「というわけで」
地図アプリを見ながらたどり着いた名古屋駅の自動券売機の前で、俺は肩に乗る黒猫のマスコットに宣言をした。
「今度こそ行くで、東京」
「はい、はい。というか、誰も行かんとは言うとらんやろ」
「ここからは途中下車はいたしません」
「はい、はい」
おざなりな返事に、ほんまかいな、という疑念が湧いたものの、俺は東京までの切符を買った。
めちゃくちゃ正直なことを言うと、残金が心もとなくなっている。
「ちょっと、龍。なんなん、今度は」
財布をしまいながら溜息を吐いた俺を見て、爽生が言う。なんというか、めちゃくちゃ嫌味な言い方だった。
「あの人の家出たときは機嫌良かったのに、めっちゃ溜息吐くやん」
「そら、溜息のひとつも吐きたくなるやろ……!?」
いや、本当に。冗談ではなくて。恥も外聞もなく、俺は爽生に訴えた。「ヤバいひとりごと」と言われかねないので、小声にはしたつもりである。
「金の減りがめっちゃやばいねん、ほんまに! 冗談やなくて。帰り道のお金なくなったらどうしてくれるん」
「ああ、まぁ。名古屋で降りたんは痛かったよなぁ」
「……いや、ほんまにな」
「まぁ、うちの親に頼んだら貸してくれるんちゃう?」
「…………うちの親に送金してもらうでええよ」
これ以上怒らせたくないので、できれば奥の手にしたいけれど。爽生のおばちゃんに頼むほど、面の皮は厚くない。
――というか、そういう状況やないやろ、おばちゃんは。
ほんまに、なんでそう他人ごとやねん、おまえは。
言えるわけのない本音を二度目の溜息に変え、俺は改札を通り抜けた。名古屋から東京は、一時間四十分くらいで着くらしい。
京都からがだいたい三時間だったはずなので、半分は進んだということにする。
……なんかえらい時間かかってもうたけど、今日は絶対、東京に行かんと。
内心でひっそり決意をしたところで、俺は「あ」と立ち止まった。
「今度はなによ? どうしたん?」
「いや、あれ」
少し呆れたような爽生の問いかけに、一点を凝視したまま告げる。
ホームの端に立っている、たぶん同い年くらいの制服を着た女の子。理由はわからないけれど、線路にふらりと落ちてしまいそうに見えたのだ。
「なぁ……」
「やめとき」
静かな爽生の声で、女の子のほうに踏み出しかけていた足が止まる。
「あれは関わらんほうがええわ」
「関わらんほうがええって、――あ」
半分以上反射で言い返したものの、俺は途中ではっとした。違和感を悟ったからだ。
俺がすぐに気がついた程度には、女の子は独特な空気を出しているのに。彼女の近くを通る人は何人もいるのに、誰も見向きもしない。
通勤時間帯で急いどるからって、冷たすぎやろ。そう思っていたけれど、あれは、もしかしたら。
「なぁ、爽生。あれ」
「うん。死んどるよ、もう」
淡々とした返事に、声にならない声で「ああ」と呟く。
生きている人間と信じている人間の違いなんて、俺にはわからない。ただ、不思議なほどすとんと納得してしまった。……でも。
「爽生」
「やめときて」
言い募った俺に、爽生の声が固くなる。性懲りもなく、俺は「でも」と繰り返した。
だって、あの女の子ほ、本当に思い詰めて、今にも飛び込んでしまうそうな顔をしている。
「あのなぁ、龍」
「…………」
「龍のお節介はええことやと思うけど、あんまり見とると、ほんまに引っ張られるで」
引っ張られる。京都のネットカフェで聞いたものと同じ台詞に、俺はぱっと爽生を見た。
「実際に死ぬわけやなくても、飛び込むとこなんて見たぁないやろ」
言い聞かせるような調子だった。感情の読めない黒猫の横顔から、女の子に視線を戻す。
彼女を取り巻く空気が張り詰めているせいか、なんだか胸が苦しい。
……でも、そうやな。爽生の言うとおりやな。
俺があの女の子にできることはない。言い聞かせて歩き出そうとした瞬間、ふらりと女の子の身体が傾いだ。
スローモーションに、視界の端で制服のスカートが揺れる。
視線を逸らしかけた状態で固まった俺の肩を、黒猫のしっぽが叩いた。
「せやで、言うたやろ」
「……うん」
呆れきったような台詞にもう一度頷き、今度こそと背を向ける。もうすでに死んでいると爽生が言ったとおりで、悲鳴が上がることはなかった。
でも、きっと、この場所で。過去にあったできごとなんだろう。それで――、今もどこかで起こっている現実。
「ああいうのは、あかんねん」
ぽつりとした爽生の声に、俺は三度「うん」と頷いた。
