コトリカゴ

「そしたら早速、始めますか」

「そうですね」

 白川が答えると、阿切は護摩の方に向かって歩き出した。炎の前に立つと、数珠を手に経を読み始める。

 ――正直なところ、何と言っているのか分からないし、何の宗派の経なのかも分からない。
 それでももう何回も目にしてきた光景。それこそ子供の頃から何度も。親から引き継いでからも、何度も何度も見てきたからこそ、白川にそんな疑問はもうなかった。

 ただ静かに経を聞き、あるタイミングで歩き出す。体が染み付いていて、自然と進んでいく。
 経を上げ続ける阿切の横を通り過ぎ、結んでいたビニール袋を開けた。

 中に入っているのは、いつか殺した猫の死体。

 袋を逆さにして護摩の炎の中に入れる。続いてズボンのポケットの中から、黒い束を取り出した。

 それはよく見ると、人間の髪の毛――。
 20cm程に切った黒髪を輪ゴムで束ねたものを、ぽいと炎に投げ入れた。

 時間の経った亡骸と髪の毛の燃える匂いは、異常に臭い。

 護摩の炎が一層燃え上がり、白川はその場から離れた。
 後、彼がすることは、火が消えるのをただ見守るだけ――。

 長丁場になる夜に、面倒だとか煩わしいとかは思わない。年に二度。行われるこの儀式に、白川は心の底から恐怖を抱いていたから。


「――あぁ。どうか、これで許して下さい。今回もこれで、どうぞ気を鎮めて下さい」

 目を固く閉じ手を合わせ、謝罪を口にする。繰り返し繰り返し呟かれる様は、一種の念仏でも唱えているようだった。

「私は、死にたくない……! 死にたくない。どうか。どうか……!」


 ――護摩から背後にある祭壇。花瓶の中で綺麗に咲く色鮮やかな花々。
 読み上げられる経が続く最中。突如何故か全ての花が萎れたかと思えば、瞬く間に茶色くなり枯れていく。

 華々しかった面影はなくなり、ひとつの花がぽとと落ちる。
 と、花瓶からどろりとした、赤い液体が溢れ出てきた。