ところで、あの女の子は、はやたまいちゃんという名前だったらしい。
あの子の口から聞いたわけではないから割愛するけれど、最初に出会ったあの街で、五年前に亡くなっていたらしかった。
生まれ変わりがあるのか、とか。そういうことは俺にはわからないけど。でも、もし、あの子がまたどこかに生まれてくるのなら、幸せになってほしいと願う。
この気持ちを同情と言う人もいるのかもしれない。ただ、俺は、これも縁と呼びたいな、と思っている。
「せやで、言うてるやん。絶対、考えすぎやねんて、それ」
夜。自分の部屋の勉強机で爽生と通話しながら、勉強をする。
最近の俺の週二のルーチンなんだけど、母さんは「爽ちゃんが引っ越してもうて心配やったけど、爽ちゃんのおかげで龍が勉強しとるわ」と感動していた。
いや、俺かてやるときはやるし。
「絶対、そう言うと思った」
立てかけたスマホの画面越しに、爽生が嫌そうに溜息を吐く。でも、べつにこれは怒っているわけでも、呆れているわけでもないと知っている。
……どっちかって言うと、照れとるんよなぁ、これ。
バツが悪い、でもいいのかもしれないけど。なにせ、これは、溜め込まずに愚痴を言う練習のようなものなので。
「いや、いや。まぁ、爽生が思うとるとおりかもしらんけどな」
それで、すぐに「大丈夫」と笑い飛ばしすぎるのは、俺の悪癖。
その自覚も、夏休みで十分にできたので、これは、爽生の話を聞く俺のための練習でもある。
まぁ、練習と言っても、肩ひじを張った無理をしたものではないのだけど。爽生の話を聞きながら、ちらりと机に飾ったものを見る。
ナミさんから貰ったカードと、一見、俺しか写っていないように視える二枚の写真。
「――うん、うん。でも、あれやな。なんか、爽生は、小説とか書いたらうまそうやな」
「なんやの、それ。溜め込みすぎ言うてる?」
「ああ、……まぁ、そうかも」
納得して相槌を打った直後、はっとして俺は言い足した。
「いや、ほら、爽生、昔から作文もうまかったやん。なんか表彰されとったし」
「それ、小二か小三のころの話やろ」
「小二ちゃう? 坂木先生やった気ぃするもん」
「そうやったかなぁ。まぁ、でも、龍が言うんやったらそうか」
「うん」
笑って、頷く。スマホの向こうで、爽生もちょっと笑ったみたいだった。
「俺ら、ほんまに一緒に育っとるよなぁ」
「なぁ」
もう一度頷いて、広げていた今日の宿題に目を落とす。爽生と喋っているとついついそっちに集中してしまうけど。今日は一応勉強通話だ。これでも。
「まぁ、もし、異世界に転生するような話書いたら、龍に読ませたるわ」
「転生かぁ」
苦笑いで応じて、俺は「そうや」と話を変えた。
べつに、異世界転生が嫌なわけじゃないんだけど。良くも悪くもあの夏休みの数日と強く結びついてしまったのである。
まぁ、爽生は転生したわけでもなんでもないんだけど。
「今度、ほんまに名古屋行かへん? 俺もバイトするで」
「あー……、名古屋なぁ」
「俺、たまにナミさんとも連絡取ってんねん。来たら泊めたる言うてたで」
「泊めたる言われてもなぁ」
渋った声を出した爽生が、「そもそも」と言う。
「バイトするって言うたけど。そっちってバイトするとこなにがあんの?」
「あるわ、なんかは」
「スーパーとか、コンビニとか?」
「スーパーとか、コンビニとかやな……」
認めて、俺はうなだれた。
飲食店もなくはないけど、都会に比べると圧倒的に数が少ない。
有名チェーン店は数えるほどだし(それでも、母さんに言わせれば、この十年でだいぶ増えたらしいけど)、高校生ができるアルバイト先なんてたかが知れている。
「じゃあ、まぁ、そんな感じで、俺も応募するでぇ」
「なにがそんな感じやねん」
ちょっとだけ呆れたように笑った爽生が、言葉を継ぐ。
「まぁ、じゃあ、龍が受かって、ほんまにお金が溜まったらな」
昔から何度も聞いた、しかたないと許容してくれるそれ。ぱっと目を輝かせて、俺は「うん」と頷いた。勢い込んで、日程も提案する。
「ほな、次の夏休みが目標やな」
「夏休みなぁ」
「うん、ちょうどナミさんに会うてから一年やん」
「まぁ、ええけど。ほな、俺もなんかバイトしよかな」
「そっち、なんでもありそうでええなぁ」
「まぁ、せやね。ありすぎるくらいあるわ」
