今ごろは魔王を倒しているはずだった

 なにがあかんかったんやろう。ふわふわと移動する女の子を追いかけながら、俺は考え続けていた。
 頭を占めるのは、爽生のことばかりだ。
 でも、どれだけ考えても、後悔しか湧かない。わかっているつもりだった爽生のことはなにひとつわからなくて。俺は唇を噛み締めた。
 あるいは、もう。今、こうして、なにが駄目だったのかと考えていること自体が、駄目なのだろうか。
 取り返しはつかないのだろうか。

「龍」
 呆れたように、小学生の爽生が俺を呼ぶ。ほとんどの放課後を一緒に過ごした、爽生のおばあちゃんの家の記憶だ。
 縁側に腰かけ、足をぶらぶらと揺らしていた俺を、爽生がちょっと困った顔で見下ろしている。
 そう。爽生の「呆れたような態度」は、いろいろな感情を包括していた。ちょっと困った、とか。あるいは、照れくささを誤魔化した、とか。
 まぁ、もちろん、好き勝手をする俺に、純粋に呆れていたこともあっただろうけれど。
「前も言うたけど、べつに、俺、ほんまにそんなに困っとらんで」
「知っとるよ、そんなん」
 なにを指しているのかわかった上で、俺はなんでもないふうに言い切った。
「俺、勇者やから。いじめとかそういうん許せへんねん。やで、それだけ」
 勇者という言葉を選んだのは、その理由なら、爽生が変に気にしないんじゃないかな、と考えたからだった。
 今になって振り返ると、「いじめ」とはっきり表現できるほどのものじゃなかったのかもしれないな、と思う。
 俺と爽生が通った小学校は、一学年一クラスの小規模校だった。
 低学年のころは、男女関係なくみんな仲良く遊んでいたけれど。五年生になって、女子が恋愛の話をするようになって、クラスの空気はちょっと変わった。一部の男子が、爽生をからかうようになったのだ。
 女子にモテることが気に食わないという、単純明快で、爽生にまったく非のない理由。
 ただ、爽生は適当に受け流していたし、本人が言ったとおりで、本当にあまり困っていないことも知っていた。
 でも、俺が嫌だった。だから、爽生の代わりにやり返した。それだけのことだとにぱりと笑う。
「それに、ほら、俺、喧嘩も強いもん」
「喧嘩て」
 ますます呆れた顔になった爽生が、小さく溜息を吐いた。これも今になって思うと、だけど。爽生は本当に大人びた子どもだったんだと思う。
 たぶん、ちょっと、田舎というコミュニティーでは生きづらいくらいに。
「まぁ、龍の趣味の人助けや言うんやったら、それでええけど」
「うん」
「あんまり喧嘩すると、うちのばあちゃんにも怒られるで」
「え? それは嫌や」
 爽生のおばあちゃんはすごく優しいけど、同時に、悪いことをすると孫だろうと近所の子どもだろうときっちり雷を落とす人だった。
 一転して焦り始めた俺に、爽生がしかたないというふうに笑う。これもよく見た顔だった。
 大人びていて、「しかたない」でいろんなことを許容して。そうやって爽生は笑っていたけれど、笑顔の裏側でなにかを溜め込んでいたのだろうか。
「しゃあないなぁ」
「爽生~」
「ばあちゃんに怒られたら、俺も一緒に謝ったるわ」
「うん」
 それだったら、怖くない。俺は満面の笑みで頷いた。俺の調子の良い態度に、爽生が「あいかわらずやなぁ」と笑う。
 それが、俺たちの日常だった。
 ふたりだったら大丈夫と妄信して、なんでも知っていると過信して、これからもずっと一緒と思い込んでいた。