今ごろは魔王を倒しているはずだった

「ど、どこが木の下やねん……」
 優に三十分は「朋くん」の示す場所を掘ったあと。ようやく発見した四角いお菓子の缶を前に、俺は力尽きた声を出した。
 本当にどこが木の下やねんと訴えたい。スコップが掘り当てたのは、男の子が三回目に指し示した木の下から五メートルは離れた場所だった。
「木の下いうたら、根っこやろ」
「いや、そら、根っこがあったら埋めれんやろ」
 俺の訴えを一蹴した爽生が、男の子に笑顔を向ける。
「なん? これ、宝物?」
 爽生の確認に、男の子はこくんと頷いた。否定されたらどうしようと焦っていた俺は、心底ほっと胸を撫で下ろした。
「よかった……」
「うん、よかったなぁ」
 爽生の労わりに、男の子の顔に満面の笑みが浮かぶ。ふわりとした、あたたかな空気。
 たぶん、なにか話してるんだろうな、という気配を感じ、口を閉ざす。
 ――なんというか、俺の「よかった」と大違いの「よかった」やったな。
 内心でひとつ溜息を吐いた俺の肩を、黒猫がぽんと叩く。
「眼鏡の男の子らしいで。ナミちゃん言うらしいわ」
「ナミちゃん……」
 オウム返しをして、俺は首を傾げた。
「あの、……ここまで来たら、そら届けるけど。そのナミちゃんは、まだこのあたりに住んどるん?」
「うん。朋くんによると」
「朋くんによると」
「子どものころに引っ越したらしいけど、また帰ってきたらしいわ」
 ヤバい距離の大移動は免れたらしい事実にほっとして、相槌を打つ。
「あ、そうなんや……」
「うん。せやで、また朋くんに着いてこか」
 爽生の言葉に反応したのか、男の子がふわりと歩き始める。地面にへたり込んでいた俺は、慌ててリュックと空き缶を掴んだ。
「え、嘘。待って、待って!」
 と、大声を出したところで、「あ、これもひとりごとになんねんな」と気づいて口をつぐむ。
 その俺を、爽生はおかしそうに笑った。
「龍はほんまに学習せんなぁ」
「……うるさいわ」
 というか、こんな状況、慣れなくてもいいだろう。太陽ですっかり熱くなった黒い髪を掻きやり、俺は男の子の背中を追いかけた。

 駅に戻り、男の子に指し示されるがままに地下鉄に乗り、バスに乗り――「間違えたらしいわ」という爽生の説明で慌てて逆戻りし。
 そんなこんなの連続で、予想外に時間のかかった珍道中の末にたどり着いたバス停で、俺はたまらず頭を抱えた。
 ――これ、今日中に東京着くん無理なんと違う……?
 時刻は、いつのまにか三時近くになっている。確認したスマホをポケットに突っ込み、俺は空を仰いだ。
「疲れた……」
 げっそりとした呟きに、「よかったなぁ」と爽生が応じる。
「大冒険やん」
「あのなぁ、爽生」
「知らん場所で、宝探しして、電車乗って、バス乗って」
「…………」
「龍、小さいころもよう『冒険やー』言うて、遊び回ってたやん」
「せやで、それ、黒歴史や言うてんねん」
 疲れ切った声で突っ込んで、俺は溜息を返した。
 それは、まぁ、小さいころは、――それこそ、この男の子くらいの年だったころは、遊び回っていたけれど。家にいたがる爽生を無理やり引っ張って。
 ――ほんま、しゃあないなぁ、龍は。
 でも、いつもそう言って。爽生は俺に付き合ってくれた。
 なんでやったんやろ。ちらりとした視線を向けると、黒猫は不思議そうに丸い頭を傾げた。
「なに? 疲れたん?」
「べつに」
 不便そうやな、人間、という軽口を思い出し、むすりと否定する。
「ぜんぜん、こんなん平気やし」
「ふぅん、それやったらええけど」
「平気やし」
 言い切って、小さな背中に意識を固定する。ゴールが見えたからか、男の子の足取りは弾んでいるように見えた。
 ……でも、影はないんよな。
 それが不思議で、切なくて。俺は、あまり深く考えないことを選んだ。考え始めたら、立ち止まってしまいそうだったからだ。
 なにがなんでも東京に行かないといけないのに、そんな事態に陥る暇はない。
 ひっそり気合いを入れ直していると、男の子の足がある建物の前で止まった。二階建ての、たぶん単身者向けっぽいアパート。
「え、ここ……?」