くすくすと爽生が笑う。その声が楽しそうで、知らず俺も笑った。
こうやっていると、ばあちゃんの家でふたりで宿題をしていたころみたいだ。
まぁ、実際は、爽生は東京にいるし、ばあちゃんは浜松だし。ばあちゃんの家は無人なんだけど。でも、それでも、繋がっている。
窓から吹き込んだ冷たくなった風が、プリントの端をぴらりとめくっていく。もう季節は、冬に近くなっていた。
爽生は新学期には間に合わなかったものの、十月から高校に通い始めている。本人は「腫れ物やわ」なんて笑っていたけど。
しんどさを感じたら、早めに辞める選択をとってもいいんじゃないのかな、と思う(し、まぁ、言った)。
――まぁ、べつに、そんなに嫌なわけやないって言うてたけど。
ちょっと距離があるくらいがええわ、なんて、本当に満更でもなさそうに笑うので。「ちょお待ちや」と反射で突っ込んだのだけど、ある意味で爽生らしいなぁ、とも思ってしまった。
それで、たまに。俺に愚痴を言ったりしながらも、爽生は高校に通っている。このあいだ送ってくれた文化祭の写真は、さすが東京の高校という感じで、おしゃれで楽しそうだった。
「なぁ、爽生?」
シャーペンを動かしながら、俺は尋ねた。
「楽しい?」
唐突な問いかけすぎたせいか、答えが返ってくるまでに少し沈黙があった。でも、すぐにふっと笑う声が届いた。
「まぁまぁやな」
「そっか、まぁまぁか」
なによりよな、と軽く笑う。会話が途切れ、通話先の爽生も勉強をしている気配が伝わってきた。
「なぁ、龍」
しばらくして聞こえた呼びかけに「ん?」と聞き返す。
「たしかにいろいろ足らんところはあるけどな」
「は? それ、俺のこと?」
「まぁ、でも、足らんところがあるんはお互いさまやし」
「いや、ちょぉ、爽生」
「でも、俺にとっては、昔から龍は勇者やったよ」
予想外の台詞に、俺は一瞬言葉に詰まってしまった。驚いたことを誤魔化すように笑い、爽生に告げる。
「俺もやよ」
べつに、勇者になりたかったわけじゃない。
爽生を助けたかったわけじゃない。
俺は、爽生と一番仲の良い、困ったときに相談し合える、特別な友達になりたかった。
あの子の口から聞いたわけではないから割愛するけれど、最初に出会ったあの街で、五年前に亡くなっていたらしかった。
生まれ変わりがあるのか、とか。そういうことは俺にはわからないけど。でも、もし、あの子がまたどこかに生まれてくるのなら、幸せになってほしいと願う。
この気持ちを同情と言う人もいるのかもしれない。ただ、俺は、これも縁と呼びたいな、と思っている。
「せやで、言うてるやん。絶対、考えすぎやねんて、それ」
夜。自分の部屋の勉強机で爽生と通話しながら、勉強をする。
最近の俺の週二のルーチンなんだけど、母さんは「爽ちゃんが引っ越してもうて心配やったけど、爽ちゃんのおかげで龍が勉強しとるわ」と感動していた。
いや、俺かてやるときはやるし。
「絶対、そう言うと思った」
立てかけたスマホの画面越しに、爽生が嫌そうに溜息を吐く。でも、べつにこれは怒っているわけでも、呆れているわけでもないと知っている。
……どっちかって言うと、照れとるんよなぁ、これ。
バツが悪い、でもいいのかもしれないけど。なにせ、これは、溜め込まずに愚痴を言う練習のようなものなので。
「いや、いや。まぁ、爽生が思うとるとおりかもしらんけどな」
それで、すぐに「大丈夫」と笑い飛ばしすぎるのは、俺の悪癖。
その自覚も、夏休みで十分にできたので、これは、爽生の話を聞く俺のための練習でもある。
まぁ、練習と言っても、肩ひじを張った無理をしたものではないのだけど。爽生の話を聞きながら、ちらりと机に飾ったものを見る。
ナミさんから貰ったカードと、一見、俺しか写っていないように視える二枚の写真。
「――うん、うん。でも、あれやな。なんか、爽生は、小説とか書いたらうまそうやな」
「なんやの、それ。溜め込みすぎ言うてる?」
「ああ、……まぁ、そうかも」
納得して相槌を打った直後、はっとして俺は言い足した。
「いや、ほら、爽生、昔から作文もうまかったやん。なんか表彰されとったし」
「それ、小二か小三のころの話やろ」
「小二ちゃう? 坂木先生やった気ぃするもん」
