今ごろは魔王を倒しているはずだった

 すごく勝手な夢を見た。
 爽生は東京の学校でなにも困ることなくうまくやっていて、ときどき俺にラインをしてくるけど楽しそうで。
 それで、夏休みは一緒に遊ぼうと約束をする夢。
 目が覚めた瞬間、「なんや、あの似非くさい顔」と。夢の中の爽生を思い出して、ちょっと笑ってしまったのだけど。
 そうやって、俺が笑うことができるのもぜんぶ、爽生が生きてくれているからだ。

「やばい、遅刻する~~」
 学ランを羽織りながら、バタバタと二階の自分の部屋から下りてきた俺をちらりと見て、母さんが呆れたように「自転車飛ばしたらあかんよ」と言う。
「危ないで」
「わかってる、わかってる。まだ間に合うで」
「あのなぁ」
「うん、気をつける」
 母さんの小言を防ぎたいから、だけじゃなく、改めて「気をつける」と伝えるために、俺はにかりと笑った。
 ほんの少し驚いた顔をしたあと、母さんが表情をゆるめる。しかたないと言わんばかりに笑い、俺に手を振った。
「わかってるんやったらええけど。行ってらっしゃい。気をつけて」
「うん、行ってきまーす」
 手を振り返し、バタバタと玄関のドアを開ける。車庫に置いてある自転車にまたがって、俺は「よし」と出発した。
 それは、まぁ、遅刻はしないに越したことはないけれど。焦って事故を起こしたら本末転倒だ。
 ……それに、まぁ、世の中なにがあるかわからんしなぁ。
 大丈夫だと胡坐をかいて幼なじみの連絡をないがしろしているあいだに、とんでもないことが起こることがあれば、黒猫のマスコットが動くなどという信じがたいことが起こることもある。
 悪夢のような、あるいは、ファンタジーのような、ひと夏のできごと。
 数日前に通話で見たばかりの爽生の顔を思い浮かべながら、俺は角を右に曲がった。
 高校に行くには少しだけ遠まわりだけど、夏休みが明けてからの俺は、爽生のばあちゃんの家の前を通るようにしていた。
 もっと早くこうしていたらよかったな、という後悔もあるけれど。
 ――まだしばらくは取り壊さんらしいわ。ばあちゃんの荷物もぎょうさんあるし。ゆっくり片づけるって。
 ――どうせ、あのあたりの土地なんて売れへんしな。
 なんてことを言いながらも、スマホ越しに響く爽生の声はうれしそうだった。次に会えるんは、早くて冬休みかな。
 まだ少し先の想像をしながら、ぐっと自転車のペダルを踏み込む。朝の風は、随分と涼しくなっていた。