 ぱちぱちと瞬いた俺に、男の子がにっこりと頷く。てっきり家族で住んでいると予想していたので、俺は思わず繰り返した。
「ここなん? ほんまに?」
 俺の確認に、男の子がもう一度頷く。
「え、え~~……。ここかぁ」
 そうか、ここか。ここで俺は謎にいきなりタイムカプセルを渡す人になるのか。
 腰が引けた声を出した俺をよそに、男の子は外付けの階段を上っていく。目的の部屋は二階ということらしい。
「龍」
 肩に乗る黒猫にぺしんと尻尾で叩かれ、俺は及び腰のまま階段を上った。そろりそろりと二階にたどり着くと、男の子がぱっと笑顔になる。
 男の子が立っているのは二〇四と表記のある部屋の前だった。
「えー……」
 ここ、ここ、とドアを指さす男の子から視線を泳がせ、泣き言をこぼす。。
「いまさらやけど、めっちゃ緊張すんねんけど。っていうか、なんて言うたらいいんやろ、俺」
 ここまで来たのだから逃げるつもりはないけれど。怖気づいてしまうのはしかたがないだろう。完全に俺の肩を定位置としている爽生にひそっと話しかける。
「だって、えー……。どこから説明したらいいと思う? 幽霊に頼まれてタイムカプセル見つけたんで届けに来ましたとか、めっちゃ怪しない?」
「あー、もう、とりあえず押しぃや」
「ちょ、爽生!?」
 鬱陶しいばかりに言い切ると、爽生は呼び鈴に頭突きをかました。
 いや、ワイルドすぎるやろ。とんでもない押し方にビビっていると、「はい、はい」という男の人の声が扉の奥から聞こえた。
 ドキドキしているあいだにも、足音はどんどんと近付いてくる。
「誰? さっきからめっちゃうるさかってんけど……」
「ナミちゃん??」
 ド派手な金髪に、鋭い瞳。たぶん、年も、確実に俺より上。大学生か、それ以上。
 想定外のナミちゃんの姿に、俺は目を丸くした。その俺を見下ろした推定ミナちゃんが、不審そうに眉間に皺を寄せる。
「ナミちゃんって、いや、……昔はそう呼ばれてたこともあるけど」
 ……あ、ほんまにナミちゃんやった。
 ちらりと男の子に確認をすると、男の子はまたこくんと頷いた。
 そわそわとした表情に背中を押され、手に持っていた空き缶をナミちゃんに差し出す。
「あの、これ」
 精いっぱいきれいに拭いたつもりだけど、汚れのあとは残っている。
 このナミちゃんが、あの男の子くらいの年に埋めたものだ。十年以上は昔の話なんだろうけど、覚えていてくれたらいいな。
 この男の子の前で「知らない」と突き返さないでくれたらいいな。
 そんな気持ちで、俺は言葉を綴った。
「めっちゃ怪しいと思うんですけど、受け取ってもらえませんか……?」
「受け取ってって」
 困惑しきった声に、肩に乗る爽生に目を向ける。
 困ったときの、爽生頼みというやつだ。小さいころからの習慣に準じた行動だったのだけど。爽生はなにも言わなかった。
 いまさら人形気取りかい、と若干イラッとしたものの、しかたがないと覚悟を決める。よし、と自分に言い聞かせ、俺はナミちゃんに向き直った。
「ええと……、あの、朋くんっていう子から預かって。その……小学校三年生くらいの。このタイムカプセル、一緒に埋めませんでしたか?」
 朋くんという名前に聞き覚えがあったのか、ナミちゃんが驚いた顔になる。ナミちゃんの反応に、俺は心底ほっとした。
 じっとお菓子の空き缶を見つめること、数秒。ナミちゃんは口元を押さえた。
「そういや、埋めたわ」
 ひとりごとのような調子で言い、ナミちゃんがお菓子の缶を受け取る。ナミちゃんの大きな手が優しく缶を撫でるのを、俺はじっと見守っていた。
「もう十年以上前なんとちゃうかな。そうか、朋か」
 しみじみとした声だった。
 小さく頷くと、ナミちゃんはもう一度「そうか」と呟いて。空き缶の蓋を開けた。中に入っていたのはゲームのカードだったみたいで、鋭かった瞳に柔らかい光りが灯る。
「うわ、めっちゃ懐かしい。そうや、これ。俺が引っ越す前に朋と埋めたんよな。お互いの一番やったやつ」
 お互いの一番という言葉で、本当に仲が良かったんだな、とわかった気がした。
 ――これで、よかったん?