胸が重い。
地図アプリを見ながらたどり着いた名古屋駅の自動券売機の前で、俺は肩に乗る黒猫のマスコットに宣言をした。
「今度こそ行くで、東京」
「はい、はい。というか、誰も行かんとは言うとらんやろ」
「ここからは途中下車はいたしません」
「はい、はい」
おざなりな返事に、ほんまかいな、という疑念が湧いたものの、俺は東京までの切符を買った。
めちゃくちゃ正直なことを言うと、残金が心もとなくなっている。
「ちょっと、龍。なんなん、今度は」
財布をしまいながら溜息を吐いた俺を見て、爽生が言う。なんというか、めちゃくちゃ嫌味な言い方だった。
「あの人の家出たときは機嫌良かったのに、めっちゃ溜息吐くやん」
「そら、溜息のひとつも吐きたくなるやろ……!?」
いや、本当に。冗談ではなくて。恥も外聞もなく、俺は爽生に訴えた。「ヤバいひとりごと」と言われかねないので、小声にはしたつもりである。
「金の減りがめっちゃやばいねん、ほんまに! 冗談やなくて。帰り道のお金なくなったらどうしてくれるん」
「ああ、まぁ。名古屋で降りたんは痛かったよなぁ」
「……いや、ほんまにな」
「まぁ、うちの親に頼んだら貸してくれるんちゃう?」
「…………うちの親に送金してもらうでええよ」
これ以上怒らせたくないので、できれば奥の手にしたいけれど。爽生のおばちゃんに頼むほど、面の皮は厚くない。
――というか、そういう状況やないやろ、おばちゃんは。
ほんまに、なんでそう他人ごとやねん、おまえは。
言えるわけのない本音を二度目の溜息に変え、俺は改札を通り抜けた。名古屋から東京は、一時間四十分くらいで着くらしい。
京都からがだいたい三時間だったはずなので、半分は進んだということにする。
……なんかえらい時間かかってもうたけど、今日は絶対、東京に行かんと。
内心でひっそり決意をしたところで、俺は「あ」と立ち止まった。
「今度はなによ? どうしたん?」
「いや、あれ」
少し呆れたような爽生の問いかけに、一点を凝視したまま告げる。
ホームの端に立っている、たぶん同い年くらいの制服を着た女の子。理由はわからないけれど、線路にふらりと落ちてしまいそうに見えたのだ。
「なぁ……」
「やめとき」
静かな爽生の声で、女の子のほうに踏み出しかけていた足が止まる。
「あれは関わらんほうがええわ」
「関わらんほうがええって、――あ」
半分以上反射で言い返したものの、俺は途中ではっとした。違和感を悟ったからだ。
俺がすぐに気がついた程度には、女の子は独特な空気を出しているのに。彼女の近くを通る人は何人もいるのに、誰も見向きもしない。
通勤時間帯で急いどるからって、冷たすぎやろ。そう思っていたけれど、あれは、もしかしたら。
「なぁ、爽生。あれ」
「うん。死んどるよ、もう」
淡々とした返事に、声にならない声で「ああ」と呟く。
生きている人間と信じている人間の違いなんて、俺にはわからない。ただ、不思議なほどすとんと納得してしまった。……でも。
「爽生」
「やめときて」
言い募った俺に、爽生の声が固くなる。性懲りもなく、俺は「でも」と繰り返した。
だって、あの女の子ほ、本当に思い詰めて、今にも飛び込んでしまうそうな顔をしている。
「あのなぁ、龍」
「…………」
「龍のお節介はええことやと思うけど、あんまり見とると、ほんまに引っ張られるで」
引っ張られる。京都のネットカフェで聞いたものと同じ台詞に、俺はぱっと爽生を見た。
「実際に死ぬわけやなくても、飛び込むとこなんて見たぁないやろ」
言い聞かせるような調子だった。感情の読めない黒猫の横顔から、女の子に視線を戻す。
彼女を取り巻く空気が張り詰めているせいか、なんだか胸が苦しい。
……でも、そうやな。爽生の言うとおりやな。
俺があの女の子にできることはない。言い聞かせて歩き出そうとした瞬間、ふらりと女の子の身体が傾いだ。
スローモーションに、視界の端で制服のスカートが揺れる。
視線を逸らしかけた状態で固まった俺の肩を、黒猫のしっぽが叩いた。
「せやで、言うたやろ」
「……うん」
呆れきったような台詞にもう一度頷き、今度こそと背を向ける。もうすでに死んでいると爽生が言ったとおりで、悲鳴が上がることはなかった。
でも、きっと、この場所で。過去にあったできごとなんだろう。それで――、今もどこかで起こっている現実。
「ああいうのは、あかんねん」
ぽつりとした爽生の声に、俺は三度「うん」と頷いた。
胸が重い。