「そうやったかなぁ。まぁ、でも、龍が言うんやったらそうか」
「うん」
笑って、頷く。スマホの向こうで、爽生もちょっと笑ったみたいだった。
「俺ら、ほんまに一緒に育っとるよなぁ」
「なぁ」
もう一度頷いて、広げていた今日の宿題に目を落とす。爽生と喋っているとついついそっちに集中してしまうけど。今日は一応勉強通話だ。これでも。
「まぁ、もし、異世界に転生するような話書いたら、龍に読ませたるわ」
「転生かぁ」
苦笑いで応じて、俺は「そうや」と話を変えた。
べつに、異世界転生が嫌なわけじゃないんだけど。良くも悪くもあの夏休みの数日と強く結びついてしまったのである。
まぁ、爽生は転生したわけでもなんでもないんだけど。
「今度、ほんまに名古屋行かへん? 俺もバイトするで」
「あー……、名古屋なぁ」
「俺、たまにナミさんとも連絡取ってんねん。来たら泊めたる言うてたで」
「泊めたる言われてもなぁ」
渋った声を出した爽生が、「そもそも」と言う。
「バイトするって言うたけど。そっちってバイトするとこなにがあんの?」
「あるわ、なんかは」
「スーパーとか、コンビニとか?」
「スーパーとか、コンビニとかやな……」
認めて、俺はうなだれた。
飲食店もなくはないけど、都会に比べると圧倒的に数が少ない。
有名チェーン店は数えるほどだし(それでも、母さんに言わせれば、この十年でだいぶ増えたらしいけど)、高校生ができるアルバイト先なんてたかが知れている。
「じゃあ、まぁ、そんな感じで、俺も応募するでぇ」
「なにがそんな感じやねん」
ちょっとだけ呆れたように笑った爽生が、言葉を継ぐ。
「まぁ、じゃあ、龍が受かって、ほんまにお金が溜まったらな」
昔から何度も聞いた、しかたないと許容してくれるそれ。ぱっと目を輝かせて、俺は「うん」と頷いた。勢い込んで、日程も提案する。
「ほな、次の夏休みが目標やな」
「夏休みなぁ」
「うん、ちょうどナミさんに会うてから一年やん」
「まぁ、ええけど。ほな、俺もなんかバイトしよかな」
「そっち、なんでもありそうでええなぁ」
「まぁ、せやね。ありすぎるくらいあるわ」
くすくすと爽生が笑う。その声が楽しそうで、知らず俺も笑った。
こうやっていると、ばあちゃんの家でふたりで宿題をしていたころみたいだ。
まぁ、実際は、爽生は東京にいるし、ばあちゃんは浜松だし。ばあちゃんの家は無人なんだけど。でも、それでも、繋がっている。
窓から吹き込んだ冷たくなった風が、プリントの端をぴらりとめくっていく。もう季節は、冬に近くなっていた。
爽生は新学期には間に合わなかったものの、十月から高校に通い始めている。本人は「腫れ物やわ」なんて笑っていたけど。
しんどさを感じたら、早めに辞める選択をとってもいいんじゃないのかな、と思う(し、まぁ、言った)。
――まぁ、べつに、そんなに嫌なわけやないって言うてたけど。
ちょっと距離があるくらいがええわ、なんて、本当に満更でもなさそうに笑うので。「ちょお待ちや」と反射で突っ込んだのだけど、ある意味で爽生らしいなぁ、とも思ってしまった。
それで、たまに。俺に愚痴を言ったりしながらも、爽生は高校に通っている。このあいだ送ってくれた文化祭の写真は、さすが東京の高校という感じで、おしゃれで楽しそうだった。
「なぁ、爽生?」
シャーペンを動かしながら、俺は尋ねた。
「楽しい?」
唐突な問いかけすぎたせいか、答えが返ってくるまでに少し沈黙があった。でも、すぐにふっと笑う声が届いた。
「まぁまぁやな」
「そっか、まぁまぁか」
なによりよな、と軽く笑う。会話が途切れ、通話先の爽生も勉強をしている気配が伝わってきた。
「なぁ、龍」
しばらくして聞こえた呼びかけに「ん?」と聞き返す。
「たしかにいろいろ足らんところはあるけどな」
「は? それ、俺のこと?」
「まぁ、でも、足らんところがあるんはお互いさまやし」
「いや、ちょぉ、爽生」
「でも、俺にとっては、昔から龍は勇者やったよ」
予想外の台詞に、俺は一瞬言葉に詰まってしまった。驚いたことを誤魔化すように笑い、爽生に告げる。
「俺もやよ」
べつに、勇者になりたかったわけじゃない。
爽生を助けたかったわけじゃない。
俺は、爽生と一番仲の良い、困ったときに相談し合える、特別な友達になりたかった。