 俺の声が聞こえるのかどうかはわからなかったけど。心の中で問いかけて、俺は男の子に視線を向けた。
 でも、聞こえたのかもしれない。目が合うと、男の子はにこりとほほえんだ。満足そうに俺たちに手を振り、ふわりと浮き上がっていく。きらきらとどんどん姿が薄くなる。信じられなくて、俺は瞬いた。
「え、……消えたん?」
「じゃあ、満足したんやろ」
 頭上を見上げて呆然と呟いた俺に、爽生が注釈のようなことを言う。
 満足したという評価に、ほっとしたような、寂しいような心地で、俺は「そっか」とひとりごちた。
 そう。完全にひとりごと。
「は? 消えたって、なにが?」
 しんみりとしていたナミちゃんの表情が、再び不審なものになる。「あ」と俺は自分の失態を悟った。
 あの男の子が視えなくて、爽生の声も聞こえないナミちゃんにしたら。急に斜め上を見上げてひとりごとを連発した俺は、ヤバい人だったに違いない。
「えっと」
 説明にめちゃくちゃ悩んだものの、どう控えめに見積もっても誤魔化すことはできる気がしない。開き直って、俺は「あの」と口火を切った。
「俺には霊の視える友達がいて、そいつと電波通信で繋がってるんですけど」
「めっちゃ電波なこと言うやん」
「そいつが、朋くんはナミちゃんにそれを渡せて満足したから、消えたんじゃないかって言ってます」
「消えた……」
「ええと、成仏的な」
 公園で爽生が使った言葉を思い出し、俺は付け足した。そうしてから、戸惑っているナミちゃんに向かって、頭を下げる。
「なのでよかったら大事にしてあげてください」
「…………」
「あの、じゃあ。そういうことで」
「ちょお、待て、待て」
 くるりと踵を返そうとした俺を、ナミちゃんが焦った調子で引き留める。
「もうちょい話聞かせてくれん? 朋がなにって? 気になるやろ」
 その頼みに、俺は爽生を窺った。正直なことを言うと、今からでも東京に向かいたい気持ちはある。でも。
 ――爽生は、あの男の子の頼みをきいてあげたかったんやもんな。
 それで、たぶん、成仏させてあげたかった。そうすると、ナミちゃんに対するアフターフォローもしてあげたいに入るのだろうか。
 悩んでいると、爽生はしかたがないという顔で頷いた。なんで、おまえがその顔やねんと不思議に思ったものの、照れ隠しということで納得する。
「じゃあ」
 今日の東京行きを諦めて、俺はナミちゃんに申し出た。
「俺、東京に行くんですけど、ちょっとだけなら」
「え、なに? 東京行くん? まぁ、とりあえず入り、入り」
 俺が言った朋くんの話を信用してくれたのか、ナミちゃんは不審そうだった顔から一転して、人懐こい雰囲気になっている。
 これが、朋くんと仲の良かったナミちゃんなのだろうか。
 知るはずもない過去のふたりを想像しながら、「お邪魔します」とスニーカーを脱ぐ。
「おー、上がり、上がり」
 にこにこと床に広がっていた荷物を足でよけ、ナミちゃんは座る場所を生み出している。
 ひとり暮らしって感じだなと思っていると、ナミちゃんがふと気がついた顔になった。俺の肩を見て、不思議そうに首を傾げる。
「ところで、その肩のぬいぐるみなに? ぬい活なん?」
 ぬい活。予想外の表現に、ぎょっとして「違います」と否定する。
 爽生はなにも言わなかったものの、不満を感じているらしい空気はにじんでいて。苦笑いを呑み込むと、俺は黒猫の頭を撫でたのだった。