になってしまう可能性だってある。
 僕の気持ちとしては、正直そんな大事にはしたくないのだ。あくまで平凡に、平和に生きたい。……ただ逃げても意味がないよなぁ。と思いながら僕は答える。
 「悪い、家に忘れ物をしちゃったみたいだ。……ちょっと取りに帰ってくる。」
 「忘れ物?わかった!流石に遅刻しちゃうから私は教室に行ってるね。貴方も遅刻しないようにね〜。」
 とことこと、初彩は階段を上がってそのまま自身の教室に向かう。
 意外だったな、今の初彩の性格なら意地でも付いてくると思ってたのだが。いきなり気持ちでも冷めてしまったのだろうか?いや、そうでもあるならばそれが一番いい。嫌がらせもされなくなるし、惚れなくて済む。だから出来るならそれであってほしい。
 「実際はどうなのか、わからねぇけどな。」
 そのあと初彩が見えなくなるまで家に帰るフリをして、職員室に向かって上履きを借りることにした。
 そして、それから放課後まで時間は過ぎる。その間、初彩と関わる事は無かった。
 いつもであれば、初彩が一緒に下校しようと声を掛けてくる時間帯。……けど、初彩は来なかった。
 「冷められたって考えるべきか。」いきなりすぎだが、まあそういうところが初彩らしいとも言える。
 そう考えると、久しぶりに1人で下校をすることになる。そう考えるとなんというか、少しだけ寂しいなっと思ってしまった。危ないな、もうすでに寂しいと感じるようになってしまっていた。
 これ以上、深く関わりすぎたらもっと確実にヤバかったに違いない。
 このまま帰るのもアレだし、屋上で外の空気でも吸うとしよう。
 本当に、嵐のように去っていく奴だったなぁと、そんなことを思いながら屋上に向かう。
 ただ、どうやら先客がいたらしい。喋り声が、やや聞こえてくる。
 「先客がいるなら、やめておくか。」
 のんびりとするつもりだったが、流石に気まずくなりそうだ。だから、屋上を後にしようとした瞬間だった。
 「ふざけないで?」
 そんな聞き覚えのある声が僕の耳にスッと入り込んだ。
 思わずそちらに視線を向けると、そこには。
 「初彩?」
 柊初彩が、そこにいた。どうやら男子達と会話をしているらしい。
 ただ、その視線はあまりにも冷ややかだった。少なくとも僕は、あんな目をされた事は一度たりともも無かった。気になってしまい、そのまま、盗み聞きをする。
 「俺たちが何をしたって言うんだ!どこにも証拠なんてないだろ!」
 「証拠が無かったら貴方達をここへ呼んでないよ。
 それに、貴方達の考えてる浅はかな事はわかってる。そして貴方達が彼に嫌がらせをしていることぐらい知ってる。」
 「恥ずかしくないの?
 勝手にそうやって嫉妬して、そして彼をいじめて、そんなだから貴方達は一生モブなんだよ。意味がわからない。」
 「"消えてしまえばいいのに"」
 背筋がゾッとするような言葉を吐きまくる初彩。
 僕も、唖然としてしまっていた。だって目の前にいるのは噂通りの柊初彩だったから。けどこれは、僕のために言ってくれている。言葉だという事は理解できていて。
 「……そんなにも嫌って欲しいんだったら嫌ってあげる。もう二度と私の視界に現れないで。
 同じくうき空気も吸いたくない。」
 そう言って、こちらに振り替える初彩。どうやら屋上を後にするらしい。
 僕は急いで階段を駆け下がる。別に悪い事をしていたわけじゃないが、バレないように、降りていく。見るべきじゃなかったなと、後悔した。あんな事をされてしまったら本当に。嫌いに慣れないじゃないか。